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ざわり、シャンガル王国軍に属する者達に動揺が走り、どよめきが上がる
いつものように整った隊列を成して並ぶ彼らの前には、いつものように、最上位の上官、否、上官である大元帥らしき人物と、副官である元帥が立っていた
いつもと同じように隊列は組むが、いつもと違うことが、いくつも彼らのその眼に留まる
まず一つ、今日は重要な連絡事項があるらしく、国王陛下が上官らしき人物の手前に立っていた
次に、上官らしき人物のその片腕に抱えられている奥方らしき人物の平時とは異なる装い
いつもならば誰にでも上品な笑顔を向けてくれる夫人の姿がそこに在る筈が、今その顔はヴェールに包まれ隠れており、手袋も普段とは異なる外れ難い肘で固定するものを着用していた
更に、見知らぬ男女が上官らしき人物の隣に立っている、上官のように、女が三つ眼の男の片腕に抱えられている状態で
上官が常にその奥方を抱えているのは、幼かった子息を失ったことで警戒をしている為だ、王太后によって殺されたか浚われたかしたのだろう、という噂は暗黙の了解になっている
王太后が目の敵にする彼女を例え自領の館であっても独りにしない為に上官が王の許可を得て公私を分けず連れ歩いているのは有名な話しで納得のいく理由であり、王太后が虜囚の身となった現在でも嘗ての影響力から警戒するのは当然のことだが、初めて眼にするこの二人については分からない
混乱する彼らに追い討ちを掛けるように、屋外という状況によって齎された ほのかな微風が、彼らの嗅覚に、慣れた、けれども親しむことのできない匂いを運び、それが更に彼らの動揺を煽る
彼らを動揺させるのは、いくつかの非現実的な現状だ
その大きな理由は、上官らしき人物の姿にある
歴代の大元帥の肖像群に並ぶ彼の姿を、彼らの誰もが眼にしたことがあった
矍鑠としつつも見慣れた老人の姿である現在よりも遥かに若く およそ中年期の頃と思われるその肖像画のそれよりも、上官であろう人物の姿が若い
その上、隣に立つ三つ眼の男の顔が、瓜二つという程に生き写しなことにも混乱する
だが、驚くのはそれだけではない
まず肌の色だ、普段の上官の肌の色を思い起こせばその異様さが分かる
生気の無い……土気色……とでも表現すればいいのか、およそ生きている状態とは思えない肌の色
次に眼だ、最前列の者には見えているだろう
濁り曇った、その恐ろしい眼が
土気色の肌、濁った眼、ヴェールで覆われた奥方らしき人物の顔、そして、匂い
――安置された、遺骸の、腐敗臭を、誤魔化す、為の、香の、……匂いだ
「皆に集まってもらったのは陛下より重要な知らせがある為だ、心して聞くように」
上官らしき人物の先触れの後、国王が口を開く
「既に、皆も異常を眼にし、感じ、聡い者は察していることと思う」
国王が話し始めたことで、動揺しつつも一同は身を正すが、それも一瞬のことで、長くは持たなかった
「そなたらの知るアーディグレフ・ギアム・レンディオム大元帥とその妻ユゥエル・フィア・レンディオムは既に、……死者だ」
どより、と一斉にどよめき、混乱が彼らを襲う
死者……、では、奥方らしき人物の、そのヴェールの下も……
「皆も知っての通り、二人は子息を失っている、つい先日、こちらにおられる魔女殿によってその死の知らせが齎された」
"魔女" ……王が正体の分からない二人組みの女をそう紹介したことにより、彼らの混乱は一層酷いものになる
「愛し子を失った彼らを哀れんだ魔女殿は、二人の命を供物として失われた子息を冥府から連れ戻すことを確約してくれた」
そこかしこから息を飲む音が聞こえ、驚愕が空気を支配した
「命は既に捧げられ、その肉体は子息の襲爵を以って魔女殿に譲渡される、二人の外見が若いのは、子息が襲爵するまでは我が国に尽くしたいという願いを魔女殿が叶えてくれた結果だ、また子息についても次代に爵位を継がせた後には冥府に還る約束になっている、これによって死者を黄泉帰らせることによる理の崩壊を繕う為だという話しだ」
二親の命を以って黄泉帰らせても、結局はまた死なねばならないのか、救われたようでいてどこまでも救われない話に、彼らは絶句するしかない
「当面の間、大元帥はその地位にいるが、徐々にその権限をラウディル-ド・グラン・レンディオム元帥に移行し、彼が次の大元帥となる、暫くは混乱をきたすと思うが、皆、協力して職務にあたって欲しい」
彼らが事態を飲み込めようが飲み込めまいが国王の言葉は容赦なく続く
「話しはもう一つある、昨今、隣国エルディガンドの動きが活発化しているのは皆もしっておろう、いよいよ避けられぬ事態になるやもしれん、暫くは魔女殿とその僕殿がこちらに滞在してくださり、時折そなたらの訓練をみてくださるとのことだ、皆、精々励むように」
死者を黄泉帰らせるような魔女とその僕による訓練
それが、どんなものであるのか、現時点の彼らには知りようもないことだが、ほの暗く、薄ら寒く、そんなものを彼らに想像させずにはいられなかった