藤本
もぞもぞ、と俺に密着している柊木ちゃんが身動きをした。
「先生、くっつきすぎ……」
「だ、だって、仕方ないでしょ……。あと今は春香さんでしょ」
小声でひそひそとやりとりをする。
「せ、誠治君も……ひ、膝が股に当たってて……ちょっと……」
「え、あ、ごめん……」
教室の掃除用部箱にぎゅうぎゅうに詰まっている俺たち。
柊木ちゃんはむぎゅーとおっぱいを俺に押しつけている。今回はわざとじゃなくて、自然とそうなった。
大将が「てやんでいっ」な状態になってしまうのは仕方ないだろう。こちとら体が思春期なんでい、てやんでい。
そのことに気づいたらしい柊木ちゃんは、何も言わずただ顔を赤くしていた。
「何でこんなことに……」
……事の発端は、柊木ちゃんが掃除当番の俺とイチャつくために教室にやってきたことだった。
「真田君ー? また掃除当番一人でやってるのー?」
「途中までみんな一緒だったよ。部活だのなんだので、最後まではしなかったけど」
机と椅子を整えて、窓の戸締りとカーテンを閉めて、掃除終了。
カタン、と柊木ちゃんが扉の内側から鍵をかけた。
「誠治君~、まだ仕事少し残ってるの……」
甘えん坊さんモードの柊木ちゃんは、ととととと、と俺に近寄ってきて抱きついた。。
「少し?」
「本当はいっぱい……」
「頑張って、春香さん」
「うん、あたし、頑張る……だから、誠治君成分を補給させて」
唇を突き出して、キスのおねだり。
エスカレートしない程度に、何度かちゅ、ちゅ、と軽いキスをしていると、廊下のほうから話声が聞こえてきた。
「大道、なんでわざわざ放課後の教室なんだよ? 別の場所に行こうぜ」
「いいでしょ、別に。メールじゃなくて直にしゃべったほうが誤解もないだろうし」
ガタン、と扉を引いたけど、鍵がかかっていて開かない。
「あれっ、鍵閉まってる」
柊木ちゃんが鍵をかけたから開くわけがないんだけど……。
あ。後ろ側の扉……鍵、開いてね??
柊木ちゃん、閉め忘れてね??
よぉーく見てみる。
――あ、開いてるぅううううううううううう!
きゅるん、と純粋顔で柊木ちゃんは小首をかしげている。
くそ、可愛い顔をやめろ。怒るに怒れないだろ。
「こっちのほうは――」
生徒らしき二人が後ろ側へ移動する足音。
「せ、誠治君、まずいよ」
「春香さんのせいでね――」
柊木ちゃんが掃除を手伝ってくれているっていうんなら誤魔化せる。けど、鍵まで閉めて二人きりってのは、どう考えても怪しい。
俺の『好きな人』の件が、ガチだったってバレる。
どこか、隠れられる場所――。
ぱっと目についたのが、掃除用具箱だった。
俺と柊木ちゃんは慌てて中にこもり、ぎゅうぎゅう状態となったのだった。
ガラッ、と扉を開けて男女の生徒二人が入ってくる。
修学旅行で押し入れに入ったときにも思ったけど、これ、どっちかが隠れるだけでよかったんじゃ……。
けど、もう出るに出られない状況だった。
「話ってなんだよ?」
お? この流れって、告白の流れでは……?
男子は誰かと思ったら藤本だった。
おめでとう、藤本。
てことは、相手はさっき藤本が名前をあげた、クラスでも派手な部類の女子、大道さん。
意外な組み合わせだった。
へえ、そっかそっかあ。青春ですなぁ……。
好々爺のように俺が目を細めていると、柊木ちゃんもワクワクしはじめた。
「こ、告白だよね、これ……」
し、と俺は唇の前に人差し指を立てて、二人の会話に耳を澄ます。
「いや、藤本に話っていうか、それは間違いじゃないんだけど、訊きたいことがあんの」
「お、おおう……、な、何?」
藤本、好きな人いるの? って大道さんは訊くんだろう。
うわぁ。
他人の告白シーンなんて、他人事だからすごく楽しい。
下手な映画よりもワクワクでドキドキで楽しい……!
