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「よし、昼飯にしよう、予算はこんだけ、この範囲で全員分をここらの屋台や露店から食べたい物買ってきな、レプスはついてっちゃ駄目だぞ」
「ふあ?!」
「色々買い食いしたからな、今度はエルに選ばせてやんな」
「うぅ、はいだす……」
お金を受け取って立ち上がった王太子に、いそいそと続こうとしたレプスだったが、勇人に待ったを掛けられた
監視の目が緩んであちこち露店にふらふらした自覚のあるレプスは不承不承椅子に座り直すが、王太子がどの露店に行くのか気になって気になって仕方がないらしく、亀のように首を伸ばしてその背中を追っている
一方のエルは、買い物初体験だがレプスや他の買い物客がしていた遣り取りを見てしっかり予習ができていたようで、店先での遣り取りは堂々としていたどころか、オマケを貰う程である
「わあ! ありがとうございます!!」
「お、おう、いいってことよ、ほら、コレも持ってきな!」
「こんなに! 大事に食べますね!!」
シリウスの眼を通して、オマケをしてもらって感謝の言葉をキラキラと輝かんばかりの純粋な眼差しで店の主を見つめながら言うとその効果は非常に高く、デレデレになった店主からまんまと更なるオマケを貰い、それに深々とお礼をしたエルの顔が買い物が済んで店主から顔が逸れた途端に真顔になったのを見た勇人は、王太子の将来が少しどころか大分心配になった
(あいつはお前には不向きな手法を使うな)
(笑顔の必要性があれば顔を作る程度は可能ですが)
(いや、お前のアレは笑顔じゃねーよ、笑顔という名の兇器だよ)
極稀に発動するシリウスの作り笑いは、その桁外れの美しさも相まって凍りついて砕け散るかと思う程に薄ら寒いものだが、ソレは兎も角として勇人もシリウスも気にするところがズレている、気にすべきは十一歳の少年に似付かわしくないふてぶてしさだろう
国の将来は明るそうだが、未来の王妃は擦り切れそうだ、ソレを考えると"姉上のようなお嫁さん"は適材だろう、間違いなく
何の事はない、自分がどういう性格でどういう嫁が必要なのか、野生の勘とでも言うべきかエルは本能的に自覚していただけである、野生の勘は大事だ
「注意力に問題は無いでしょう、力加減も今のところ問題はありません、索敵範囲は少し無理をしましたね、処理能力が追いつかない内に広げ過ぎると疎かになります」
「はい兄上」
悪くない評価にエルは嬉しそうに煮込み料理を口に運ぶ
この笑顔は演技ではなく素だ、好きな人々に囲まれて一緒に食事をとるというのは大概の子供ならば嬉しいもので、それは王太子も例に漏れない
この後は植物の種を扱う店に寄る予定だ、土の能力者として色々な植物の種子を持つことは基本中の基本とも言える
シリウスが自分の持っているものを分け与えてもいいが、折角のことだ、自分で店主から説明を聞きながら購入した方がいいだろう
彼は今後も自国他国問わず様々な種子を収集し、それを十全に操れるようにならなければならない
今回、勇人たちに付いて行きたがった理由の一つがそこにある
それから植物の特性としては食用でも毒性でもなく観賞用にしかならないが、母親の好きな花を
庭園を元のものより美しい姿に整え、折角 帰国したという体をとったのに久々の妊娠ですぐさま出歩けなくなってしまった彼女を喜ばせ、今までの感謝の気持ちも込めたいと思っている
子供の事で心配のなくなった王妃は妊娠し、今は同じく妊娠が分かった大公夫人と二人で後宮にて大事を取っていた
妊娠初期で本人に自覚の無い時分には大元帥は本人に覚らせないためにいつも通り抱えていたが、本人が妊娠を自覚してからは王妃共々安全な後宮の最奥に篭っている
長く離れるのは数十年ぶりなので夫婦は違和感を抱く程だが、可能な限り安全を図る為には致し方無いだろう
代わりと言ってはなんだが、後宮の最奥はシリウスによって魔境に作り替えられ、今まで側に侍っていた侍女や衛兵すら近寄れない仕様になっている
彼女たちに会えるのは特定の者達のみだ
その数少ない特定の者の中で、唯一、全くの他人が二人いる、医療ギルドを通して招いたベテランの産婆とその助手である、ギルドを通し完全に外部を通して招かれた彼女らは出産が終わるまで外部との接触もできないという契約の元に雇われている、買収されるのを防ぐ為に
念の為に彼女らは初日にシリウスによって頭の中を覗かれており、その点でも条件をクリアしていた
以降は買収しようにも接触ができない環境なので問題は無いだろう、あったとしても頭は不定期に覗かれているので問題無い
現在は勇人たちも初めに用意された部屋ではなく、そちらに居を移しており、生活の場はほぼ日本化している
国王夫妻も大公夫妻もスウェットに半纏姿で炬燵に入って怠惰な状態だ、外出しない限りは部屋着のままでいたいというアレだろう
食事については夫や子供、孫に手料理を振る舞いたいということで食材は野菜類についてはエルが育て、肉類は大元帥兄弟とその息子が狩ってくることもあり、外部から取り入れる必要が無く食事面でも安全が保たれている
ほぼ鎖国状態だった
……が、食事については各自不満は一切無かった、勇人主催料理教室が連日行われた為である
食事の美味さでストレスの大半は昇華され、精神安定は悪くはない
そうこうしている内に、勇人たちがこの国へ招かれて四ヶ月目に入ろうとしていた