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神代勇人は懇爛常態!  作者: 忍龍
ゆっくりと沈む(仮題)
105/144

05

 シリウス達を見送りつつ立ち上がった勇人が、食後の片付けを始めると、夫妻も立ち上がりそれを手伝ってくれた


 貴族のわりには敷居が低いなぁ、とか思うがそれも当然のこと

 軍人には野外活動がつきものである、自分の世話くらい自分でできないといけないわけだ


 ある程度身分のある者には従者がつくが、その従者というのも騎士見習いの年少者であり、大概の場合において先輩騎士の身の回りの世話をさせられながら訓練を受け、礼儀作法や戦い方、様々な教養を学んでいく


 アーディグレフは下位の者を従える立場になるためにも、下位の者がどんなことをするか知る必要があり、大貴族でありながらしっかりと下積みをした

 そして妻のユゥエルは息子を失って以降、安全の為に戦場にまで連れ回された結果、そういったものを自然に学んでいったのだろう


 それに、従者がいると言っても戦場で従者が先に倒れることもある

 自分で身の回りのことがこなせないというのは戦場では即ち役立たずということだ、戦は武力で殺し合いだけしていれば丸く収まるものではない



「ねえカミシロさん」


「はい」


「少し心配事があるのですけれど」


「心配事ですか?」



 アーディグレフが汚れた食器を運び、勇人が洗い、ユゥエルが拭く

 違和感がある程に自然な連携で片付けをしていると、夫人が控えめに声を掛けてきた



「……」


「……」


「……あなた」


「む、……うむ」



 暫しの無言の後、夫人が食器を運んできた夫の袖をくぃっと引く

 どうも無言だったのは夫である大元帥が話し始めるのを待っていたらしい

 その遣り取りになんとなく既視感は感じるものの、勇人には心当たりは無かった



「その、レプス嬢の、こと……なのだが……」


「はい、彼女がなにか?」


「私達二人が彼女の前に……顔を……見せていても、いいもの……なのだろうか?」


「ああ、はい、大丈夫です、世の中には似た顔の人間が少なくとも三人はいるって話しときましたから」



 え? そんな説明で?


 二人の顔はそう言っていた、まぁ言いたいことは分かる、二人の顔を見て息子であるユーディレンフを連想した程だ、高々数日とはいえ毎日顔を合わせていれば、また思い出す可能性も充分に有り得るだろうと憂慮するのも分からなくはない


 だが、それはそれこそ今更の話だ

 既にシリウスを息子と認識した以上、例え親族の総てが顔を覆って戒厳令を敷くような暮らしをしたとしても、何気ない一言であったとしても彼女の琴線に触れれば記憶の泉は溢れだすだろう


 それに、世の中には血の繋がりが無いにも関わらず似た容姿の人間が、確かにいる、今までは出会わなかったかもしれないが、これからもそうとは限らない


 それならばいっその事、似たような人間はどこにでもいると納得させてしまった方が遥かに話は早いだろう


 片付けの最中にシリウスが戻っては来たが、既に汚れた食器は片付け終わり、拭いた後の食器を仕舞っている段階だ

 流石に食器類は倉庫の中へ仕舞う為に夫妻が手伝うことはできない


 三人に、先に座って雑談でもしていてくれ、と言いながら食器を仕舞う片手間に茶器を取り出しお茶の準備を進める

 夕食直後とはいえ、手持ち無沙汰で雑談というのも気不味いだろう、事あるごとにお茶を飲む文化で助かったな、と思いながら耳を澄ますが ただただ沈黙が痛いだけだった


 茶碗を温めていたお湯を捨てた後、調度良く蒸らしたお茶を注ぎ盆に載せた勇人はテーブルの上に盆を置き、茶托に茶碗を載せてから夫妻にお茶を出す



「どうぞ、俺の故郷のお茶です」


「まあ、ありがとうございます」


「気を使わせてすまない」


「いいえ、遠慮なく」


「まあ、ほんのりと甘くて、おいしい……」


「口に合ったようで良かったです」



 夕食直後なので茶菓子は無し、本当にお茶だけだが珍しいものとして日本茶を出した

 一応、熱いと慣れないだろうなという配慮で低めの温度で蒸らしたが、その分長めに時間をとったので旨味は出ている筈だと思いたい

 まぁ茶葉の方も淹れ方に適した玉露先生に登場していただいたので活躍して下さることだろう

 お世辞の可能性もあるが、美味いと言ってもらえたのだからそれでよし


 お茶を出した後の盆を片付け、自分も席に……まぁある意味指定席だが、それは置いておくとして、自分も(シリウスの膝の上に)座って早数分



(……見合いかよ)



 相変わらず無言が続いている為、空気が読める日本人としては沈黙が重くて仕方がない

 本日はお日柄も良く~とか言った方がいいのかね、などと思いながらちびちび時間稼ぎにお茶を飲んでいると、テーブルの下で夫人の手が動いたのが分かった

 多分、夫の膝に手を置いて、少し急かすように揺すったのだろう

 やはり既視感を感じるが、勇人には心当たりは無い



(まぁ自分から話題を提供するのは苦手そうだよな、お互いに)



 頭の中を読まれているのを前提で考えるが、いつもと違い返事がない

 顔だけじゃなく性格も似てますね~、とか茶化したら最後な気はする


 父親も、普通に育っていれば、そうだったのだろうか?


 ぼんやりと、形にもならない程、ほんとうにぼんやりと勇人がそう思った時、腹に回されていた腕が、微かに、ほんの、微かに締まった



(……まぁ……そう、だよな……、何話していいか、分かんねぇ……よな――とでも言うと思ったか?)



 甘い


 本人も無意識のうちにデフォルトで甘やかすタイプの勇人だが、締める時は締める

 例えば溜め込んだ宿題だとか、或いは行きたくない歯医者や予防接種だとか、はたまた友達と喧嘩して中々仲直りできないでいる時だとか、主に弟妹に対してだが



「今日はこの後、また護衛の任務に?」


「……いや、陛下からは今日はもう、ゆっくり、休めと」


「明日は早いのですか?」


「いいえ、ここのところ気を張り詰めていただろうから、いざという時動けないと困ると陛下が仰って下さって、明日は一日空いているのです」


「では、今夜はこの部屋に泊まっていきませんか」



 ぎょっとしたのか、腹に回った腕が、また少し締まる



「……しかし、迷惑では」


「故郷の酒を振る舞いますから、夜更かし、しましょう」



 腹を割って話すには、時には酒の力も必要だろ

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