「…………真田君の……柊木ちゃんが好きっていう、あれ、ネタ? それともマジ?」
どきん、と心臓が跳ねた。
それは柊木ちゃんも同じらしい。そっと上目遣いをしてくる柊木ちゃんと目が合った。
「オレは呼び捨てで、真田は真田君かよ……。って、そんなことかよぉぉぉ…………」
ぶはあ、とでっかいため息をついた藤本は、机に腰かけた。
「そんなことって……いいじゃんか、別に。で、どうなの? 藤本は、一番仲いいから……何か知ってるんじゃないかと思って」
「何? ネタだったら、真田に告んの?」
「っ。……今その話は関係ないっしょ。そもそも、知りたがったのはアタシじゃねーし」
へいへい、と藤本が肩をすくめる。
「そうだよ、オレと真田はダチもダチのマブダチだ。あいつのケツ毛が何本なのかもオレは知ってる」
嘘つけ。って、生えてねえよ。
「え、仲いいって、そういう仲だったの!?」
ほれ見ろ。無駄な誤解生んでるじゃねえか。
「わさっと、こう、わさぁっと……」
「嘘……」
嘘だよ! 信じるなよ、大道さん。ちょっとショック受けるのやめろよ。
「フン……誠治君は、ちょっとしか生えてないもん」
「張り合おうとすんな。で、生えてねえんだよ」
俺たちはお互い、しーと唇の前に指を立てた。
「……話がそれたけど……で、どうなの? 柊木ちゃんとのこと。修学旅行のときの様子を知ってるから、アタシはマジなんじゃないかって思ってるんだけど」
「……ああ、修学旅行の」
一度口をつぐんだ藤本が、ちらっとこっちを見た。
なんでこっち見たんだ?
「――ネタに決まってんだろ? アイドルのことを好きだって言うのとおんなじ感覚だっつーの。テレビのむこうのアイドルのことを好きだって言って、付き合えるか? 違ぇだろ」
「でも、柊木ちゃんも、修学旅行や借り物競争の様子じゃ、まんざらでもなさそうってカンジで……」
「アレだ。あんな公の場所であいつが柊木ちゃんを『好きな人』って認定されるようなことをしたから、柊木ちゃんも開き直ってんだよ」
「けど、柊木ちゃん、デレデレしてなかった?」
「生徒から慕われるのが嬉しいんじゃねえの?」
「そう、かな……?」
「少なくとも、オレにはそう見えるよ。変に勘繰るやつが出てくるのも仕方ない気もするけど、先生側からすりゃ、生徒からの好意は等しく『慕われている』くらいの認識だと思うぜ?」
オレは真田評論家かっつーの、とボヤいて藤本が苦笑した。
「そうなら、いいんだけど」
「真田、真田、真田。真田ばっかでうんざりだ。大道、オレなんてどう?」
「別に」
「そーかよ。さっさと帰ろう。戸締りしに先生がくるだろうし」
そうだね、と大道さん。
二人が教室から出ていくと、俺と柊木ちゃんは掃除用具箱からこっそりと出た。
「あたし、デレデレしてるかな?」
「してると思うよ?」
「う、嘘……!?」
自覚なかったのかよ。
「ごめんね。……明日からは、クールビューティ春香さんになるから」
無駄な努力は感心しないよ、柊木ちゃん。
ビューティは問題ないだろうけど。
じゃあ、また夜電話するね、と柊木ちゃんはそそくさと教室を出ていった。
俺はさっき藤本が腰かけていた机に同じように座る。
「……」
掃除用具箱からここまで距離がある。
俺と柊木ちゃんの小声は絶対に聞こえてないはずなのに――。
ケツ毛で本題そらしたり、ネタって断言したり……。
――――大道、なんでわざわざ放課後の教室なんだよ? 別の場所に行こうぜ。
なんで場所をわざわざ声に出すんだ。それも大声で。
……藤本。
おまえ、もしかして……。