柊木の母1
数話ほどストーリーモードに入ります。
ご了承ください。
朝目覚めた感じで、俺のタイムリープが解除されたのかどうかが、なんとなーくわかるようになった。
で、今日は解除されたんだろうと思って周りを見てみると、やっぱりそうだった。
枕元にはスマホが置いてあり、少し大きめのベッドに俺一人きり。
前回は、現代の俺が書置きをしてくれていたから状況がわかったけど、今回はしていないようだ。俺愛用らしきビジネスバッグを見つけ、名刺入れを探し出して確認する。
「誠治君ー? 起きないと遅刻しちゃうよー?」
柊木ちゃんの声が部屋の外から聞こえてくる。
何気ない日常の中に柊木ちゃんがいる……同棲しているって感じがしてとてもいい。
俺の名刺には、知らない企業の名前があった。
HRG社には入らなかったのか? それとも、入れなかったのか?
何気に、タイムリープする前の俺は、肩書上は、大企業の社員ってことになる。
ブラックな職場環境で、給料も安いけども、肩書のおかげで外面だけはよかった。
今思えば、HRG社から採用の内定がよく出たなと思う。
まあいいか、と部屋をパジャマのまま出て、ダイニングで朝食を用意している柊木ちゃんに挨拶をする。
「おはよ、春香さん」
「うん、おはよ」
ちゅ、とほっぺにキスをしてくれた。
朝起きてご飯があって、挨拶をするとちゅってキスされて……同棲生活ってこんなに幸せなんですか?
けど、まだ婚約もしていないようで、柊木ちゃんの左手の薬指には指輪がない。
今回は、夏海ちゃんは同居してないようだ。
席について、作ってくれた和食に手をつける。
いただきます、と手を合わせてご飯を食べる柊木ちゃんに、それとなく尋ねてみた。
「籍を入れる話だけど……正式に、春香さんの実家に挨拶しないと」
「あ。……うん……けど、もうちょっと待って。今実家がバタバタしているから、それが落ち着いてからにしない?」
それ以上は何も言わず、時間がないよ、と柊木ちゃんは俺を急かした。
やっぱりHRG社の業績が落ちているんだろう。
「お父さんは元気にしてる?」
「うーん……元気はないかな。夏海もうちの会社で頑張ってるけど、大変みたい」
社長令嬢なんだから、仕事なんてしなくてもいいと思うけど、やっぱりしっかり者だ。
この話の流れからして倒産はしてないようだ。
ご飯を食べていると、そっと柊木ちゃんが箸をおいた。
「どうかした?」
「朝する話でもないと思うけど……あたし、お母さんとケンカ中で……」
たぶん、俺たちの将来のことでケンカしたんだろう。
「納得してもらえてないけど、両親には意思を伝えてあるわけだし……もう、うちに挨拶しなくてもいいよ?」
「どういうこと?」
「事後承諾ってことで、話を進めない? ってこと」
「結婚式はどうするの?」
「ううん。しなくていいよ? 誠治君と一緒になるのが、付き合いはじめたころからのあたしの夢だもん」
にっこり、と柊木ちゃんは女神のような笑顔を浮かべた。
そのセリフは俺としては嬉しいけど、それはどうなんだろう。
二七歳にもなれば、結婚式のひとつやふたつ、招待されて新郎新婦を祝福することがある。
やっぱりドレス姿の新婦は綺麗だし、柊木ちゃんだってそれを少しは夢見ていたはずなんじゃないだろうか。
女性のために式を挙げる、と耳にしたことすらある。
「ちゃんと順序通りしよう? 段階を飛ばすなんて、らしくないよ?」
うん。本当にらしくない。珍しくネガティブだ。
「そうかな……」
将来のことでお母さんとケンカをしているからなんだろう。
結婚して一緒になるっていうのは最終的な目標だけど、俺と柊木ちゃんに関わったすべての人に祝福してもらえる結婚にしたい。
結婚式ってのは、それを見てもらう場所でもある。
……ていうか、俺も柊木ちゃんの花嫁姿は見たい。
ふわあ、と全身をタイムリープの感覚が包んだ。
次に目を開くと、よく知っている俺の部屋の天井が見えた。
携帯を手繰り寄せて、日時を確認すると解除前とほぼ一緒。ただ、時間は一時間ほど先に進んでいるけど。
決意が冷めないうちに、俺は柊木ちゃんに電話をかけた。
しばらくコール音が続いたあと、眠そうな声で柊木ちゃんが出た。
『……も、もしもし……』
「春香さん、おはよう」
『…………おはようございます……』
たぶん、俺からの電話で目が覚めたんだろう。口調がぼんやりとしている。
「ちゃんと、みんなに納得してもらって結婚するからね」
『……ちゃんと納豆は……冷蔵庫に……』
寝ぼけてる……。
「ごめん。俺、結婚するから」
『………………え!? 何それ!! 誰とっっ!?!?』
あ、ちゃんと起きた。
「将来的にね」
『なんだ……びっくりした』
「だから、春香さんの両親にはきちんとご了承をいただきたいわけなんです」
『け、結婚するから、春香さんをくださいって?』
「いや、まださすがにそこまでは。付き合っているってことは、お父さんにもばらしちゃったし、お母さんにも伝えて、俺の人となりを知ってもらおうかなと思って」
夏海ちゃんのときと一緒だ。
顔も名前もろくに知らない相手となれば、態度も強硬なものになりがちだけど、俺のことを知っていれば、多少は態度も軟化するんじゃないかという目論見だ。
「だから、そのことを夏海ちゃんにも……」
『夏海ー? 起きてー? 誠治君が』
『うぅぅ……もう無理起きれない……』
「そばにいるの?」
『遊びに来て、そのまま泊まっていったの』
「じゃあ、俺、春香さんち行くから」
『え、待って待って、まだ準備できてないからもうちょっとあとで――』
ぴ、と通話を終了させて、着替えた俺は自転車にまたがり柊木ちゃんちへむかう。
「……空き巣君……急に人んち来るとか何考えてんの……親しき仲にも礼儀ありって言葉、知らない?」
いつもはハキハキしている夏海ちゃんも、朝には弱いらしく目がぼやーっとしていた。
「誠治君? 朝食まだなら一緒に食べる?」
対して柊木ちゃんは、きちんとメイクもしてていつも通りの様子だった。
「春ちゃん……超焦って準備してよかったね……」
「うるさいっ」
柊木ちゃんがキッチンに行くと、俺と夏海ちゃんはダイニングのテーブル席に座る。
そこで、俺の考えを夏海ちゃんに聞かせた。
「そんじゃあ、家に遊びに来る?」
「それなら、お願いしようかな」
「春ちゃんも帰って来る……?」
「まあ……誠治君が行くなら……」
歯切れの悪い返事をした柊木ちゃんだったけど、朝食を食べてから俺たち三人は柊木家へむかうことになった。