20話〜旅の始まり〜
昨日の騒ぎの後シーアと何故かエリアも怒られていたようだ。そこにはもちろんアーウェルンクスの姿はなかった。なんとか徹夜の正座だけは回避することができたがその代わりに今度一日店を手伝うことを約束させられた。そして朝をむかえた。エリアは体が急激に回復したことによる疲労感があったのでなかなか目を覚まさない、朝日が登り結構時間がたったところで誰かが扉を開けて入ってくる。猫耳でメイド姿...バステトだ
「ご主人、起きるにゃ」
小さな腕でエリアを揺らすがまったく起きる気配がない、仕方なく思ったバステトは勢いをつけてエリアのベットに飛び込む。その一撃がみぞおちに入り目を覚ます
「ぐふっ...!?いったい何が...」
「ご主人起きたにゃ?」
「おはようバステト...できればもう少し優しく起こして欲しかったな...」
「起きないのが悪いにゃ」
完全に起きたことを確認するとバステトはベットから降り部屋を出ていく、エリアは痛むみぞおちを抑えながらも起き上がる。
「王都か...どんなところなんだろう」
今日は赤き獣人...もとい元研究者の頼みで人をモンスター化させる実験の研究資料を廃棄するために王都に向かう。初めての王都にエリアは楽しみなようだ
「そういえば今何時...七時!?約束の時間過ぎてる!」
昨日の騒ぎの後、なるべく早く王都に行きたいということで六時に街を出ようと約束していたのだが完全に寝過ごしてしまったようだ。エリアは急いで準備を済ましロビーに向かって駆けていき、階段を降りたところで三人の姿が目に入る。
「エリアさんおはようございます」
「遅い!どれだけ待たせるつもりよ!」
「リリーナさん、エリアさんは病み上がりですよ」
微笑みながら挨拶をするシーア、待たさせたことに怒っているリリーナ、エリアを庇う紫苑、
「ご、ごめん...完全に寝てた...」
「まったく...ほら早く行くわよ!」
四人は《月詠の泉》をあとにする。目的地はこの街からはるか北の方角にある王都「アークライン」、歩いて三日ほどの距離だ。エリアは研究資料の廃棄、シーアとリリーナは親の説得、紫苑は観光...とそれぞれの目的のために足を進めていく。街を出て数十分、不意にリリーナが口を開く
「あ、エリアに言い忘れてたけど王都では私の旦那ってことにするからちゃんと話を合わせるのよ?」
「なんでそんなことに!?」
「話すと長く...ないわね、簡単な理由よ。私たちが王都に行く理由は親の説得が目的なんだけど向こうは私に結婚させようとしてるわけなのよ。だからもう結婚してるってわかったら諦めてくれるかなって思ってね。誰か手頃な男がいないかってことでエリアに決めたの」
「強引な...それで旦那役っていったいどんなことすればいいの?」
「そうね、腕くんで歩いたり仲良く話したり...簡単に言えばほかの人から見てラブラブな感じに見えればいいのかしら」
「それぐらいならいいけど」
リリーナの強引な決定に渋々了承するエリア、それを聞いていたシーアは少し膨れているようだ。そして軽くエリアの背中を杖で叩いて先に歩いていく
「えーと、僕何かしたかな?」
「何もしてないと思うわ」
「きっとシーアさんにも何か案があったんじゃないでしょうか?」
「...なんとなくだけど謝った方がいいと思うんだ、だから僕謝ってくるね!二人は頃合いを見てこっちに来て!」
「なんとなくって...」
「男らしいような違うような...」
エリアは走ってシーアを追いかけ、それを見ている二人はただただ呆然とするしかなかった。どこまでも乙女心がわからない戦闘集団である。シーアに追いつき前に回り込むとえぐり込むような勢いで深々と頭を下げた。
「シーア!ごめん!」
「えっ!?あ、はい...」
突然の謝罪に驚くシーア
「理由はわからないけど僕はシーアの気持ちを踏みにじってるような気がしたから謝りたいんだ!ごめん!」
「なんとなくで謝罪されても...じゃあ今回は許しておくってことにしときますね?エリアさんはもう少し乙女心を学ぶべきですよ?」
「努力するよ」
お互いよくわからないまま話は解決したようだ。エリアが後ろの二人に合図を出す、それを見て不思議そうな顔で近づいてくる。少し嬉しそうなシーアにリリーナが尋ねる
「シーア、もしかして何かを作戦でも思いついてたの?」
その言葉に不思議そうな顔をする。もちろん何かを考えてたわけじゃなくただの焼きもちなのでシーアは黙り込んでしまう。そのとき何かを思いついたのか喋り始める
「私思ったんです。もし仮に姉様の婚約が取り消しになったとしましょう。でもその後に私にその話が矢先を変えて飛んでくるかもしれません」
「確かにあるかもしれないわね」
「なので私も結婚しているということにして欲しいなと思いまして」
「シーアも?それはいいけど誰と結婚してることにするの?」
「エリアさんです」
「僕!?」
再び飛んでくる不意の言葉に驚くエリア
