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「それは……敵から逃げている時とか、そういう……?」
「まあ敵と言えば敵ですね」
列記とした血縁の従姉妹だが
「敵だと思っているのは貴女だけですよ」
「んなこたぁ分かってんだよ」
「?? ええと……?」
「恐らく、対立はしていないが厄介な相手……ということか?」
「厄介と言えば厄介ですね、手に負えない感じの」
だいぶ汚染度が深刻な腐女子である
「手に負えない……その……面倒事を避けようとして落ちた……ということだろうか?」
「まぁそーいうことです、そんでまあ穴に落ちたことで世界の歪みに無防備に晒されまして」
「穴に落ちてすぐに引き上げましたが、この有り様です」
「まあ……」
敵ではないが味方でもなく されど近寄りたくはない、貴族や政治の世界ではわりとありがちな人間関係なので、夫妻はそちらの方を想像する
彼らは幸いなことに"厄介な身内"というものに遭遇したことがないのだ
……いや、一応 大公家関連のことを踏まえれば"厄介な身内"という定義も当て嵌まらないこともないが、大公家はあまり付き合いが近くても馴れ合いが酷くなり王家の為にそれぞれを監視するという役目が果たせなくなる
その為に、たとえ嫁を貰っただの婿にやっただのの関係があったとしても付き合いは表面的なものに留めるのだ
だからこそ、王家に対しては兎も角として大公家同士では彼らに親戚という認識は薄い
まぁソレができなくて諸共に転落していったのがレンディオム家以外の大公家なのだが……
兎も角、面倒な腐女子がもうじき我が家にシリウスを見に来るという連絡を本人から貰った勇人は、面倒なことにならないうちにさっさと帰れと此方の世界と地球とを繋ぐ樹の虚にシリウスを押し込もうとその服を強く引っ張り、その結果 地球の物と違って脆い此方の生地でできた服は破れ、勇人は引っ張った勢いを殺せずにそのまま虚に落ち、加護を付与されていなかった勇人は為す術もなくというか気が付いたらこの有り様というワケだ
間抜けも極まるというものだろう
変わり果ててしまった肉体はそれが正常な状態になってしまい、シリウスでも元に戻すことは出来ない
勇人は一生この体と付き合っていくしか無いのだ
取り敢えず、真っ白に燃え尽きたスポーツマンだとか路地裏で庇護者から逸れたんだか置き去りにされたんだかした哀れな小動物がぴるぴるしているような勇人を見た夫妻は、もう一度空気を変えることにトライした
もう何度目だよ
「あっ、そうだわ、ねえシリウス、貴方のような能力を持った子としてユーディが生まれた場合、どんなことに気をつけて子育てをすればいいのかしら? 何か見逃してはいけない兆候とかあるの?」
「そういった心配はほぼ必要無いでしょう」
「あらどうして? 貴方がそういった能力を持っているんですもの、可能性はあるのではないのかしら」
「確かに遺伝性の場合も無いわけではないのですが必ず遺伝するというものでもありませんし突然発生の場合もあります、それに生まれるには環境の方も必要となります」
「というと?」
「わたしが生まれた大陸は他よりも歪みの強く出ている土地です、そういった環境によって、ほんの僅かにも素質を持っていた者がより強く影響を受けることにより生まれるのです、ですからあの大陸は他の大陸よりも能力者の出生率が高く、そうではない他の土地では稀有な存在となります」
「……だが、絶対に無いわけではない……」
「……そうです」
「もしもの時の為に教えて下さらないかしら?」
「聞いても不安が増すだけだと思ってんなら、既に不安そうだぞ」
「……分かりました」
小さく息をついて、シリウスは話し始めた
「土の能力はその性質から他の三つの属性と比べ影響力が大きく、胎に宿った場合、その多くは母体が妊娠にも気付かない程のかなり初期の段階で耐え切れずに流れます」
「っ……」
小さく息を飲んだ夫人を大元帥が抱き寄せる
「わたしの場合は父方の強い血が影響したのか肉体が丈夫だったこともあり、これは免れました」
安心をさせる為の言葉に、夫婦は詰めていた息をほっと吐き出す
「それを乗り切ればもう安心なの?」
「いいえ、無事胎児になった後は能力が強まり、最悪の場合、母体に多大な悪影響を与え、結果 流れます」
「……それは何故だ?」
「先程 能力は精霊のものに近しいと言いましたね」
「うむ、感情によって力が振るわれる……と」
「それが悪い影響を与えます、土の能力者は胎児の初期段階で既に索敵能力を持ち無意識下に常に周囲を伺っています、それにより母体が置かれる環境が不穏なものであると敏感に感じ取った場合、不安などの負の感情が暴走し、結果として時には母体の命を損なう程に悪影響を与えることがあります」
「そんな……」
人間関係、生活環境、家庭環境、夫婦の仲、それらに何事も無かったとしても妊娠というのはただそれだけで不安を感じるものだ
一切の不安を感じないというのは、はっきりいって不可能に近いだろう
そして母体の不安は胎の子に影響する
これらのことから、土の能力者は他の属性に比べてその数が極めて少ないが、反して植物や無機物であればその数は他の属性と同じ割り合いになる
それらは人間や動物とは異なり、恐怖や不安といった感情を持たないからだ
「それを……回避するためにはどうすればいい?」
「かつて義母がわたしにそうしてくれた様に、同属の能力者が胎児の能力を制御してやることです、ですからお二人の場合は大丈夫です、はじめから、しなくてもいい無用の心配です、言う必要などありませんでした」
「そんなことはないわ、貴方がわたくし達を見守り力を尽くしてくれていることを当のわたくし達が知らないなんて、とても悲しく寂しいことですよ」
「……意味が無くはないのなら、それでいいです」
「ああ、ありがとう……それともう一つ、気になったので尋ねたいのだが」
やっと夫妻は心の底から安心し、アーディグレフはついでとばかりに疑問を一つ解消することにした
「何ですか」
「もし、そなたのような能力者が側にいない場合、一体どうなるのだ?」
「その場合は大まかに分けて二通りあります、……一方についてなら、お二人はよく知っている筈ですよ」
「……え?」
心当たりがある筈だと言われた夫妻は思いもよらない言葉に首を傾げた