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神代勇人は懇爛常態!  作者: 忍龍
ゆっくりと沈む(仮題)
108/144

08

「肉じゃがというのは俺が彼の育ての母から教わった料理なんですよ、肉と芋を一緒に煮込んだ料理です」


「育てのお母様……、確かスピカさまと仰るのでしたわね」


「そうです」


「シリウスがそのように立派に育ったのも、その御方の深い慈愛によるもの、……是非一度お話をしたかったわ」



 夫妻は残念そうに小さく息を吐き出す

 エルーシャとシリウスの会話で、スピカが既にこの世を去っていることは理解していたが、それが酷く残念でならない



「お優しい方だったのでしょう?」


「はい」


「その……ご病気で……だろうか」



 ユーディレンフはその身の上から貴族として考えると親となるにはまだ若過ぎたが、一般的に考えてシリウスの年頃の親の年齢となるとユーディレンフ程とはいかないまでもまだ充分に若く、普通に考えるなら亡くなったとすれば病や事故で……という推測になる



「いいえ、……寿命でした」


「まあ……お歳を召していらっしゃったのなら、小さな子を育てるのは大変だったでしょうね」


「そのせいか、大分過保護なマザコンに育ったようですよ」


「あら、殿方は多かれ少なかれその傾向にあると わたくしも母からよく言い含められましたわ」



 ふふふ、とあまり深刻さを分かっていないような様子で夫人が笑う



「その……"大分過保護"とは……?」



 勇人がわざわざ口に出したことが気になった大元帥がそう尋ねると、す、と片手が持ち上がり、自身の何もない額にそっと触れてみせた



「! ……では、その眼は、スピカ殿の為に」



 勇人は頷くが、シリウスは眼を逸らす

 三人の沈黙を以ってして無言の圧力を掛けると、渋々といった風にシリウスは口を開いた



「要領を得ない長話ほど退屈なものもないでしょう」


「別に落語家にも漫談家になるわけでもないんだからノリもテンポもいらないだろ、とっくに終わったことで心配を掛ける必要はない、って思う気持ちも分かんなくもねーけど、黙ってると余計に心配を掛けるぞ」


「……」



 図星を突かれたらしく、勇人の頭に載った顎が、ぐり、と抉ってくる

 心配を掛けるようなことがあっても同じく黙っている夫を持った夫人は、まあ、と夫に笑顔を向けるが、思わぬ方面から図星を突かれた大元帥も、視線を明後日の方向へと逸らした



「もうこの際だから土台から身長体重まで全部吐いちまえよ、どうせ一つ話せば他のことも芋蔓式なんだしさ」


「身長体重までは必要無いでしょう」


「あらそんなことはありませんわ、服を仕立てるのにとても重要なのですよ」


「……」



 後で採寸しないと、と嬉しそうに夫人は微笑む

 孫に金を貢ぐ典型である



「……途中で飽きるほど長く下らない話しです」


「夜はまだ長い、一晩くらいは然程の影響も無い」


「わたくしも、こう見えて夜更かしは得意ですのよ」



 軍人と、野戦にも付き合わされるその妻には一晩程度の徹夜では大した苦ではない

 それに今は最も肉体が充実した頃にまで若返っている、二人の言うことは決して孫を前にした見栄ではないだろう



「諦めて洗い浚い話したらどうだ、別に宗教上の秘伝ってわけでもないし、誰が知ったところでどうこうできる話しでもないし、どうせなら土台から順に話した方が聞かされた方も情報を組み立て易いだろ」


「……」


「お前自身も"身の上話"として話すよりはその方が話し易いだろ」



 確かに勇人の言うとおり、シリウスの性格では身の上話というのは抵抗がある

 シリウスはわざとらしく深く溜め息を吐くと、重い口をようやく開く



「……レプスが話しましたが、わたしの生まれた大陸の主教はルディナ教と言います」


「ええ」


「大陸では わたしのような人間が生まれると、ほぼ漏れ無くルディナ教徒となり、各地を巡り、魔属……魔獣や魔物に転化した動物、人間、そういったものを処理する役目を負います」


「……そなたのような」


「こういった能力です、わたしの場合は土ですが、他に火・水・風を操る者が生まれます、これらは魔術ではなく、どちらかといえば精霊の力に近しいでしょう」


「精霊……」


「つまり、無意識も含め、感情によって力が振るわれるのだな」


「そうです」



 シリウスが手の内に真っ赤に熟れた柘榴を実らせると、勇人がソレを割り開き、夫妻の手前に置く



「甘酸っぱいですよ」


「ありがとう……その、漏れ無く、ということは、何か意味があるのでしょう?」


「はい、……感情の起伏のままに力を振るうとその影響は周囲はおろか母体、そして力を振るう本人である胎児に対してまでも穏便なものでは済みません、ですから、早ければ胎児の内に、母体ごと保護され、親が能力者であれば親が、そうでなければ同じ能力を持つ教徒が、その力を制御し、徐々に扱い方を教えていきます」


「母体ごと本人までも、……そなたも、……生まれた時からそこへ?」


「いいえ、わたしは同じ能力の義母に隠されて育ちましたから、自分が能力を持っていることもある程度育つまでは知りませんでした」


「隠されて……?」


「ルディナ教に対して……か?」


「そうです」


「主教なのでしょう? それなのにスピカ様が憂うような何かが……?」



 どうも平穏無事に育ったという風ではない不穏な空気に、夫妻は僅かに顔色を失った

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