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体育と収録日


 高二の四月の終わり頃に、確か体育でサッカーやったな、と思っていたら今日がその日だったらしい。


 体育教師から今日の授業内容について説明されると、運動部の連中はすげー喜んでいた。


 けど俺は結構憂鬱。

 サッカーっていうスポーツ自体は好きだけど、自分がするのは苦手だ。


 それに、今日って確かあの日だ……。


 俺が思いっきり空振りして勢い余ってこけて、大爆笑を不本意にも巻き起こしたあの日。

 超恥ずかしかった、苦い思い出となる日。


 しばらく藤本にその件でイジり倒されたのは言うまでもなく、見ていたクラスの女子にも運動音痴のレッテルを貼られてしまった。


 またアレが起きてしまうのかと思うと、テンションなんか上がるわけがない。


 体育教師が、二人一組になって最初に軽くパス練習をするという指示を出した。


 もうやる気ないし、仮病使ってサボろうかなー。

 俺がこっそり体育教師に伝家の宝刀「腹痛」を使おうとすると、体操服のジャージをぐいっと藤本が掴んだ。


「ウェイYOー、ウェイYOー。真田、何シケた面してんだ。どうせアレだろ、おまえ、二人一組になる相手がいねえんだろ?」


 MC藤本のラップ気取りのディスにちょっとイラってする。


「うっせえよ、どうせおまえもだろ」

「そう。その通り、けど、オレたちはツレ。仲間。同じ穴のムジナ、同じ釜の飯を食った仲、だからおまえは道連れ」


 だから、なんでラップなんだよ。

 日本語に訳すと、二人一組になる相手がいないからお願いします真田様。


 というふうに訳すことができる。


 仕方なく、俺は藤本に付き合ってやることにした。

 サッカーの試合になれば、端のほうに行って、なるべくゲームに関わらなければパスなんて回ってこないだろう。

 そうすれば、空振りすることもない。

 たぶん。


 あ、先生! と短距離走をするらしい女子たちが、楽しそうに声を上げる。


「こんにちはー。ちょっと、時間があったから見学に。みんな、頑張ってね」


 その先生の姿を見て、男子たちもザワついた。

 やってきたのは、柊木ちゃんだった。


 チラっと俺のほうを見て目が合うと、手を振った。


「頑張ってねーっ!」


 うげ。

 超期待の眼差し。キラッキラに瞳が輝いている。

 試合中、サボりにくい……。


 まだ遠くにいるせいか、誰を応援しているのかは、俺と柊木ちゃんにしかわらからないらしい。


 男子連中のやる気がぐんぐん上昇していった。


「ちょっとだけ、オレ、本気出すわ……」


 藤本がキメ顔で言っていた。それは他の男子も一緒だった。


「柊木ちゃん先生、今日も可愛いな」

「普段のおれは、通常の三〇分の一しか力を使ってないが……今日くらいはいいだろう」

「まあ、僕は一〇〇分の一しか普段使ってないけど、本当の力が何なのか、教えてあげよう」


 サボらないと、あの醜態を柊木ちゃんに晒すことになっちまう。

 だけどなぁ……どう考えても俺の体育を見学しにきたっぽいし……。


「柊木ちゃん先生、何か準備してるぞ……?」


 パス練習をはじめていた男子たちが足を止めて、柊木ちゃんをじいっと見ている。

 それに釣られて、俺も柊木ちゃんを探す。


「ええっと……ここが電源で……。あ、映った♡」


 スチャ、と柊木ちゃんは小型のハンディカメラを構えた。


 見学しにきたんじゃねえのかよ!

 運動会に来たお母さんかよ……。


 画面とこっちを見ながら、可愛く手を振っている柊木ちゃん。


 先生、カメラとかガチじゃーん、と女子たちが茶化すと、


「ううん。これね、みんなの卒業式とかで流したら懐かしーってなるでしょー? 感動しない?」


 あ。そういう卒業アルバム的な活動の一環だったのか。

 俺を見に来たのはついでで……。


 でも――。

 レンズとずっと目が合うのは何でなんですかねえええ!?


「軽くて使いやすいかも、このキャメラ」


 キャメラ!? 業界の方!?


