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「あ、ああ、その、と、凍傷になったのだろう? 魔女殿はなぜそんなことに?」
発狂する勇人を宥めるためなのか、大元帥が露骨に話題を変えてきた
「普通なら召喚された者は様々な加護を与えられますが、カミシロは事故によって此方へ渡りましたから、本来渡って来る者に与えられる予定の加護が、カミシロの連れていた犬に付与されたのです」
「……犬……か」
「犬です」
妙に切ない事実である
夫妻の憐憫過多の眼差しが勇人を射抜く
なぜだか悲しくなってたまらない勇人は、ちびりちびりと何時もの果汁をジョッキから飲む
許されるなら酒が飲みたい、といった有り様に見える
「カミシロに加護が付与されていないことに気付かなかった巫女たちは、道を急ごうと風の能力によって山越えをし、急激な気温の低下や酸素不足などで凍傷になったようです」
「まあ……」
話題は変えたもののソレはソレで空気が気まずくなっただけであった
微妙な沈黙の後、取り敢えず話題は更に露骨に変えられる
「じょ、浄化自体は、こうして別の大陸に来ているのだから終わっているのよね?」
「はい」
「そなたもその浄化に同行したのか?」
「しました」
「やっぱりその……最後は魔王とか、そういうものと戦ったのかしら?」
「支配階級に進化する前に処理しますから魔王と戦うことはありませんね」
「そうか」
夫妻は、やや安堵の息をつく
孫が強いことは分かっているが、それと心配するしないの問題はまた別物だ
「しかし、大陸全土となると四人だけでは手が足りないのではないか?」
「浄化の力を継ぐ神子は一つの属性に一人きりというわけではありません、基本的に火水風土を一組として複数の隊が構成され、それぞれの隊が各地に点在する歪みの強い土地を浄化することにより歪みを解消します」
「なるほど、負荷が分散されるのであれば多少はマシか……」
「一定の割合を超えた時に、ということは、その浄化で完全に、というわけにはいかないのかしら?」
「歪みはこの世界の理そのものですからね、それをどうにかしようとすれば世界が滅びるでしょう」
「……そうだな」
この世界の歪み、つまりこの星の歪みは、この星自体が強い力を有しているが故の歪みだ
ということはつまり、歪みを無くすということは、星の生命活動を止めるということに他ならない
取り敢えず、話題の先行きが詰まってしまったので、アーディグレフは更に話題を変えることにした
「……答え難いことを聞くが、スピカ殿は寿命で亡くなったと言っていたな、そなたが継承したのでないとすれば、他に誰が……」
「犬の子です」
「……犬……か?」
「犬です、カミシロが連れてきて加護を得た犬が獣人に変化し、こちらの長命種の獣人との間に子をもうけました、その子供が義母から浄化の力を受け継ぎました」
「長命種……なるほど、それでスピカ殿は譲り渡したのだな」
「稀有な巡り合わせもあるものですねえ」
「……そうだな」
先程夫妻を切ない気持ちにさせた犬が、まさかのキーパーソン(パーソン? いや多分獣人だからパーソンでも許容範囲内だろう)とは恐れ入る
なぜだか切なさがキャンペーン中の菓子のように大幅増量した勇人は、裂きイカを手に取るとシリウスの口に突っ込んだ
無性に自分自身で酒が飲みたくてたまらなくなるが代わりにシリウスに飲ませることで妥協する
「あー、まあ兎に角、お二人が心配するようなことはありませんでしたよ、至って平坦な旅でした、安心して下さい」
「とても平坦では無かったと記憶していますが」
「え、な、何かあったの?」
「カミシロがまた死に掛けたんです」
「また?」
「そんなしょっちゅう死に掛けてねーよ」
「貴女はしょっちゅう死に掛けていますよ」
「いだだだだだだ痛い痛い痛いやめろ!」
「あらあらまあまあ、二人共落ち着いて」
シリウスによって旋毛を顎でごりごりされた勇人が悲鳴をあげる
犬猫がじゃれているのを見るような微笑ましげな眼差しで夫人が二人を宥めた
夫妻の眼には、無茶をする妻を叱る愛妻家な孫息子である
「カミシロさんは、何か無茶なことでもなさったの?」
「使用時に持ち手の生命力を吸い取り力を発揮する剣を使ったんです」
「……え?」
「そんなものを……?」
「今こうして生きてんだからいいじゃねーか」
「よくありません」
へらり、と勇人が茶化すが、空気は和らがない
「兎に角、それで旅程を早めることになりました、通常であれば一番歪みの強い土地に行くまでに方々を巡り魔属を処理しながら旅を進めるのですが、それらを省き風の巫女の力で直接目的地に飛び、浄化をすることにしたんです」
「それは……なぜですの?」
「召喚された者は還る時、此方で負った怪我も病も無かったことになります、カミシロが死ぬ前に、あちらへ送り返す必要がありました、目的が達成された時、もしくは達成が不可能とされた時、呼ばれた者は自動的に還ります」
「そう……か……、では、それが間に合って、魔女殿は今こうして此処にいるのだな」
「……そうです」