18話〜決着〜
赤き獣人の体は炭と化し、噴煙をあげながら粉々に吹き飛んだ。エリアは全ての魔力を放出したため全身の力が抜け膝をついた
「やった...のか...?うぐっ...」
エリアの魔装が解除される。さっきまで動かない体を無理やり動かしていたためか火傷の痛みに加えて反動のダメージ、そして斬撃のダメージが体に響く。勝利を確信したエリアは倒れているリリーナの元に向かおうとする、だがどこから声が聞こえてくる
[私の負けか...]
それはさっきの赤き獣人と同じ声だ。エリアは慌てて辺りを見渡すがそれらしい姿はない。全身の痛みに耐えながら警戒し構える
[そう警戒するな、私の肉体は完全に消滅した。今は残っている残留思念で君の頭に直接語りかけている。どうやらモンスターの力を失ったことで人間としての理性が完全に戻ってきたようだ]
「......」
[それを信じるも信じまいも君の自由だ、だが礼は言わせてもらう。君のおかげで私は自分を取り戻し、ようやく死ぬ事が出来るのだから]
「じゃあさっきまでのお前は...?」
[先程まではモンスターの防衛本能、闘争本能が私の理性に混ざりあっていたようだ。それがなくなった今こうして君と話ができている...しかしもう時間もないようだな。まずは君たちを苦しめてすまなかった。そして私に人として死ぬ機会を与えてくれてありがとう]
「僕達は目の前のことに必死になっていただけです...」
[それでも私は君たちに救われたのだ、...君に一つ頼みがあるんだ、私の研究の成果が今だ施設に残っている。それを焼き払ってほしいんだ。またこんなことが起こる前に...頼めるか?]
「わかりました...こんな事を繰り返すのは嫌ですから」
声がだんだん遠くなっていく
[すまない、私の研究所は王都アークラインの郊外にある...それと君に忠告をしておこう...君が思っている以上に...モンスターは恐ろしい存在だ...これからも君たちの冒険の...妨げになるだろう...油断は禁物だ...最後に私の...わがままを...聞いて...くれて...あり...が...と...]
「安らかに眠ってください...」
その声は空に消えていった。エリアは警戒を解き再び二人を助けに行こうとするが糸が切れたようにエリアはその場に倒れてしまう
(体が...動かない...)
それも当然、エリアは右半身を焼かれ、両足を貫かれ、動かない体を無理やり魔法で動かしていたのだ。その状態で動けたエリアの精神力が異常なのだ
(意識が...遠くなる...二人を...助けな...きゃ...)
助けなきゃ、そう思いながらエリアは気を失ってしまった。気を失ってしばらくして誰かがその場に近づいてくる
「誰か倒れているぞ」
「...まだ死んでないみたいね、急いで助けるわよ」
「ん...ここは...」
エリアの前に広がる景色は木製の天井。見たことある場所だ
「僕の...部屋...?」
確認しようと体を動かすと全身に痛みが走る。よく見るとエリアの体は包帯だらけになっていたのだ。いったい誰が...そう思いつつ辺りを見渡す、すると横にはよく知っている人がいた
「シーア...?」
ベットの横にシーアが座り込んでいたのだ。しかし眠っているようだ。エリアは起こすまいと音を立てないようにする。そのときシーアの目がゆっくりと開く
「エリアさん...?」
「やぁシーア」
目覚めたことを確認するとエリアは声をかける。その瞬間シーアの目からは大粒の涙がこぼれ始めエリアに抱きついてきた
「よかったです...生きててよかったです...」
「シーア...痛い...」
「あっ!ご、ごめんなさい...わ、私皆さんを呼んできますね!」
そう言って顔を赤らめながらも部屋を飛び出していく。
「シーアがいるってことは戻ってこれたのかな、でもいったいどうやって...」
エリアには当然戻ってきた記憶はない、かと言って紫苑は気を失っていたしリリーナは動けなかった、どうやって戻ってこれたのかが不思議だった。シーアが出ていって少し経つと扉の外が騒がしくなっている。すると勢いよく扉を開けて最初にリリーナが入ってきた。それに続くようにシーア、紫苑、クレールと次々に入ってくる
「やっと起きたのね!あんた三日間寝てたのよ!」
「三日も!?」
「帰ってからずっと起きないからみんな心配したのよ」
「そうだ、僕達はどうやって帰ってきたの?」
「それはね...」
リリーナが言いかけるとロビーの方から呼び鈴の音がする。それに気づいたクレールはそれに対応するように下に降りていく
「来たみたいね、エリア!下に行くわよ!」
「え、でも僕体が動かな...」
「じゃあ先行ってるからね」
リリーナはまったく話を聞いてくれず下に行ってしまった。エリアの様子を見かねたシーアと紫苑の二人が肩を貸してなんとかロビーまで行くことができた。ロビーで待っていたのは二人組の冒険者だった。一人は軽くウェーブがかかった群青色の短い髪に眼鏡が印象的なエルフの女性、もう一人はボサボサの黒髪にガタイのいい肉体が特徴的な男性だ
「起きてらしたんですね、無事で何よりです」
