クールビューティー春香さん
書籍版の2巻が4月15日発売予定です!
書籍版もよろしくお願いします。
翌日、登校してみても藤本は相変わらずで、とくに何かを言うことはなかった。
気づいているなら、ニヤニヤしながらこっそり訊いてきそうなもんだけど、そういった素振りがないから、やっぱり俺の考えすぎかもしれない。
チャイムが鳴って、世界史の授業がはじまる。
「授業をはじめます」
いつもはくくっている髪の毛を下ろした柊木ちゃんが、ふぁさぁ、と髪の毛を払う。
今日は眼鏡をかけていて、いつになく知的な雰囲気が漂っていた。
……もしかして、前のクールビューティ発言、本気だったんじゃ……。
「先生、今日どうしたのー?」
「どうもしてないけれど?」
伊達眼鏡 (たぶん)を押し上げる柊木ちゃん。
「すっごく頭よさそうに見えるよ?」
「実際、頭はいいのだけれど」
自分で言っちゃうんだ。
柊木ちゃんは、ふぁさぁ、と肩に乗った髪の毛をまた手で払った。
「……」
一瞬こっちを見ると、ぷい、とそっぽをむいた。
デレデレしないように頑張っているらしい。
「教科書を読んでほしいのだけれど」
あの先生、語尾を『だけれど』にすればクールになると思っているぞ。
仕事がデキる女風の柊木ちゃんの授業は、いつもよりテキパキと進んで、すぐに終わりを迎えた。
女子から気安く話しかけられる柊木ちゃんは、今日の装いについて質問責めにあっていたけど、「お昼休みだから」と言って、くるんとターンして廊下を歩いていってしまった。
「柊木ちゃん、なんかキャラ間違ってない?」
「間違ってるけど、一生懸命だから可愛いんじゃん」
「あ、わかるーっ。微笑ましいっていうか、見守ってあげたくなるよねー」
女子たちがくすくす笑いながらそう言っているのが聞こえた。
年下の女子に、微笑ましいとか、一生懸命だから可愛い、とか思わている年上の先生がクールなはずもないだろう。
二人きりの昼休憩を過ごすべく、俺は教室を出て世界史資料室へとむかう。
「失礼します」
軽く言って中に入ると、すでに柊木ちゃんはクールモードで俺を待っていた。
「それ、伊達眼鏡でしょ? クールっぽくしたいからかけてきたの?」
「ぽくしたいわけではなくて、元々、クールなのだけれど」
出た、『だけれど』。
なんか、柊木ちゃんのクール像は一般と若干ズレているような気がする。
元々クールと言い張る柊木ちゃんだけど、きちんとレジャーシートを床に敷いて、ご飯の準備をしてくれていた。
……行動はデレデレなんだけどなぁ。そこは別にいいのか。
「誠治さん、早く食べないと時間がなくなるわよ?」
誠治さん……。なんか新鮮。
はいはい、と返事をしながら、俺はむかいに座る。
「……」
じいっと柊木ちゃんが何か言いたそうに俺を見つめる。
その目線が、自分の膝の上にすうっと下りた。
いつものように膝枕をしたいらしい。
知らんぷりをして、俺は手作り弁当を食べはじめた。
「春香さん、あーん」
かぼちゃの煮つけを箸でつまんで、柊木ちゃんのほうへ持っていく。
ビクン、と柊木ちゃんの体が強い反応を示した。
ぱあ、とクールぶった表情が吹き飛んで、『誠治君から「あーん」って珍しいっ』と嬉しそうに口元をゆるめた。
「……はっ」
ぷるぷる、と柊木ちゃんは頭を振って、今日のコンセプトを思い出した。
「そんなことをしてもらわなくても、食べれるのだけれど」
「あ、そう。じゃあ、自分で食べるね」
箸をUターンさせ、自分の口へかぼちゃの煮つけを運ぶ。
うん。今日も完璧。美味い。
「……」
視線を感じて正面を見ると、柊木ちゃんがぷくぅーと膨れていた。
「どうかした?」
「別にどうもしてないのだけれど」
やっぱり、あーんはしてもらいたかったらしい。
クールと素直になることは、相反しないと思うけど、あーんをすればデレデレしてしまうから、どうにか自制心を利かせている、ってところかな。
……クールな人は、ぷくぅーってしないと思うんだけど、そこんところどう思ってるんだろう。
収まらない不満をぶつけるように、ばくばく、と俺の分まで柊木ちゃんが弁当を食べた。
おおおおおい。俺の昼飯……。
今は、ハムスターみたいに、頬がぷくぅーとなっている。
「クールな人は、あーんしてもらえなかっただけでぷくぅーってなったりしないし、素直じゃないってわけでもないと思うんだけど」
「誠治さんは、クールビューティは嫌い?」
嫌いじゃない。むしろ好きだと言ってもいい。
けど、それはそういう人だから好きなのであって、無理をしてクールになっているビューティが好きかと言われれば、答えはノーだ。
「デレデレ対策のために自分のイメージを変えようっていう努力はすごくいいと思うよ」
「そ、そうなの……」
にへら、と表情がゆるんだ瞬間だった。
ぺしん、と柊木ちゃんが自分にビンタして、表情がすぐにしゃんとしたものに戻った。
ええええええ……。そんなに厳しくしなくても!
「でも、俺は、自然体な春香さんが一番好きかな? クールもいいと思うけど」
「……っ」
クールな仮面が崩れかけたけど、立て直した。
意地でもクールを貫き通すつもりらしい。
俺の言葉は本心だし、クラスの女子たちが言っていたように、若干クールを履き違えているところもある。
ノーマル柊木ちゃんに戻すには、どうしたら……。
「第三者がいる場所でデレデレしなければいいってだけであって、二人きりのときは普通にしてたらいいんじゃないかな」
「……!」
お、揺らいでる揺らいでる。
「こんな状態じゃ、キスもできないなー」
「っ!?」
え、嘘、まじで!? って言いそうな食いつき具合だった。
「く、クールでも、軽いキスくらいしてもいいのだけれど」
「じゃあ、今後は二秒くらいのやつを一回だけってことで」
「っ!?」
え、嘘、まじで!? って言いそうな食いつき具合だった。
「えー? たったそれだけー? って顔してるよ、春香さん」
「な、何を勘違いしているのかしらか。軽いキスと言っても、あたしでいうところの腹八分目くらいのキスなのだけれど」
ほぼ満足してんじゃねえか。
「結局、いつも通りにキスしたい、と」
「そんなことは言ってないのだけれど」
「じゃ、俺、時間だからそろそろ行くね。弁当ありがとう」
「ま、待って――」
ぐいっと引っ張られて振り返ると、眼鏡をかけた柊木ちゃんの顔が目の前にあった。
「意地悪、しないで……」
「クールでも甘えたくなるんだ?」
「なる」
ちゅ、とお互いが唇を近づけて触れ合わせると、もう二度、三度、ちゅ、ちゅう、とキスをした。
「したくて……たまらなかったの……」
眼鏡柊木ちゃんが唇を尖らせたままうつむく。
「誠治君が、意地悪するから……あたしも意地になっちゃって……」
「春香さん、眼鏡かけてても可愛いよ」
「えへへ。やった♡」
クールはどこかへ吹き飛んだ柊木ちゃんのキスに応えていちゃついていると、チャイムも気づかないくらい俺たちは熱中してしまった。




