15話〜深きを目指して〜
二回目の風呂場騒動の翌日...
「...もう朝か」
今日のエリアは日が昇って間もない頃に目が覚めた。結局昨日の騒ぎの後、四人はクレールに説教されていたのだ。温厚なクレールもさすがに二回も風呂場を半壊させられれば怒っても仕方ない。そして反省をさせられていたようだが、エリアはそれが何かを知る前に寝てしまったので四人がどんな罰を受けたのか知らない。エリアはベットから立ち上がり自室を出る、階段を降りロビーに行くと正座させられているアーウェルンクス以外の三人がいた
「あ...エリアさんおはようございます...今日もいい天気ですね...」
「zzz...」
「にゃはは...お花畑にゃ...」
シーアは罪悪感と眠気で虚ろな顔をしているしバステトも長時間の正座によるダメージに目が泳いでいる。そしてリリーナは正座しながら眠っていた
「三人とも...リリーナは大丈夫そうだけどシーアとバステトは大丈夫...?」
「はい...なんとか...でも私が暴れてしまった私がいけないんです...それ相応の罰を受けるのが正しいのです...」
「私は何もしてないのにゃ...」
「...大丈夫じゃなさそうだね」
しっかり反省しているシーアとよくわからず正座させられているバステトはすでに限界のようだ、それにしてもなぜリリーナは正座しながら眠っていられるのだろう...そしてこのタイミングでアーウェルンクスがいないことに気づく
「あれ、アー様は?」
「アーウェルンクス様は昨日みんなが正座させられた段階で気づいたらいなくなってました...」
「アーちゃんのことにゃ...きっとどこか高いとこで寝てるにゃ...」
そんなことを話しているとクレールと紫苑がやってくる
「エリアさんおはようございます」
「お前ら反省したかー...ってなんであいついないんだよ...まぁいいか。ちゃんと反省したならもう終わってもいいぞ...一人寝てるじゃねぇか...」
周りが騒いでいるのにリリーナは一切起きる気配がない
「なんでリリーナちゃんはこの状況で寝続けられるんだ...」
「姉様...起きてください...」
「ふぇ...?ね、寝てないわよ!?」
「今さら遅いです...」
「とりあえずシーアとバステトは寝てきたほうがいいよ...?」
「そうしますね...」
その言葉にシーアは糸が切れたように眠る、エリアはシーアを背負って部屋まで連れていきベットに寝かせる。ロビーに戻るとバステトが白目を剥いて倒れていたのでまた部屋に連れていきベットに寝かせた
「さて...ダンジョンにでも行くか。シーアは寝てるしリリーナと...紫苑さんも誘ってみるか」
まずエリアはロビーでミカンを食べているリリーナのところに行き、ダンジョンに行かないか、と誘ってみる。それに対しもちろん行く、とやる気満々だ。一人だけずっと寝てたのだから元気は有り余っているようだ。次に食堂でお茶を飲んでいる紫苑の元に行く。
「紫苑さん、これからダンジョンに行くんですけど一緒にどうですか?」
「ダンジョン...ですか?そうですね、私がこの街に訪れているのも修行でだんじょんに出向こうと思ってのことなのでお邪魔でなければ是非ご一緒させてください」
「邪魔だなんてそんなことないよ。じゃあ三十分後にここのロビーに集合で」
「わかりました」
エリアは自室に行き準備を進める。昨日買った〈魔法剣〉と言われた剣ももちろん持っていく。昨日アーウェルンクスが言いかけたことはなんだったんだろう、そう思いつつも鞘に収める。他にポーションや冒険に必要そうな道具を揃えていく。すると部屋の扉をクレールが叩く
「おーい、エリアいるか?」
「どうしたんですか?」
「お前にこれ渡しとくよ」
そう言って渡されたのは極彩色に青が混ざった色をした結晶、これは〈再始動の軌石〉と呼ばれる魔法道具だ。
〈再始動の軌石〉
それは上位冒険者なら誰もが求めるアイテム。この結晶は座標を設定し使用すると一瞬でその場所に移動することができる魔法道具なのである。ダンジョンで下層を目指す際の再潜入ポイントとなるのでこれがあるのと無いのとでは荷物の量、移動の手間などが大幅に変化していくのでこれを欲しがる冒険者は数え切れないほどいるのだが、高度の錬金でのみ生成することが出来るので市場に出回る数が少なく、高い時で白金貨十枚もする代物なのだ。一つの〈再始動の軌石〉で移動できる人数は最大で十人。
「こんな貴重なもの貰ってもいいんですか?」
「おう、さっき偶然できたもんだけどよ、お前がダンジョンを進む手助けになればいいと思ってな。代わりにダンジョンで面白いもんがあったら持ってきてくれればいいさ」
クレールは手を振りながら部屋を出ていく。エリアは貰った〈再始動の軌石〉をバックに入れ準備を進める。数分後、準備が出来たエリアはロビーに向かって階段を降りていく。そこには昨日とは違う和装を纏った紫苑がいた
「紫苑さんその格好は?」
「これは私の流派の戦闘装束です。着物をを動きやすくしたもので移動や戦闘に長けた作りになっています。」
