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神代勇人は懇爛常態!  作者: 忍龍
求めたものは
11/144

07

「ば、おっま、こンの親不幸モンがっ、正座だ正座!!」



 愛人という、幼い弟妹を持つ長子として断固聞き捨てなら無い単語に勇人がべちべちとシリウスの膝を叩くと、溜め息をついたシリウスは勇人の腰に手を添えて持ち上げ、自身が正座になったのちに膝の上に戻した



「……これに何の意味があるって?」


「ご所望の正座ですが、何か?」


「何か? じゃねーよ流行りのタイトルみたいなこと言いやがって背中向けて説教が出来るかっ、対面だ対面!!」


「やれやれ、注文が多いですね」


「やれやれじゃねーよっどっかの主人公かお前はっ長男ナメんなこの一人っ子が!」


「貴女 今、長男じゃなくて長女ですよ」


「じゃかぁしいわ!」



 ある程度とはいえ神殿で暮らしたシリウスは厳密には一人っ子育ちとは違うが、こうなると素直に従わなければ確実に長引く

 またも溜め息をついたシリウスは、くるりと勇人を反転させて、安定させるように自身の膝を跨がせ、後ろに倒れないように腰から尻に掛けて手を回す


 第三者目線で見ると俗に言う対面座位とかいうヤツだが、本人にとっては幸いなことに勇人は気付かなかった

 スマホで日本の知識に明るいシリウスは気付いてはいたが、自身が正座状態なので似て非なるものだな程度の認識でしかない

 因みにシリウスが対面座位という単語を知ったのは勇人のスマホにインストールされていた漫画アプリやオンライン小説のブックマークの所為である


 誰もが知る通り、こういった物は本人の趣味趣向が如実に現れるもので、シリウスは除外設定の登録内容や閲覧履歴から勇人が陵辱系やハーレム系、ロリコンや人妻・人外等の理不尽や不条理・不道徳を売りにしたものが大嫌いなことを知っており、更に純愛ラブロマンス系を特に好むことを知っている、幸か不幸か勇人は知られていることを知らないが、知られていると知った時には恐らく恥ずか死ぬだろう、誰だ、うまいこと言ったのは



「お前、十歳で愛人とかいうとんでもない暴挙はお袋さんが普通に幸せになってほしいっつってたのを覚えてた上での行動なんだろうな?」


「勿論です、自分を粗末にした覚えなどありません」


「いや、してるだろお前、少なくともその額の元の眼は粗末にした結果だろ」


「終わり良ければ全て良しと言うじゃありませんか」


「纏めるな」



 十歳の身の上で愛人だなどと、この男の美貌と目的の為なら自身の身の安全も度外視する性格を考えると冗談には聞こえない

 実際、シリウスはその無謀さの結果、第三の眼を自ら負ったのだから

 この男の身を彼岸に立った後まで案じていた義母親の気持ちもよく分かる



「貴女や母が案ずるような愛人ではありませんでした、母の目がないからといって、簡単に我が身を粗末にはしません」


「あ゛?」


「幻覚作用のある花の花粉を、ずっと匂わせていたんですよ」


「はぁあ?! おま、父親のことをっ」



 身に圧し掛かる倦怠感を撥ね付けるようにシリウスの胸倉を掴んだ勇人の手を、シリウスは甘んじて受け入れる

 勇人が怒っている理由は分かる、"愛人"と"幻覚"という単語はそれ以上に良くないものを勇人に連想させる、シリウスの父親の存在を思い起こさせるのは無理も無いことだった


