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内緒のお出かけ


 最近、週末はどこにも行かず、柊木ちゃんちで過ごすことが多くなってしまった。

 俺たちは秘密の関係だから、あまり大っぴらに外では遊べない。


 けど、ぶっちゃけどう思ってるんだろう。

 柊木ちゃんのことだから、訊いたところで別にこのままでいいって言いそうだけど。


「最近、家でのんびり過ごすことが増えたでしょ?」

「うん、それがどうかした?」


 むかいで紅茶のカップを傾けると、不思議そうに上目遣いをした柊木ちゃん。


「いや……退屈じゃないかなって思って」

「あたしは好きだよ? こういうまったりした時間。最初は、いろんなところに行って遊びたいって言ったけど、慣れてくると、これはこれでありだなーって」


 ずいぶんと大人なことを言いだした。

 行きたいところがあれば、口にするだろうから、とくに不満はないようだ。


「来週の日曜日、久しぶりにどこか遠出しない?」

「来週……? あ。ごめん。その日はちょっと……」

「あ、なんか予定あった?」

「うん……まあね……ちょっとだけ……」


「予定って、何?」

「えー? 別に、そんな大したことじゃないよ?」


 きょろ、きょろ、と目を泳がせながら柊木ちゃんは言った。


 俺がこうしよう、ああしようって言うと、一〇〇%オッケーって言った柊木ちゃんが断るのは珍しい。

 というか、断られることを想定してなかったせいで、若干ショックだった。


「そ、そっか……」

「ご、ごめんね!」


 手を合わせて謝る柊木ちゃんは、結局予定が何なのか教えてくれなかった。


 もしかして、俺、愛想尽かされてるんじゃ……?


 もうちょっとで付き合いはじめて半年。

 カップル間でよく起こる、倦怠期というやつでは――――!?


 遊びすぎて、俺との時間は飽きちゃったとかじゃあ……?


 柊木ちゃんも柊木ちゃんで、大したことない予定なら、教えてくれてもいいのに、と思う。


 ……あれ? 言いたくないから、大したことないっていうのはただの方便?


 また訊いても、「ちょっとね……」としか教えてくれない。


 浮気……? いや、俺の柊木ちゃんに限ってそんなことは……。


 不安すぎたので、俺は夏海ちゃんに電話してそのことを相談した。


『春ちゃんが浮気~? ないない、そんなわけないでしょ』

「いや、だって、訊いても全然教えてくれないし」

『空き巣君には秘密にしておきたい何かがあるってことは確かみたいだね』


「それが、浮気とかそれに準ずる何かじゃないかと、俺は疑ってるんだけど……だって、後ろめたいことがないんだったら、包み隠さず教えられるでしょ」

『一理ある。でも、そんなに心配ならさ、こっそりついて行けば? 春ちゃんが空き巣君と同じ立場だったら絶対そうしてるよ? ストーカーだからね』


 ししし、と夏海ちゃんは何かを思い出したように笑う。


『今思ってることを春ちゃんに言ってあげなよ。たぶん泣いて喜ぶと思うよ?』

「そうかな……」


『春ちゃんが空き巣君にキュンってする気持ちは……その、ウチもちょっとわかるっていうか……普段達観しているように見えるから、そういうこと弱い部分を見せられると、ギャップがね、ちょっと……ズルいなって……』


 最後のほうは、もぞもぞと小声で言った。


 ギャップ萌えってことらしい。それ自体の理解はできるけど、俺がそうなのかというと首をひねらざるを得ない。


「夏海ちゃんも、先生と一緒でそういうギャップ好きなんだ?」

『う、ウチのことはいいじゃんっ。……ともかく、その件以外は普通なんでしょ? 大丈夫だよ、きっと』


 大丈夫って言われても、やっぱりもやっとした不安は残った。


 日曜日、俺は朝早くから柊木ちゃんちが見える場所で張り込みをすることにした。


 一時間ほど監視したけど、誰の出入りもない。車は駐車場にあるから出かけてはいないと思うんだけど。


「はろー」


 ぽん、と後ろから肩を叩かれた。


「うわ、びっくりした」


 夏海ちゃんの登場であった。夏海ちゃんをここまで送ってきたらしい高級車が、静かに道路を走り去っていった。


「何か動きあった?」

「全然」


 昨日バイト中に、俺が張り込みをすることを教えたので、気になって来たようだ。


「空き巣君、アンパンと牛乳買ってきて」

「嫌だよ。欲しいなら自分で買ってこいよ」

「雰囲気出ないじゃん!」

「知らねえよ。――あ、出てきた」


 俺とデートするときほどのオシャレではないにせよ、動きやすそうな少しラフな格好で、頭にはキャップを被っていた。


「どこ行く気なんだろう、春ちゃん」


 フンフフ~ン、と上機嫌に車のキーを指にかけてくるくる回しながら、車に乗り込んだ。


「やばい。遠出する気だ」


 俺は自転車のハンドルを掴んだ。


「え、自転車で追いかける気!?」

「仕方ねえだろ」

「待って待って。ウチが呼ぶから」


 呼ぶ?

