19話〜第3次お風呂騒動〜
これは赤き獣人との戦闘の同日、夕食後の風呂場での話。女湯にはリリーナ、シーア、紫苑、バステトが入っているところだ
「それにしても、エリアが起きてきてよかったわね」
「そうですね、私が気を失っている間にあれほどの傷を負うほどの死闘を繰り広げていたなんて...自分の力不足を改めて実感させられました」
「私はその場にいてみなさんを助けられなかったことが辛いです...」
「ご主人が目覚めてよかったにゃ」
そんなことを語りながらも四人は並んで体洗っている。そんなときリリーナがシーアの体を見始めた。シーアは頭を洗っているため気づいていないようだ
「シーア...あんたまた胸大きくなった...?」
「ふぇっ!?姉様どこ見ているんですか!?」
「なんで姉妹でここまで差があるのかしら...」
そう言うリリーナの体は無いとまでは言えないが乏しいものだ。それに比べシーアは見てわかるほどの豊満な体だ
「紫苑は...同士ね!」
「あまり嬉しくはない同士ですね...」
紫苑は胸こそはないものの全体的に綺麗な体つきだ
「なんで同じ暮らしをしていてここまで差が出るのか...少し触らせなさい!」
「きゃっ!ね、姉様!?やめてください!」
リリーナは視界が泡で見えないシーアの胸を触る。時間が経つにつれリリーナの表情は苦悶、そして悲しみに変化していった
「ぐぬぅ...やっぱり悔しいわね...」
「お二人とも馬鹿なことしてると風邪ひきますよ」
「だって悔しいんだもん!」
「諦めましょう」
「うぅ...」
リリーナは落ち込みながらも湯船に向かっていく。その状況を見ていたバステトが尋ねる
「そんなに胸が大事にゃ?」
「そりゃあるに越したことはないでしょ」
「でもお前は剣士だし必要ないんじゃないのかにゃ?」
「うーん、そう言われると...確かに剣士としては体に重いものついてると動きにくいけど女性としてはやっぱりあったほうが...うーん...」
バステトの疑問に考え込む。その様子に紫苑は呆れ顔だ
「だいたい女性だからといって体が豊満だからいいというものではないでしょう。女性は華やかで可憐で美しくあればいいんです、だからそこに胸の存在は関係ないと思います」
「そういう考え方もあるのね...難しいものね」
さらに深く考えるリリーナ。頭を洗い終わったシーアが湯船に浸かり二人の会話に入ってくる
「でも...これも結構大変なんですよ、肩も凝りますし...」
「確かによく肩が疲れると聞きますが実際そうなんですね」
「嫌味にしか聞こえないわね...」
「だいたい人間はそんなことで悩みすぎなのにゃー、そんなことで一喜一憂するなんてまだまだにゃ」
「普通の乙女なら気にするわよ」
「だいたいお前は言うほど乙女にゃ?」
「乙女よ!さすがにそれは傷つくわ!」
さりげないバステトの言葉が胸に刺さりへこむリリーナ、シーアが慰めようとするもリリーナが再びその体を見て悲しげな表情で湯船に沈んでいく。それを見かねた紫苑が話題を変えてくる
「そういえばお二人は王都に行かれるんですよね?」
「そうですね、お父様と話さなければいけませんし...主に姉様のことですけど私も勝手に出てきてしまったので...」
「リリーナさんの結婚のことですか、お相手はどんな方だったのか知っているのですか?」
「隣国のお偉い方とは聞きましたけどそれ以上は...」
するとリリーナが浮かんできて口を開く
「...おじさんだった」
「姉様知っているんですか?」
「だってバカ親父が母様と話しているの聞いちゃったもん...私と歳が五十以上離れているってのも聞いちゃってね、そんな人となんて絶対嫌でしょ」
「そうだったんですね...」
「さすがの私でもその差はきついですね」
「でしょ?だから家出したの」
自分の自由が縛られること、親の決定で進められること、相手がおじいさんなこと、そんなことが重なって家出を決めたようだ。そのときバステトに疑問が浮かぶ
「じゃあ歳が近かったらよかったにゃ?」
「私はなるべく歳は近いほうがいいと思うわ」
「それならご主人はどうにゃ?」
「エリア?うーん...嫌いじゃないけどなんとなく魅力にかけるというか頼りにくいというか、多分あの身長のせいよね?」
「それはあるかもしれませんね、自分より小さな男性というものは頼りなく見えますし。しかしエリアさんはあの小さな体で大きな敵に挑む冒険者です、その辺の男性よりは全然頼りになると思いますよ」
「確かにそう言われるとそうかもね、最近も助けられたばかりだし...そうだ、いいこと思いついた、これならあのバカ親父を説得できるかも」
「姉様...また悪巧みですか?」
「いいえ!これは完璧な計画よ!あのバカ親父は結婚させよるとしているわけよね?だったらもう結婚してるってことにすればいいのよ!」
「確かに既に婚姻を交わしているとなれば向こうの婚約は諦めてもらえるかもしれませんね。しかしその擬似結婚の相手は誰が?」