 若くして死んだ、哀れで、可哀想な男



「どうして死んだか、お前が一番良く知ってるだろうっ」


「勿論」



 それでもか、ぽつりと零し一気に気力を損なった勇人がずるりと手を下ろす

 腰を支えられていなければ、そのまま伏していただろう


 実の父親も、母親も、どんな人間で、何故死んだのか、シリウスは簡略的にではあるが隠されずに義母親が知る限りのことを聞かされている

 良い事も、悪い事も、ちゃんとした判断をするには必要なことだから、と

 流石に生みの母が仲間内からどんな扱いを受けたのかは秘密にしたかったようだが、この男はそれすらも自ら知った


 知った、上で、それでも



「……言ったでしょう、身体を損なうようなことはしていない、と」


「……お袋さんに誓って?」


「母に誓って」


「分かった、言い訳を聞こう、場合によっちゃチクるぞ」


「どうぞ、ご随意に」



 そう言いながら、シリウスは片手を差し出す

 一粒、種がそこにあり、見る間に芽吹いたソレはすぐさま大きくなる

 その形は最初から硬い樹皮を持たず、綺麗に削り出したような美しい木目の滑らかな曲線を表して器の体を成す、木製のジョッキだ


 膝の上にだらりとした勇人の両の手の平に収めるようにジョッキを置くと、またも先程と同じように次の種が芽吹き、今度は大きな丸い実が生る

 実は限界まで熟され、ぷつん、と弾けて勝手に果汁を滴らせた


 とぷとぷとジョッキの中に満たされていく果汁に果肉は含まれていない

 シリウスの手の中には、皮と、水気を失い乾燥したヘチマのようなものだけが残り、それも枯れ果て、風化して消えてしまう

 レプスや衆目の手前、わざと絞る動作や仕舞う動作をしてみせたが、本当はそんなことをする必要も無い


 更に言うなら、このジョッキについても種は必要無い、壁でも床でもそこから生やすことが可能だからだ

 しかし、そういった不衛生な部位から口に触れるものを形成すると勇人が煩いのでそれはしないでいるに過ぎない


 たっぷりと果汁で満たされたジョッキを添えられた勇人の手ごと覆い、その口元へ運ぶ

 体力の消耗が激しいことを自覚しているのか、勇人は温和しく従うままだ



「宝石や金、希少な植物を子供が持てば、貴女が想像する通りになるでしょう、だからと言ってこういった果実や薬草も船代に換える量を考えると膨大になり、持ち込めば必ず煩わしいことになる、現実的ではありません」


「ああ」


「わたしが出奔せず、母の意に反し継承者として立ったとしても、神殿が十歳の子供に大金を持たせることはもとより、単身で俗界に放出することも無いでしょう」


「……そうだな」



 義母親はシリウスが神子、つまり浄化の力を継げる継承者たる資質を持つことは元より四元素の力すらも本人に教えなかった、余程神殿に関わらせたくなかったという心の現われだろう

 しかし、それでもこの男は義母親の為に神属した、流石に彼女の憂いを思って神属者の前で力を使うことまではしなかったが


 けれど義母親が心配した以外に、きっと勇人の想像するものがあった筈だ


 そもそも希少な浄化の力を継ぐ者を、大規模浄化の度に神殿外へ放出する、というところからおかしい

 いくら物心つかないころから念入りに洗脳教育を施しても、ある日突然覚醒するなんてことだってありえるのだ、完全だとか、完璧だとか、それらの言葉が適用できる事象は想像以上に遥か少ないものだ

 外部へ出ればそれっきり、神子同士示し合わせて二度と戻ってこない可能性だって充分に考えられるだろう

 それを何の枷も無く放出する筈が無い


 シリウスの探し物を考えれば、勿論それは大きな障害になる

 どのみち、この仮定は元よりありえない話ではあるが



「そして何の利もなく純然たる善意で大金を全くの赤の他人、しかも子供に与える者を探すのは、広大な砂漠の中でたった一粒の塩の結晶を見つけるに等しい」


「……」


「そこで周囲の人間に影響するほど身体に薬物の匂いを染み付かせた常習者の商人を探しました、商人の中には稀に貴族に売る為の比較的安全性の高い薬物を自分で試している三流がいますからね、いつもと違う幻覚症状が出ても新しい薬の所為だと周囲は思い、殆ど問題視しません」



 利口な売人は絶対に自分で薬を試すことは無い、つまり商人としてはザルだということだ、危機管理能力が低く、警戒心が薄い

 愛人だと信じて疑わない子供を伴って大陸を渡り、愛人はいつの間にか消えるが、消えたとしても疑問にも思わなかっただろう、もしかしたら愛人がいたという記憶すら残らない、ということもある



「一応の選択はしたわけだな、で、その商人は何を見たんだ?」


「さぁ? その時はまだ二つ眼でしたから、それに どうせ下らない欲望の中身など知ったところで何の益にもなりません」


「……誰もお前の性別も年齢も分からなかったんだろうな」


「顔も声も知りませんよ」



 どこまでも用意周到だ、恐らく足が着かないために幻覚作用を起こす植物も効力が長引き依存性のあるものは使用していなかっただろう

 気付かれなければ、探されることも無い



「……ぁ~、ったく、もうちょっと子供らしい子供時代送っとけよっ」


「母親を助ける為に、たった一人、当ての無い旅に出る、……実に子供らしい健気さと微笑ましさだったと思いますが」


「健気さと微笑ましさに土下座で詫びろ」



 そう言いつつも飲み切れずに下ろそうとしたジョッキを、しかしシリウスは許さなかった



「先程も残したでしょう」


「ぅぐ……たまには味変えてくれ」


「善処しましょう」


「あ~っ、くそ、もう晩飯の時間になるか?」


「まだ三十分も経っていませんよ」


「マジでか」


「マジです」

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