「なるほど、王族の娘二人をまとめてゲットした男って設定も悪くないわね。よしエリア!それで行くわよ!」
「...僕にできるかな」
「エリアさん頑張ってくださいね」
衝撃の決定に頭を抱えるエリア、新たな設定にリリーナは楽しそうだしシーアはなんだか嬉しそうだ。紫苑は完全に他人事のようだ。そんな複雑な設定を決めてから二時間ほど足を進めた。突然リリーナが休憩しようと提案する、ほかの三人もそれに賛同する。そして一行は近くの木陰で休むことにした
「こんなペースで王都に着くのはいつになるのでしょうか」
「私たちが出てきたときはこのペースで三日でした」
「ということは急げばもっと早く着くということですね?」
「そうだけどさ、こういうのは楽しい方がいいでしょ?だから焦らずゆっくりいけばいいわよ。王都は逃げないんだから」
「確かにそう言われればそうですね、どうも急ぐのが癖になってまして...治した方が良さそうですね」
穏やかな天気に涼しげな風、気持ちのいい日差しに目を閉じればすぐに眠りについてしまいそうだ。全員がひとときの安息を得る。数十分ほど休みその場を後にしようとしたのだが気づくとシーアが熟睡していた
「完全に寝てるわね」
「...僕が背負うよ」
エリアが何度か起こしてみるが起きる気配がないので背負っていくことになった。休憩を終え旅路を進むエリア達、その途中で紫苑はとあることをエリアに問いかける
「そういえばエリアさんは赤き獣人を一人で倒したんですよね?いったいどうやってあんなバケモノを倒したのですか?」
「あのときは無我夢中で戦ってたから...何を話してたかは鮮明に覚えているんだけどどうやって倒したかは記憶が曖昧なんだよね、気が遠くなってもう一人の自分を見たところまではしっかり覚えているんだけど...」
「もう一人の自分ですか...?」
「うん、それが見えてからの戦いの記憶が微妙で...」
「たしかエリア全身に炎纏ってたわね」
「それはなんとなく覚えてる気がする...」
「そんなことができるんですか!やってみてもらってもいいですか?」
紫苑の頼みに魔装をやってみようとするが炎が少し出る程度で全身に纏うことができない。
「うーん、できないみたい...」
「なぜできないのでしょうか、なにか条件があるとか?」
「まだ自分でも扱えないってことかな?あのときはどうやってたんだろう...」
エリアは戦闘時の状況を思い出そうとするがなにかに塗りつぶされているみたいに思い出すことができない。なぜあのときはできて今はできないのだろう、そんな悩みがエリアの頭を駆け巡る
「てことは今この中で一番弱いのはエリアね」
リリーナの会心の一撃がエリアに突き刺さる
「間違ってないけどそう直球に言われると...」
「悔しかったら炎纏うやつを完璧に使いこなすことね」
「使いこなすか...あれ自体をよく覚えていないのにできるのかな」
そんなことを話しながらも足を進めていく。しばらく歩いているとエリアに背負われて眠っていたシーアが目を覚ます
「ここは...っ!?エ、エ、エリアさん!?なぜ私はエリアさんの背中に...!?」
「あっ、起きたんだね」
シーアは目の前の出来事に顔を赤らめ口が回らないようだ
「わ、わ、私寝ちゃってたんでしょうか!?す、す、すいませんエリアさん!すぐ降りますので!」
「慌てるとあぶないよ...うわっ!」
シーアが慌てて降りようとしたためバランスを崩し倒れてしまう。
「ーーーーーーーーー!?」
言葉にならないシーアの叫びが響く。倒れた拍子にシーアの唇がエリアの頬に当たってしまったようで、そのことに気づいたシーアはより顔を赤らめ素早い動きで離れる
「シーア大丈夫?」
「は、は、は、はい!わた、わた、私はだ、だ、だ、大丈夫です!」
「あまり大丈夫そうじゃないなぁ...」
(い、今私エリアさんを押し倒してキ、キ、キスを!?なんてことしてしまったんでしょうか...)
シーアの中で妄想が爆発する。それを見てえた三人は心配そうに見つめている。そのことに気づいたシーアは悟られないように呼吸を落ち着かせ平常心を保つ。...が心配するエリアが顔を近づけてくる
「顔赤いよ?具合悪いの?」
「ーーーーーーーーー!?」
それがトドメになったのかシーアは茹で上がったタコのように真っ赤になり倒れたが、その顔は幸せそうな顔をしていた。そのことに一切気づかない鈍感三人は倒れたことに慌てており急いで近くの休める場所に向かう
「今日はここまでかしらね...」
「シーアさんが目を覚ますまではゆっくりするしかないですね」
「それにしてもシーアどうしたんだろう...」
「体調悪いの我慢してたんじゃないの?今だって真っ赤になって寝てるし」
「シーアも疲れているのかな...」
走って数分ほどの場所に小さな宿屋がある、今日はそこで夜を過ごすことにした。そして翌日、エリアがシーアを起こしに行き同じことを繰り返したらしい