 携帯を取り出した夏海ちゃんがどこかに電話をした。


「……もしもし。わたくしです。一台回していただけますか? はい、お姉さまの下宿先の……ええ、はい。至急、お願いいたします」


 貞淑なお嬢様にキャラを変えた夏海ちゃん。


「何、そんなジロジロ見て」

「本当にお嬢様なんだなって思って」

「この口調、堅苦しいからウチは好きじゃないんだよね。けど、この口調だとみんながウチを不良扱いするんだよ」


 お嬢様はお嬢様でご苦労があるらしい。


 ぶううん、と柊木ちゃんの愛車が出ていくのと入れ替わりに、夏海ちゃんが召喚した黒塗りの高級車がやってきて、俺たちは乗り込んだ。


「お姉さまのお車を追って」


 夏海ちゃんが前を走る柊木ちゃんの車を指差した。

 口調や抑揚の付け方が、お嬢様のそれでしかない。


「何?」

「いや、こういうのもギャップっていうのかな。すげー新鮮」

「ば、バカっ……」


 夏海お嬢様に肩にグーパンされた。


 俺の知らない男に会いに行くんじゃなかろうか、と不安になっていると、柊木ちゃんの車がコインパーキングに入り駐車をした。

 るんるんな様子で車を降りて、どこかへ歩いていく。


 俺たちも車を降りて、あとを追った。


 駅前にほど近い割とにぎやかな場所。

 他の男と合ってお茶したりするには、適切な場所のような気がする……。


「どこ行くんだろう」

「賭ける? ウチは男のところじゃないと思う。空き巣君にも内緒にしたいってことだから……趣味に関係することかな」


「賭け事だなんて、夏海お嬢様、はしたないですよ?」

「う、うっさい、バカっ……お嬢様言うな」


 からかうと、またしても夏海お嬢様は俺の肩にグーパンした。


「ちょ、お嬢様、痛いって」

「空き巣君がお嬢様イジりするからでしょーが」


 じゃれ合っていると、柊木ちゃんが雑居ビルの中に入っていくのが見えた。


 この中のどれかに用事があるのか……?


 テナントを見てみると、一階はコンビニで、二階から上は何かの事務所やネットカフェ、統一性のないラインナップだった。


『マッサージ堂本舗』――ややピンクの看板が目に留まると夏海ちゃんもそれが気になったようだった。


「マッサージ……? ……四〇分一万円って、高くない?」


 たぶん、夏海ちゃんが知っているマッサージじゃない……。


「夏海ちゃん、普通のやつじゃなくて……」

「え、普通じゃないって何?」


 なんでこういうところは察しが悪いんだよ。


「ピンク色で安っぽいデザインの看板――エッチなマッサージする店だよ」

「えっちな……、ぅええええええええ!?」


 顔を赤らめる夏海ちゃん。口をぱくぱくしながら、上を指差した。


「エレベーター、その階で止まったよ……?」

「えええええええええええええええええええええええ!?」


 柊木ちゃん以降やってきた人は俺たち以外いない……。

 ってことは……どういうことだ?


 男の人が入るマッサージ店に、柊木ちゃんが出入りするってことは、こっそり、バイトしてる……?


 ショックが大きすぎて、俺と夏海ちゃんは唖然とするほかなかった。


 目の前を、目深にキャップを被った人が小走りで通り過ぎていく。

 ボタンを押して、エレベーター待ちをしていた。


「あれ、春ちゃん?」


 その人は、びくん、と肩をすくませた。


「あ、いえ、柊木春香ではないです」


 相変わらず、嘘が下手だった。


「春香さん、どこ行くの?」

「はぁ~。バレちゃった……。このビルの七階に、用があったの」


 七階? 『ビューティサロン』とあった。


「「なぁんだ……」」


 俺と夏海ちゃんはその場に座り込んだ。

 よく見れば、柊木ちゃんは手にコンビニの袋を持っていた。

 マッサージ店にむかった人は柊木ちゃんじゃなかったらしい。


「なかなか予約が取れないって噂のエステのお店で、ようやく予約できたの」

「それならそうと、言ってくれればよかったのに……」

「『あれ、春香さん、綺麗になった?』って、誠治君に思われたくて、それで、黙ってたの」


「ほら。大丈夫だって言ったじゃん」と夏海ちゃんにつつかれた。


 きょとんとしている柊木ちゃんに、夏海ちゃんが説明をした。


「空き巣君がね、春ちゃんが男と会うんじゃないかってすっごい心配してたから」

「へぇ~? そうなんだ? 心配だった?」


 嬉しそうに柊木ちゃんが俺をのぞいてくる。


「そうだよ、心配したよ……ちょっとだけ」

「うふふ。予約の時間あるから、またあとでね」


 微笑しながらそう言って、エレベーターに乗り込んだ。

 俺と夏海ちゃんは目的を果たしたので解散。


 柊木ちゃんちに戻ってしばらくすると、主が帰ってきた。


「ただいま。どう? エステ帰りの春香さんは?」

「……うん、肌が艶やかになったような気がする。綺麗だよ」

「誠治君にこう言われたいがために、エステ行ったんだから」


 ぎゅっと柊木ちゃんが俺を抱きしめた。

 俺のために綺麗になったって言われると、悪い気はしない。


「よかった」


 俺の胸の中で小声で快哉をつぶやいて、とびっきりの笑顔を見せてくれたのだった。

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