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神代勇人は懇爛常態!  作者: 忍龍
ゆっくりと沈む(仮題)
107/144

07

「こんな風に素足で、遠慮なくどうぞ」



 ラグの手前でルームシューズを脱いだ勇人がぺろっと炬燵の掛け布団を捲り手本のように入って見せると、アーディグレフがそれに倣って炬燵に入る



「暖かいな……ユゥエル」



 大元帥が炬燵布団を捲りながら妻を招くと、ちょこちょこと素足で足元の感触を楽しむようにラグの上を小刻みに歩き、いそいそと夫の隣に滑りこむ



「……ひゃ、ふゎあっ」



 背後のクッションに背中を預けた夫人はそのままバランスがとれずにふにゅんと埋もれてしまった



「……まあ」



 ふにゅふにゅふにゅふにゅふにゅ……



(……どこかで見たことのある光景だな)


(そうですか?)



 無心でクッションをふにゅふにゅする夫人は誰かさんを彷彿とさせたが、実のところ誰かさんの他にもう一人の誰かさんにも反応は極めて似通っていた、主に無心で胸をぷにゅぷにゅしている誰かさん達に



「変わった感触のクッションだな」


「人をダメにするクッションです」


「人を……ダメに……」



――ぴしゃーんっ! ごろごろごろごろごろ!!


 ごくり、と大元帥が反応する

 勇人は彼の背景に稲妻のようなエフェクト効果が走った錯覚に襲われた

 驚愕する大元帥のその表情は、見た感じ神子や預言者から魔王復活の神託を受けて心中が修羅場な勇者っぽい



「……あれも魔女殿の手製か?」


「いえ、あれは買ったものです」


「すまんが、あれを後で購入したいのだが」


「了解です、色々種類がありますから見本の絵を用意しますね」


「宜しく頼む」



 アーディグレフがそっと小声で頼み込んで来るので、勇人も小声でそっと頷いた

 その雰囲気は禁制品の闇取り引きにちょっと似ていなくもない


 後に彼は、クッションだけでなくソファの存在にも驚愕し、財布の紐を大分緩めることになる


 無心でふにゅふにゅしている夫人をよそに卓上に置いた鉄板を載せたカセットコンロを点火した勇人は、鉄板の上に冷凍餃子の皮を広げ、その上に貰ったチーズや細かく千切った裂きイカ、調理済みの貝類や肉類などの缶詰の中身を載せ、弱火でじっくりと火を通し始める


 ふんわりと香りだす良い匂いに我に返った夫人は、いそいそと炬燵に向き直った

 夫は既に切子のグラスに注がれた飲み物を渡されており、そのグラスに見とれている夫人にも違う飲み物の缶飲料がいくつか出される



「それぞれ違う果実を元にしています、これは甘めで、こっちは酸味があります、これも酸味のある系統ですね、どれもあっさりと軽くて飲みやすいですよ」


「まあ、こんなに沢山……どれにしようかしら」



 先程、夫人が無心でふにゅふにゅしている時にこれらがアルコール成分を含んでいないことは既に大元帥に伝えてあるので、彼は安心して勇人に任せていた



「じゃあ、少しずつ試飲してみますか? シリウスや大元帥が飲んで下さるでしょうから余ることもありませんし、じゃんじゃんいってみましょう」


「あら旦那様みたい、シリウスはお酒が強いのね?」


「……弱くはないようです」


「羨ましいわ、わたくしは少々弱くて、ねえあなた」


「む、……うむ」



 夫人はなんとか自分から言葉を掛けにいくのだが、大元帥はどうも奥手気味である

 孫息子の方も大分人見知りが発動しているが、相手は他人ではなく祖父母なのでいつものように冷たい対応ではないだけマシと言えるだろうか

 会話可能な同性の親族というのも戸惑いポイントであろう

 いずれにせよ、双方 不器用であることは間違い無い



「少し行儀が悪いですが、これらの容器の中から直に摘んで下さい、こっちの包装してある食べ物はこの縁のギザギザのところをこんな感じに裂くことで中身を取り出すことができます、手の汚れはこれで拭き取れます、食べた後の包みや手を拭いた後のものなどはこちらの袋に、それでは気になるものを遠慮無く試してみてください」



 取り皿とトング箸をそれぞれに渡した後、開封した缶詰を幾つも卓上に広げ、徳用菓子などの盛りつけられた浅く大きな皿も幾つか並べられ、ウェットティッシュもスタンバイ済みである


 口の開けられた酒瓶や缶飲料も所狭しと並べられ、後は只管に攻略していくだけだ



「どうしましょう、迷ってしまうわ」


「飲み物はこれで試してみて下さい」


「まあ綺麗……なんて美しいのかしら」



 夫に出されたものとは異なる趣向の切子のお猪口を渡された夫人が、それを手にとって明かりを透かし、うっとりと眺める

 その瞬間 大元帥が勇人に視線を向け、勇人がそれに頷き返す、切子ガラス購入が決まった

 っていうか孫息子よりも先に孫嫁……ではなく魔女相手にツーカーになって一体どうするつもりなのか、この祖父は


 まぁこの場合、寧ろ他人だからこそ緊張しない、というのもあるのだろうが



「もしも食べ過ぎたと感じたら言って下さい、彼は胃薬を出すのも得意なんです」


「む、そ、その時は、頼む」


「……はい」



 なんとか自主的に声を掛けられて、大元帥よりも寧ろ夫人や勇人がほっと一安心である

 そして取り敢えずの大元帥の課題は、食べ過ぎでなくとも胃薬を頼むことに決まった


 そんなこんなで飲み始めてから既に一時間余り


 胃薬の力を借りたりトイレの力を借りたりしながら順調に備蓄を消費していく面々である


 緊張はいい塩梅に解れてきたようではあるものの、会話は当たり障りなく

 本人たちは隠しているつもりのようだがバレバレの視線がちらちらちらちら、もっと違う話しをしたいのに、一向に本題に移れないという状態であり、シリウスは視線に気付かないフリである



「(……どうしょもねーなこいつら)どうですか、馴染みのない変わったものばかりで食べ難くはありませんか?」


「ありがとう、大丈夫だ、とても美味い」


「本当に、こんなに美味しいものがそちらの国にはあるのですね」


「良かったらお二人の好物を教えて下さい、今度飲む時に用意しますから」



 やはり古今東西 自己紹介の鉄板と言えば好きな食べ物だろう

 ハードルとしては大分低い筈だ、っていうか地面スレスレの高さの筈だ



「まあ気を使って下さってどうもありがとう、でしたらわたくし達も好物を用意したいわ、ねえあなた」


「む、う、うむ、その、な、何が、好きなのだ?」


「肉じゃがです」


「……そ、そう、……か」


「……お肉と……何か、……かしら」



 ニクジャガとは一体如何なる物か、アーディグレフにもユゥエルにも心当たりは無かった

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