その衣装は赤と桃、昨日見た着物より足の部分が短く、動く度に大きく垂れた袖や腰から伸びる帯がひらひらと舞っている
「エリアさんも着てみますか?」
「それはいいかな...それより流派ってことは他にも同じ流派の人がいるんだよね?」
「そうですね、でも今は"いる"というより"いた"と言った方が正確でしょうか...私の流派は扱いが難しく、後継者になろうという人が現れなくて...今のところ私が最後の継承者ということになっています」
「そうなんだ...」
「でも私はまだ諦めてません、いつか流派を継いでくれる人が現れるはずです。だからそれまでに自分の力を少しでも高めておきたいんです。今回の旅だってそれが目的ですから」
「紫苑さんはすごいんですね、自分の理想のため...か」
紫苑の澄んだ信念に心を打たれるエリア、改めて強い人だなと思い直すのであった。そして数分後、準備を終えたリリーナが降りてきた
「待たせちゃってごめんね、じゃあ行きましょうか」
そうして三人は【聖者の森林】に足を運んだ。
「ここがダンジョン...ですか、想像していたよりは穏やかそうなところですね」
「この場所はこんな感じだけどほかのダンジョンとかは溶岩が流れてたり氷で覆われたりとかしてるらしいわよ」
「なるほど、ではここは比較的に安全というわけですね」
「他のとこに比べるとここが一番安全だと思うよ」
少しずつダンジョンを進んでいく。モンスターも出てこず安全に進めると思った矢先、遠くから悲鳴が聞こえてくる。
「いまのは!?」
「そう遠くないですね、急ぎましょう!」
悲鳴の聞こえた方に走っていく。しばらく走るとそこには傷だらけの冒険者が座り込んでいる。その体は恐怖で震えていた
「大丈夫ですか!?」
「俺はなんとか大丈夫なんだが仲間が...仲間がモンスターに連れていかれちまった...」
「モンスターに...?」
モンスターというものは冒険者を見つけると反射的に襲ってくるがそれは基本的に防衛本能、または食的意識のため襲ってくる。だから食べられるにしてもその場で食事を済ますためつまり"連れていかれる"ということは行動的にありえないことなのだ
「そのモンスターはどっちの方に?」
「...あ、あいつは二階層の方に向かっていったみたいだ。それ以上はわからないからもっと深くまで行ってるかもしれない...」
「わかりました、あなたはここを脱出して助けを呼んできてください。僕達は二階層の方に助けに向かいます」
「すまねぇ...仲間を頼む...」
三人は急いで二階層に降りる階段に向かう。階段の場所はダンジョン北側、そこにまっすぐ走っていく。道中ゴブリンやサテラウルフに遭遇するも紫苑がほぼ一撃で倒し最小限の戦闘で急ぐ。走り始めて十五分、下に降りる階段にたどり着く
「ここか...この下は僕も行ったことないから何があるかわからないけど急がなきゃ。二人とも行くよ!」
エリアの掛け声とともに一気に階段を下っていく。一寸先はもう暗くて何があるのかもわからない、ただひたすらに階段を進んでいく。しばらくすると前に光が見える。その光の元にたどり着くとそこには一階層と変わらない景色が広がっていた。
「地下なのに明るい...!?」
「ダンジョンというものは不思議な場所なんですね...」
「そんなこと言ってる暇ないでしょ!急ぐわよ!」
二階層に入ると目の前にはなぎ倒された木々が連なっている。どうやらまっすぐ進んでいるようだ。三人はそれをたどるように進んでいく。
「それにしてもこいつどこに向かっているのかしら」
「この方角は...三階層の方だ」
「まだ下に向かってるってわけね」
「それにしてもどうして人を攫ったりするんでしょうか?いったい何のために...」
変わらぬ景色をただ走っていく。今度は南方、たどり着くまでは一時間ほどだった。そこには三階層に向かう階段。また暗い階段を進んでいく。しばらく進むと三階層に出る。...また同じ景色だ
「まったく頭がおかしくなりそうなくらいずっと森ね」
「同じ景色が続くと感覚が麻痺しそうです...」
「それでも進むしかないよ、急ごう」
この階層でも木々がなぎ倒されているが遠くで大きな音がする。きっとまだこの階層にいるのだろう。三人は音のする北方に走っていく。その音はどんどんと近くなる、倒れている木もまだ真新しいものばかりだ。すると急ぐ三人の前におぞましいものが姿を見せる
「なによあれ...」
「あんな生き物がいるんですか...」
その生き物は赤い体に角の生えた三つ首の狼、その肌は毛が変化した鱗のようなものが張り巡らされている。大きさは5mほどある巨体だ。エリアはそいつを見てあることに気づく
「あの角...最初にダンジョンに来た時にあったゴブリンと一緒だ...」
「それって私が三等分にしたやつ?」
「うん、でもあいつは切られても消滅していなかったんだ...それどころか次の日にはドロドロに溶けていたんだ...」
初日に出会ったゴブリン、それと同じ角が今目の前にいる三つ首の狼にも生えている。このことからエリアはあることを想像する