09
「……隠されて育ったのは、わたしが義母と同じ属性の能力を持っていたからです」
「同じ能力というと、土の」
シリウスは静かに頷く
「少し遠回りをします、我々能力者は大陸各地を巡り、魔属を処理する役目を負うと言いました」
「ああ」
「しかし、それらは対処療法であって根絶治療というわけではありません」
「つまり……その場凌ぎ……ということかしら?」
「そうです、大陸を覆う魔素が偏り、魔に属する生物の割合がある一定を超えるまでは対処療法が行われます」
「ある一定の割合……」
「それを超えると魔属化するものが爆発的に増え、そこで漸く根絶治療へと移ることになり、我々能力者の中でも神子と称される浄化の力を持つ者がこれにあたります」
話す間に、勇人は天板の上をさり気なく整える
あまり片付け過ぎても話しに水を差してしまうだろう
「浄化自体はやろうと思えばもっと短期間に何度もできます、けれどそれをしないのには理由があります、浄化の力は強固な精神力を必要とします、その力を振るおうとすれば、人格に大きく悪影響を及ぼすほどの反動を受けることになるので、通常は表面的な対処で済まされ、ある一定の割合を超えた時に、浄化の力を持つ者達によって大陸各所の要の地でほぼ一斉に浄化を行います」
「人格に……悪影響……それが、スピカ殿がそなたを隠した理由か」
「それも理由の一つではありますが、少し違います」
「まあ……他にも何か……?」
話しに集中していても、緊張の為か喉の渇きを覚えたのだろう
夫人が潤いを求めて手をグラスへと伸ばすと、アーディグレフがそこへ缶チューハイを取って注ぎ足してやる
「浄化の力は精神に大きく悪影響を及ぼす、昔はその力を持つ者の心を支える為に彼らに寄り添う者がいましたが現在はいません、心を支える者を失うことによって浄化の力を次代に継承させる前に消失させる危険が過去にあったからです」
「……現在はいない? しかし、精神に悪影響を及ぼすのなら、その役目を負う者は必要不可欠なのではないのか……?」
「必要不可欠です、しかしそれが最大の弱点でもある、では、どうするか……答えは単純です、心など、持たないようにするんです」
「……ぇ」
夫妻の動きが、ぎくりと止まる
勇人が、そっと夫人の手からグラスを取り、天板に置いた
「揺らぐ心など、最初から持たないように、赤子であっても人の温もりを知らずに育てられる、ただ、自分たちだけが不遇の目にあっていると思わせないように、浄化の力を継げない者も、そもそも能力を持たない一般の教徒も、不満を感じさせないよう、"平等"に、そのように育てられます」
「……ぁ、……赤子であって……も?」
「どうぞ、女性に冷えは大敵ですよ」
「あ、ありがとうカミシロさん」
少し血の気の引いた夫人に勇人が小さめのクッションを手渡すと、彼女はそれを命綱のようにぎゅっと抱き締め、アーディグレフはその腰を支えるように抱き寄せる
「中でも、特に土の能力者には苛烈に処置が行われます」
「……苛烈?」
夫人の体調を慮ってか、赤子が実際にどういう扱いを受けるのかを明言することをシリウスは避けたが、だからといってソレ以外が気分を害さない内容であるかと言われれば、そうではない
「眼と耳を、封じられます」
「な、……ん……!」
「ど、どうして、なの」
「土の能力者は癒やしとも呼べる力を使えます、大地に根付く植物に力を注ぎ実らせる、この力を応用し人体に作用させます、病を患った者、怪我を負った者、そういった者達が、土の能力者を頼りに縋って来ます、中には親子連れ、夫婦、当然ながらそういった患者の存在があります」
「つまり……妻、子、親、家族を……心配する、姿を、たとえ自分に与えられるものでなくとも、そういった他人の情すらも、見るな、聞くな、と」
「そうです」
「……そんなっ」
震える妻の肩を抱き、アーディグレフは強く引き寄せた
「土の能力者は他の能力者と異なり索敵能力を持っています、索敵範囲は本人の能力の強さにもよりますがこれは胎児の段階から備わっており、大地、その上に根付く植物、石材や木材でできた建物、それらを耳目の代わりに使い、情報を収集することができます、眼と耳を封じられても生活面で困窮することはありません」
そこまで酷くは無い、と
慰めるようでいて、それは全く違った、僅かに安堵の息をつく夫妻を、更に、突き落とすように……
「しかし、それらから得られる情報は、遠い異国のことを紙面で知るようなものです、耳目を封じることによって感情的なものを捉えることはできなくなり、口も、やがて利けなくなるでしょう」
「……それを、……それをスピカ殿は、忌避、……したのか」
「つまり、スピカさまも」
「そうです、義母は、耳目を封じられていました」
「あなたの心を……守って下さったのね」
「……そうです」
「それだけじゃないだろ」
祖父母に今更無用の心配を掛ける必用も無いと往生際の悪いシリウスに勇人が差した水に、どういうことかと夫妻は孫を見る
後々バレて故意に黙っていたことも含めて心配を掛けるよりも、今言ってしまった方が遥かにいいだろう
「……浄化の力は、元から備わっているものではなく、継承していくものです、次に受け継げる者が現れるまで、力を保持する者はけして死ぬことがありません、……どんなに肉体を損なおうとも、数百年、数千年を経て、人の姿を保てなくとも、決して」
「……それでは、親も、子も、友も、誰一人、いなくなろうとも、たった独りで、いつまでも……」
シリウスが静かに頷くと、夫妻は絶句した
「それではそなたは、浄化の力を継承する……」
「……そうです、土の能力者は他に比べて極端に少なく、その中から更に浄化の力の継承者をとなるとその数はほぼ無いも同然、いつ解放されるとも分からない、それも憂いの一つでした」
「……ああスピカさま、貴女に心より深い感謝の念を捧げます」
静かに祈る夫妻の心が、彼女に伝わればいい、と勇人は願った
きっと、必ず、この男もそう願っている