「もちろんエリアよ!」
その言葉を聞いた瞬間シーアが吹き出す。紫苑とリリーナはいきなりの出来事に驚いているようだ
「どうしたの!?」
「い、いえ...なんでもありません...」
「...まぁいいわ、とにかく王都のいるときエリアは私の旦那ってことにしとけば私の計画は上手くいくはずね。シーアもそれで話を通すのよ?」
「わ、わかりました...でもバレませんかね?」
「そこは私とシーアの演技しだいよ!あとはエリアにも言っとかないとね」
「よほど結婚が嫌なんですね」
「そういえば紫苑はどうするの?一緒に来る?」
「そうですね...一度王都は見てみたいと思っていましたしいご一緒させていただこうかと思います」
「決定ね!」
リリーナの計画が決まったようだがシーアは複雑そうな表情をしている。全員が湯船に浸かりのんびりと疲れを癒しているときにバステトがあることに気がつく
「むこうからご主人の声がするにゃ」
「むこうって...男湯の方ですね...」
「バスにゃんよく聞こえるわね」
「これでも耳はいい方にゃ...むむ、一緒に誰かいるみたいにゃ、この声は...アーちゃんの声だにゃ」
その言葉に再び吹き出すシーア
「な、な、な、何でまたアーウェルンクス様が!?」
「様子を見てみるにゃ?」
バステトが腕を空に振り上げると魔法陣が展開される。しばらくして空に透明なスクリーンが映し出されそこにはエリアとアーウェルンクスが映っている
「バステト様こんなことも出来るんですね...」
「一応神様だからにゃ、これぐらいはできて当然にゃ...ご主人たちは何をしてるにゃ?この位置からじゃ私には見えないからどうなってるか教えて欲しいにゃ」
「そうね、エリアがアーウェルンクスに抱きつかれているわね」
「...いったい何があったのにゃ」
「見た限りアーウェルンクスが一方的に抱きついているわね。加えて執拗に頭を撫でているわ、ものすごい楽しそうよ」
「アーウェルンクス様はエリアさんがお気に入りなのですね」
「ご主人はどんな様子にゃ?」
紫苑とリリーナは改めてスクリーンを見つめる、そこには大粒の涙を流して泣くエリアの姿が映っていた
「泣いてるわね」
「泣いてますね」
「ますます混乱しそうにゃ...」
「この様子だとエリアさんが慰められているような感じでしょうか...今思えば目覚めてからずっと何かを考えている様子でしたし」
「何話しているか気になるわね、バステトちゃん音は聞こえるようにならない?」
「できないことはないにゃ、でも疲れるのにゃ」
「お願いしてもいいかしら?」
「...しょうがないにゃ」
バステトは右手で文字を描き魔法陣に加えていく、しだいに音が聞こえ始め数秒経つうちに鮮明に聞こえるようになった
『僕がもっと強ければ...みんなを傷つけずにすんだんです...僕はもっと強くなりたいです...!』
『エリア、あなたは頑張っているわ。今は苦しいでしょうけどその苦しみがあなたを強くするの...だから今は泣きなさい、悩みなさい、誰もあなたを責めたりはしないわ...』
アーウェルンクスの胸に顔を埋め泣き叫ぶエリア、その姿にスクリーンを見ていた二人は言葉が出なかった
「私たちのせいで悩ましちゃってたみたいね...」
「そうですね...こちらの弱さがエリアさんの苦しみになっていたなんて...」
「やっぱりご主人はいい人にゃ、人のために泣けることはすごいことにゃ」
「これ以上苦しませないように私達も強くならなきゃね...」
「同感です、強くなってエリアさんを支えてあげましょう」
悩むエリアの姿を見て自分の弱さが身に染みる、二人は強くなることを誓う。これ以上エリア一人に苦しみを持たせないために...そう誓い合ったのだがここであることに気づく、シーアの姿が見当たらないのだ
「もちろんシーアも一緒に強くなるわよね...ってあれ?いない?」
「どこに行ったのでしょうか」
気づくといなくなっていたシーア、辺りを見渡すがその姿はない。しばらくしてスクリーンから聞こえる声が一つ増える...シーアの声だ
『アーウェルンクス様は悩むエリアさんを丸め込もうとしてたんですね!?』
『シ、シーア?いったいなにを...』
『そうよ、あなたがいつまでも行動を起こさないなら貰っちゃおうと思ったの』
『アー様?』
『やっぱり!あなたの野望は私が打ち砕きます!』
今日も杖を構えるシーア、それに対するアーウェルンクス、そしてまた魔法合戦が始まってしまったのだ
「...あの子なにやってるのかしら」
「...私にもさっぱり」
「スクリーンは切るにゃ、これ以上は見てても楽しくないと思うにゃ」
「そうね...」
バステトはスクリーンを切り再び湯船に戻る。女湯にいても聞こえてくる爆音と地響き、そしてエリアの悲鳴。二人はどうすればいいのかと唖然としていたが、どうしようもないと思い諦めて湯船に浸かった。この後ボロボロになった浴室を見て青ざめたクレールが説教していたのは言うまでもない...