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ラブレター

ややビターなエピソードです。

「なんだこれ……?」


 登校すると、下駄箱に何か入っていた。


 猫が数匹書かれていて、縁は桜色で縁取られた可愛らしい封筒だった。


「?」


 封筒の口は、ネコのシールで封をされている。


「…………」


 こ、これは、まさか――!?


 ラブレターなるものではなかろうか!?


 だ、誰も見てないよな……?


 あたりを見回しても、俺のことを気にしている人はいない。


 大慌てで近くのトイレに駆け込み、個室に入って鍵を閉める。


 シールをはがして、封を切る。

 便箋も封筒とセットなのか、デフォルメされた可愛い猫が何匹もいた。


「そ、そんな、まさか、ねえ……」


 俺なんかにラブレター書いちゃう子がいるはずもないし……。


『真田君へ

突然のお手紙ごめんなさい。連絡先とかがわからなかったので。

一年のとき一緒のクラスで、真田君としゃべっていて楽しくて、見た目もタイプでした。

私のことは、もしかするとあまり覚えてないかもしれないけど、お話ししたいことがあるので、今日の放課後、校舎裏で待ってます。

来てもらえると、とてもうれしいです。  2E 浜名結衣』


 ――――ごっ、ゴリゴリのラブレター!?

 一〇〇人中一〇〇人がラブレターって判断できる、それくらいのザ・ラブレターだ!


 E組の浜名さん……?

 高一の記憶はほとんど薄れているけど、浜名さんのことは覚えている。


 確か吹奏楽部だったはず。

 誰とも隔てなく気さくにしゃべってくれるいい子で、笑窪が印象的な可愛らしい感じの女子だった。


 じいっと便箋を見ると、何度も消しゴムをかけた跡が見える。

 これで伝わるかどうか考えながら、何回も書き直したらしい。


 俺に女子の友達がいないから、俺のメアドや電話番号を他の女子に訊こうにも訊けなかったんだろう。


 生まれてはじめてこんなものをもらった。

 ど、どうしよう。普通に嬉しい……。


「うぁああああああああああああああ!? マジかあああああああああああああああああ」


 どんどん、と扉を叩いた。


 文章をもっかい読むと、一年のころから気になっていた的なことが書いてある。

 俺は浜名さんに好意を寄せられていたことになる。

 もちろん、前回の俺にこんな青春の代表格、ラブレターをもらう、なんてウルトラデラックスなイベントは起きなかった。


 羊が一匹でいても魅力的に思えないけど、狙っている狼が一匹いると魅力的に見える、みたいな感じか。


 てことは、柊木ちゃんと付き合ってから、よくわからんけど、フェロモン的なものを分泌しまくったってこと?