「あれ。録画ができない……真田くーん? キャメラ詳しいよねー? わかるー?」


 キャメラにもカメラにも詳しくねえよ。

 女神の呼び出しがかかったので、俺は柊木ちゃんのところまで行く。


「来ちゃった♡」


 周囲に聞かれないように、ボソボソと話す。


「何してんの。こんなもんまで用意して」

「二年A・B組が体育何してるのか先生に訊いて用意してました♪」

「今日を収録日にする気満々だったのかよ……」

「誠治君のカッコいいところをおさめておこうと思って」

「言っておくけど、サッカーじゃ、俺いいところなしだよ? 期待を裏切るようで悪いけど」


「誠治君のどこがカッコいいかは、あたしが決めるからいいの」


 励ましてくれているのか、それとも本気でそう思っているのか、それはよくわからん。

 けど、どうにか頑張ってみようと思った。


 ハンディカメラの操作はそれほど難しくなかったので、柊木ちゃんに教えて俺は藤本のところに戻った。


「真田。なんか柊木ちゃんと仲いいよな?」


 ギク。


「携帯没収された日くらいから、ずっとあんな雰囲気じゃね?」


 ギク。


「そ、そうか? ま、世界史でわかんねーところは、たまに教えてもらいにいってるから。それで色々と頼みやすいんじゃない?」

「ああ、なるほどな」


 思い返せば、好感が持てる先生や授業が面白い先生の科目は、自然と真面目に授業を受けたような気がする。


 そうこうしているうちに、チーム分けがされ、サッカー部や元サッカー部、その他の経験者は均等に分けられた。


 ちなみに、藤本はむこうのチーム。


「抜け駆けをしそうな、貴様は、ここで潰さなくてはならんらしいな?」


 しそうな、っていうかもうしてる。

 ギリギリのラインまでオーバーラップしてる。


「まあ潰しても構わんけど、そうなれば今後俺は、体育を見学することになる。そうなればおまえは、二人一組に怯えて体育を待つことになるだろう」

「ごめん、さっきの嘘」


 オレたち友達だろ? と、爽やかな笑顔で、潰すとかさっき口にした藤本は自分のポジションに戻っていき、試合がはじまった。


 俺は当初のプラン通り、モブに徹することにした。

 ただ、柊木キャメラが常に俺を追っている。


「頑張れ、頑張れ♪」


 柊木ちゃんが俺を応援している。


 誰のことか名前を出さないからか、藤本をはじめ、勘違いした男子は全員キメ顔でサッカーをしている。


 俺だっていいところを見せたいけど、それとあの事件を回避することは、まったくの正反対。


 こっちのチームが押しはじめたので、俺も前線にむかいモブ能力を駆使し、ボールと関係なさそうな場所でそれっぽいことをする。


 すると、こぼれ球が俺のほうへ転がってきた。

 スルーは明らかに不自然。


 もうやるしかない――――!


 蹴る、と決めた瞬間、デジャブのように以前の記憶がフラッシュバックした。


 あ。これだ。あの事件はこの次の瞬間に起きる――。


 そのとき、興奮気味な柊木ちゃんの声が聞こえた。


「左手は添えるだけだよぉーっ!」


「「「「それバスケや!!」」」」


 グラウンドにいた全員がツッコんだ。

 もちろん俺も心の中でツッコミを入れた。


 柊木ちゃんの天然ボケに気を取られたせいか、蹴りだしていた足は、ボールを捉えていた。

 注意が柊木ちゃんにいったおかげで、結構な力で蹴っていたらしいボールは、ゴールに入った。


「わぁあ! すごーい! 真田君、入った! ゴール!」


 撮ることなんてそっちのけになった柊木ちゃん小さくジャンプしていた。


「リングにシュートが入ったよ!」

「だからそれバスケだから!」


 トラックを走っていた女子たちも見ていたらしく、昔感じた「うっわー……」な目線とは明らかに違う種類の目線だった。


 いや、どうもどうも。ははは……。


 ぼんやりしていると、いつの間にか藤本がボールを足元に収めていた。

 殺人鬼みたいな、サイコ感あふれる目つきをしている。


「真田ァ……貴様を闇へ葬り、オレも死ぬゥ……! ドライブシュゥウウウウウトッ!!」


 藤本がシュートを打つと、俺の顔面にボールが直撃。


 気づけば、俺は空を見上げていた。

 そこに、サイコ藤本が顔をのぞかせる。


「オレたちはダチだ。一緒にこれからもモブモブしようぜ? なァ、真田ァ……」


 それが、この授業最後の記憶となった。

 気を失っていたらしく、ふと目が覚めると、柊木ちゃんが至近距離で俺を見つめていた。


「あ、起きた」

「あれ。保健室?」


 の、ベッドの上だった。

 柊木ちゃんの顔が上下逆さまに見える。膝枕をされていた。


 ボールが直撃し保健室に連れてこられたようで、今は次の授業がはじまっている時間だった。


「誠治君、カッコよかったよ♪」

「いや、あれは……たまたまで」

「いいの、たまたまで。十分だよ」


 頭をなでなで、とされる。もう、ニッコニコ。柊木ちゃんは嬉しそうだった。


「俺がどうとかっていうより、柊木ちゃんのおかげだと思うから」

「え? あたし? 応援がよかったのかな!」

「かもね」


 たぶん、柊木ちゃんが来なかったら俺は結局あの事件を繰り返したと思う。

 前回は柊木ちゃんはいなかったし、当然付き合うような関係でもなかった。


「あたしも鼻が高かったよ? 他の女子たちに。誠治君超カッコいいでしょって」

「それはちょっと、彼女バカが過ぎない?」

「そんなことないよ! あたし目線ではそうなんだから、それでいいの」


 柊木ちゃんは、がしっとおれの頬を両手で押さえて逃げられないようにする。


「ちょっと待て、ストップ。ここ保健し――んむ!?」

「ん……っ♡ カーテン引いてるから大丈夫。それに今誰もいないし」


 今度は簡単に離す気はなく、柊木ちゃんは俺に長いキスをした。

 外の足音に気づいた俺は、夢中になってる柊木ちゃんの肩を何度も叩く。


「保健室の先生帰ってきたって」

「え? あ、やばいかもっ」


 どたばた、と柊木ちゃんがベッドの下に隠れ、俺たちはどうにか難を逃れたのだった。


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