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神代勇人は懇爛常態!  作者: 忍龍
求めたものは
12/144

08

「諦めて一旦寝たらどうです」


「お前起こしてくんねぇだろ」


「勿論」


「だから駄目だ、せめて初日くらいレプスとコミュ障のお前だけにしないようにしてやらないとな、でないとお前、基本返事しねーし」


「必要な問いには答えていますが」


「雑談にも十回に一回くらい応じろよ、他人じゃないんだから」


「過去は過去です、彼女は新たな名を得て、穏やかな土地に根を下ろし、そこで波乱万丈も無く緩やかに朽ちていく」


「……ほんと不器用だな、お前は」


「流行りのツンデレみたいな言い方はやめて下さい」


「……語彙が増えたよな、ほんと」



 勇人は知らない内に増えるニュースアプリや配信されてくる国内外の情報サイト(ニュアンスどころかベクトルすら理解できない多言語)からのメールが送られてくる自分のスマホを思い出し、ぐったりとした



「寝たくないのなら、取り敢えず一旦戻って映画でも見ますか」


「あー……録画してあったっけ」



 勇人の返事を受け、シリウスは勇人を抱えてベッドの上に立ち上がる

 すぐ傍の木の壁が、脈打つように蠢き、隆起し、めりめりと掻き分けられるように、ひとりでに口を開いていく


 躊躇いもせずにシリウスが一歩足を踏み入れれば、一瞬暗くなりはするものの、次の瞬間には二人は別の場所にいた

 素足のまま踏み出したシリウスの足は、柔らかく厚い草花に迎えられる、片田舎の畑の間を、シリウスが足を進めるたびに、草がざわりと生え、通り過ぎると朽ちていく


 そうやって足を汚すことなく暫く歩いたシリウスは、目的の建物の引き戸を開錠しガラガラと音を立てて開けた



「あっ、兄ちゃんたちお帰りー」


「おう、ただいま」


「帰りました」


「宿題か?」


「うん、シリウスお兄ちゃん教えてくれる?」


「いいですよ」



 扉を開ける音を聞きつけて居間から勇人の弟妹が顔を出した

 ノートを持ったまま出迎えに来る弟の姿に勇人がそう聞くと、同じく出迎えに来た妹がシリウスから荷物を受け取りながらおねだりをする


 算数なら義母親に仕込まれていたし、此方に来るようになってから小・中・高・大と勇人が捨てずに残しておいた教科書は全部理解し、頭の中に入っている、小学生に教えるくらいのことは難しいものではない



「ばぁちゃんは?」


「公民館で女子会だってー」


「じょしかい……」



 公民館で薙刀を教え、一汗かいた後に持ち寄った菓子やお茶で花を咲かせるのだろう、女子会と言えなくもないが華やかさは皆無に感じられる



「最近多くないか? この前も女子会してたろ」


「あのね、碓井さんと藤元さんいるでしょ」


「ああ、三大鬼女」



 祖母と合わせてセット販売だ

 勇人も散々世話になったが二人に孫が生まれた頃には流石にそちらを優先して欲しいと遠慮している、そしてそこがいじらしいと余計に可愛がられていることには気付いていない、祖母以外の二人にとって勇人は外孫扱いなのだ

 鬼女二人は祖母と仲がいいだけあって性格も大分図太い



「兄ちゃんの為に、鈍った腕を鍛えなおしてるんだって」


「え」


「それで他のお婆ちゃんたちもせっかくだから防犯とエクササイズにって、自分たちも練習量増やすって」


「えくささいず……」



 まさかばぁちゃんたちまで向こうに行くとか言い出さないだろうな、と 勇人はぞっとして、それ以上考えないようにした



「フラグですね」


「オイヤメロ」



 フラグは折る為にあるんだよ、という訴えは誰も聞いていなかった



「あっれ、兄ちゃん結局寝ちゃったのかよ」


「仕方ないよ」



 録画した映画を見る兄たちを傍らに宿題を終えた弟妹は、二人が撮影して持って帰ってきたアチラの動画を見ていたが、気がつけば寝ていた勇人の姿に弟の英人がぶぅと吐き出すのを妹の聖子が宥める


 映画を見る片手間にカメラの容量を空けるため動画をノートパソコンに転送しつつ充電を掛けながら宿題を手伝っていたシリウスは、起きているものの話し相手としては感性的な意味で話しが全く盛り上がらず、向こうの話を聞いてもあまり想像を掻き立ててくれない


 自分たちも向こうに行って見たいと言った事はあるが、その時連れて行ってもらったのはどこかの人里離れた森の中で日本との差が分かる景色ではなかった、それ以降はたまの連休の時にだけ一~二時間連れて行ってくれる程度

 一応は地球では見掛けない珍しい姿の無害な小動物や植物をちらっと見られるのでソレはソレだが冒険要素が無くて物足りないのも事実


 まぁ別に勇者や冒険者になりたいわけでもないし徐々に慣らしていってくれるとのことなので兄たちを信じて我慢の最中の二人は、兄たちが撮って帰ってきてくれる いかにもファンタジーですよ、と言った風な風景の動画とあちらのお菓子が今の楽しみだ



「あれ、もう行くの?」


「お父さんとお母さんはまだだけど、おばぁちゃんはもうちょっとしたら帰ってくると思うよ?」


「向こうで人を待たせていますから」


「そっかぁ、あ、居ない間に帰ってきたら持たせるようにってタッパーにおかずの詰め合わせがあったんだっけ!」


「いただきます」



 エンドロールが流れ始めたところで荷物を纏め、勇人を抱えて立ち上がったシリウスを見て、弟妹たちは慌てて冷蔵庫の中から大きなタッパーを三つ取り出してシリウスの下げた荷袋に詰め込みだす



「わぁ、なんだこれ、中どんどん入ってくのに見た目全然膨らまないじゃん」


「おばぁちゃんやお母さんが欲しがりそう」


「今度、買ってきますよ」


「うん、すっごく喜ぶと思う、じゃあ気をつけて行ってらっしゃい」


「怪我しないようになっ」


「はい、行ってきます」



 見送りは玄関まで

 家の裏手の畑までとはいえ、夕方、暗くなってから幼い双子たちが子供だけで外へ出ることは勇人もシリウスも嫌がるからだ

 子供たちがガチャリとロックを掛けたのを確認してから型板ガラスの向こう側のシリウスの影は遠ざかっていく



「……シリウス兄ちゃん、また痩せたな」


「……うん」



 人は痩せる時、大抵の場合 手足から痩せていく、シリウスの顔に痩せた様子は見えなくとも、以前に比べはっきりと浮き出た手の甲の骨は、英人と聖子を落ち込ませた

 たっぷり料理を詰め込んだ大きめのタッパーを母と祖母が用意したのもその為だ、大人たちに教えて貰わなければ二人は気付けず、今も知らないままだったかもしれない


 本当はもっと持たせたかったようだが、これ以上増やせば二人が来なかった場合に、自分たちだけでは食べきれず駄目にしてしまう可能性もあり、あまり用意できないのが悔しいと祖母が言っていたのを思い出す



「……兄ちゃんの胸、またでかくなったような気がするな」


「……うん」



 シリウスの指の合間からはみ出す肉が増量していたような気がするが、手が痩せたせいかも知れず、確信を持てない双子であった

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