 そ、そんなことはどうでもいい。


 俺は、一途に想ってくれていた浜名さんをフらないといけない。


「……まじか……」


 フられることはあっても、他人をフるなんてことは一生ないものだと思っていた。


 二人を天秤にかければ、当たり前のことだけど、最強王者柊木ちゃんに秤は傾く。


 浮かれた気分が一瞬で冷めた。


 浜名さんには、誠意をもって返事をしよう。

 ごめんなさいって。


 泣かしてしまうかもしれないし、女子たちから浜名さんをフるなんてひどい、って陰口を叩かれるかもしれない。


「……真田君、元気ないよ? どうかした?」


 昼休憩、家庭科室に集まって四人で弁当を食べていると、柊木ちゃんが心配そうにのぞきこんだ。


「ううん……なんでもない」


 手紙のことを言えば、柊木ちゃんはきっと不安になるだろうし、心配もするだろう。


 午後の授業は、先生の説明が右から左に流れていき、頭にこれっぽっちも入ってこない。


 放課後が近づくにつれて、緊張してきた。けど、俺の緊張よりも浜名さんの緊張のほうが凄まじいだろう。


 俺が柊木ちゃんに告白したのは、現代にいつ戻るかわからないから、今のうちにっていう勢いもあったし、ダメ元でもあったから、恥ずかしかったし緊張した。

 けど、日時と場所が決まってるってなると、別のジワジワとした緊張感がある。


 手紙の準備をして、それを下駄箱に入れて、放課後を待つってすごい。


 今日最後のチャイムが鳴って、みんなが教室から出ていく。


 そろそろいいかな。


 上履きのまま校舎裏に行く。茶室がある校舎裏は相変わらず人けがなかった。


 茶室の軒下に浜名さんはいた。


 目が合うと、一気に心拍数が上がりはじめた。


 お、男の俺から何か言わないと。


「あの。手紙、ありがとう……嬉しかった」

「うん。急に、呼び出してごめんね……よ、予定があるんなら、早めに、切り上げるから」


 俺の記憶にある声よりもずいぶんと小声で、早口だった。

 口調の端々に緊張感が伝わってくる。


「ううん。別に、予定なんかないから気にしないで」


 話って何? って、見え透いた切り出し方をすべきか……。

 浜名さんが話しはじめるのを待つか……。


「た……体育祭、大活躍だったね。見てたよ」

「あ、ああ……うん、そんなに活躍はしてないけど……なんか、色々と大変だった」


 ははは、と乾いた笑い声を出して、目のやり場に困って目線を下げる。

 浜名さんがぎゅっと拳を握っているのがわかった。


「あ。あの――借り物競争……好きな人……柊木先生を連れていったでしょ? あれは――どういう……」

「ああ、あれは……先生を連れていけば、角が立たないかなって思って……俺もそうだけど、みんな柊木先生好きでしょ?」


 誰に訊かれても答えられるように、あらかじめ考えていた返答だった。

 実際、あのあとクラスの女子に似たようなことを訊かれた。


 冗談めかして言ったせいか、それとも別の何かのせいか、浜名さんの表情が少しゆるんだ。


「そうだね。……他に、好きな人って、いる?」


 なんでそんなことを訊くのか――なんて無粋なことは言わない。

 手紙をもらってなかったら、不思議に思って訊いてそうだけど。


「他には、いないよ」


 俺は、柊木ちゃんの他に、好きな人はいない。

 これは嘘じゃない。


「……あのね」


 どきん、と俺の心臓が跳ねる。

 浜名さんは言葉を切って、しばらく口をつぐんだ。


「あの……」

「うん」

「前から……一年のときから、ずっと、好きでした」


 スカートの裾をきゅっと握って、俺の目をまっすぐ見つめて浜名さんは言った。


「ありがとう」


 この告白が、一年のときなら、俺はあっさり手のひらを返して浜名さんと付き合ったかもしれない。


 だって、先生とは普通付き合えないから。

 あり得ない相手だから。

 そんなの誰だって知ってる常識。


 想いが淡かろうが一途だろうが、叶う可能性は限りなくゼロなんだから。


 目の前に俺のことを好きな女子がいて、その人は、俺もたぶん好きになれそうな女子で……だから断る理由もなくて――藤本あたりに嫉まれながら普通の高校生カップルになっていたと思う。


 でもそれは、ありがちで叶いそうだけど、あくまでもif。

 今は、どういう巡り合わせかはわからないけど、叶わないはずのifが叶っている。


 ありがとう、のお礼の次を待つ浜名さんに俺は言った。


「でも、ごめん。気持ちはすごく嬉しいけど、俺は応えられない……」


 息が詰まるような沈黙のあと、浜名さんが口を開いた。


「そう……そっか……。理由、訊いてもいい……? 恋愛に、あまり興味がない、とか……?」


 今にも泣きだしそうなのに、それでもまっすぐ浜名さんは尋ねてくる。


 好きな人がいるから、と言ってこの場はやり過ごそう。


 と思って、やめた。


 たぶん、そうすれば納得はしてくれるだろうけど、はじめてラブレターをくれて、緊張しながら勇気を振り絞って告白してきてくれた女子に、曖昧に濁して逃げるのが、俺の誠意なのかと思った。


「……ごめん。さっきは『みんな柊木先生好きでしょ?』って言ってボカしたけど……本気なんだ。俺、真剣に好きなんだ。柊木先生のこと」


 あくまでも、俺だけが一方的に好き、というニュアンスは残した。


「……うん……そうかもって思ったよ……修学旅行のとき……すごく、楽しそうだったから」


 頑張ってね、と涙声で言って、浜名さんは走り去ってしまった。


 はぁ……、とため息をついてその場に腰を下ろした。


 これでよかった。けど、やっぱり胸が痛い。


 柊木ちゃんのことは伏せて、彼女がいるって公表すれば、こんなことにならないんだろうか。


「……真田君」

「ああ……先生」


 もしかすると、一部始終を見ていたのかもしれない。

 いつもなら、俺が好きだなんだと言うと、全力で喜ぶ柊木ちゃんだけど、ちょっとだけ複雑そうな顔をしている。


 柊木ちゃんも隣に座った。


「浜名さんから告白された?」

「うん。断ったけど」

「そっか……。先週、訊かれたの。浜名さんに。真田君のこと、好きなんですか? って。恋する乙女の覚悟がなせる業だよね」


 柊木ちゃんが一人になったところに、浜名さんがそう話しかけたそうだ。

 そのときに浜名さんは、俺のことが好きだと打ち明けて、柊木ちゃんに宣戦布告をしたらしい。


「なんて答えたの?」

「好きだよ~? って、軽い口調で返したよ。だから嘘はついてない。浜名さんがそれをどう捉えるかはわからないけど」

「俺が、先生のこと好きだって、なんとなくわかってたみたい」

「好きな人のことは、自然と目で追うし、詳しくなっちゃうんだよね。それで、たぶんあたしがどう思ってるか知りたかったんだと思うよ」


 だから、柊木ちゃんは俺がいつか告白されるだろう、というのはわかっていたそうだ。


「学校で付き合うってこういうことなんだよね……誠治君のことが好きなあたし以外の女の子を全員泣かすってこと」

「全員って、そんな大げさな。もう今後はこんなことないよ」

「そうかな? あたしは、少なくとも一人心当たりがあるけど」


 誰だよ、それ。


「……実は、ちょっとだけ心配だった」

「二股するかもって?」

「あたしから若いほうに乗り換えるかもって」

「若いほうって……」


 俺は苦笑する。


「俺が好きなのは、春香さんだけだよ」


 柊木ちゃんが、俺に手を重ねる。


「ありがとう。あたしもだよ」


 その日の夕飯、柊木ちゃんにお呼ばれをした。

 俺たち二人の言葉数は少なかった。

 けどその分、キスの回数と長さだけは増えた。


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