「いや...全身包帯の人間は無事とは言わないと思うぞ」
「あなた達は?」
「そういえば自己紹介がまだでしたね。私はミューズ・フィンブリア、ダンジョンで倒れているあなた達を助けてここに連れてきたんです」
「俺はギース・アレグリア、そこのミューズと一緒にお前達を運んだんだ」
「そうだったんですか、ありがとうございます」
「それにしてもあんなところであれほどの重症を負うなんていったい何があったんですか?助けるときから思っててずっと聞けなかったのですが」
エリアは三階層であったことをすべて話す。
「モンスターになった人間か、恐ろしいこともあるもんだな」
「それであんな状態だったんですね」
「うん...」
「...何はともかくあなたが無事でよかったです。では私たちはそろそろ帰りますね。あまり長く滞在するのもお体に触りますし」
「元気になったら表の酒場に来いよ、一緒に飲もうぜ」
そうして二人は帰っていった。そのときエリアはあの言葉を思い出す
「そうだ、王都に行かなきゃ」
「王都...ですか?」
「うん、約束したんだ。もうあんなことが起きないように研究資料をすべて廃棄するって、だから王都に向かわなきゃ」
「でもその傷で行けるの?」
エリアは自分で歩けないぐらいにボロボロだ、そんな状態で王都まで行けるはずがない。傷が治ってからかと思った矢先エリアは誰かに頭から何かをかけられた。
「まったくあなたはどうしてそんな傷だらけになるのが好きなのかしら」
後ろを見るとアーウェルンクスが高価そうな瓶を持って立っていた
「アー様?それはいったい」
「これは〈エリクサー〉ね。大抵の傷ならこれですぐに治ると思うわ」
エリアの体からみるみる痛みが引いていく、激痛が走る足も、火傷だらけの右半身もものの数秒でほとんど消えてしまった
「アー様こんなものをどこで?」
「落ちてたの」
落ちていた、その発言に嫌な予感がするクレール。急いで倉庫に走っていく。数分後青ざめた顔で戻ってきた
「お前それ俺のじゃねぇか!」
「あら、倉庫に置きっぱなしだからいいじゃない、アイテムは使ってこそよ?」
「そうだけどよ...まぁ今回は重傷者が目の前にいたことだし許してやるよ」
「それにしても王都ねぇ...」
王都という言葉に考え込むリリーナ、そのときエリアはリリーナとシーアが王の娘、お姫様の立場にあることを思い出した
「王都がどうかしたの?」
「たいしたことじゃないんだけど」
「姉様、やっぱり言うべきかと...」
「そうね...私たちずっとダンジョンにいた理由うやむやにしてたじゃない?その理由なんだけどさ...なのよ」
最後の方が聞き取れなかったためもう一度言うようにシーアが言う
「私たち家出なんです...」
衝撃の事実に驚く一同、しかしアーウェルンクスはそれがわかっていたようで微笑んでいる。シーアが話を続ける
「家出の理由なんですけど、私たち王族は国の繁栄のために他国との交流をときどき行うんですけど...その時にお父様が勝手に姉様の婚約を取り決めてしまったらしいのです。その事実を知った姉様が冗談じゃないとお父様に怒っていたんですけど決めてしまったものはやめられないと言ってまったく取り合ってもらえなかったそうで...それで結婚が嫌な姉様は城を出ることを決めたのです。私は姉様一人で行かせるのが心配だったので一緒に...」
「私は自由が好きなの!どこの誰かも知らない奴と一緒にいたくないの!」
「それにしても家出って...」
「私は縛られたくないのー!!」
「だから王都って聞いて悩んでたんだね」
「私達勝手に出てきちゃいましたから...今頃王都でどんな騒ぎなってるか...」
国の姫が二人同時にいなくなったのだ、騒ぎにならないわけがない
「じゃあ二人はここで待ってる?」
「私は一度戻ってしっかり話すべきだと思うんですけど...」
シーアがリリーナを見る
「...そうね、あのバカ親父を説得してちゃんと冒険者として戻ってこなきゃ」
二人は一緒に王都に来ることを決める。
「じゃあ明日にでも向かおうか。なるべく早く資料を廃棄した方がいいからね」
話がまとまったことを見計らってクレールが夕食を食べないかと声をかけてくる。エリアは三日間寝てたのでもちろんお腹はすいている。一同は食堂へと足を運ぶ、そこにはメイド姿のバステトが待っていてエリアを見ると勢いよく抱きついてきた
「ご主人目を覚ましたにゃ!よかったにゃ!」
「心配かけてごめんね」
エリアがバステトの頭を優しく撫でると嬉しそうな顔をしている。それを見ていたシーアはすこし羨ましそうな顔をしていた。
「羨ましいならやってもらえばいいじゃない?」
「!?」
その様子を見ていたアーウェルンクスが小声で話しかけてくる
「い、い、いえ...そんな...」
「相変わらず面白い子ね、でも早めに手を打たないと取られちゃうわよ?」
「...頑張ります」
顔を真っ赤にしてやる気を出すシーア。そんなやりとりをしていると厨房の方からクレールの声が響く
「バステトー、料理ができたから運んでくれー」
「わかったにゃー」
それぞれの思いを胸に一同は夕食を食べ始めるのであった