体育祭3
体育祭実行委員をやっているから、俺が出場するパン食い競争っていうのが何なのか詳しく知っている。
正確に言えば、パン食いもするよって感じの障害物競争だ。
最初の関門は、マシュマロ探し。小麦粉が敷かれたバットの中に顔を突っ込んで、一個食べる。
その次は、牛乳の早飲み。
で、ようやく最後にぶら下がったパンをくわえる例のやつだ。
リレーとかガチな競技に比べて、注目度も低いし気楽な競技だった。
レース中はところどころ笑いも起きていたりして、和気あいあいとした雰囲気だ。
そしてようやく俺の組に順番が回る。
実況はさっきからずっと藤本だった。割とマジメにやってるなー、なんて思っていたら、コース上に謎の影がサササと現れ、ザザザザ、と去っていった。
ていうか、柊木ちゃんだった。
また何か細工したな?
藤本に軽く耳打ちしている。距離が近いぞ、距離が。藤本が鼻の下伸ばしてるから。
位置につくと、ピストルが鳴らされた。
俺含め四人が走り出し、最初の関門、マシュマロ探しにやってくる。
『各一線のスタートを切りました。誰が最初にこの関門をクリアーするのか――!』
バットに顔を突っ込む。その瞬間、横にメモが置いてあるのが見えた。
『小麦粉は、いっぱいつけてね!』
差出人は、柊木ちゃんだろうけど、どういうことだ?
マシュマロをくわえてそれでおしまいなのに。
小麦粉で顔が白くなるのもやむなし。
マシュマロを探していると、ようやくみつけた。
ぐにゅ、ってしてて、なんだかずいぶん肉感が……。
「は?」
くわえたそれを、思わず手の上に置いた。
「な、なんじゃこれぇええええええええええええええ!?」
小麦粉が丁寧にまぶしてある鶏肉だった。たぶんもも肉。
『本日のスペシャルコォォォォォォゥゥス! 外枠第四コースのみ、他のコースと別の物が用意されております!』
カサカサ、と手元のメモを藤本が読み上げる。
『第一関門で見つけた鶏肉をくわえたまま、第二関門へ進んでください!』
普通にマシュマロでよかったんですけど。
「やーっ! せい……顔白いっ! 小麦粉だらけ。可愛いーーーーっ」
名前を出そうとしてギリギリ踏みとどまったらしい。
ハンディを手にした柊木ちゃんが近くで飛び跳ねている。
くそ。さっさと終わらせてやる……!
やや遅れを取った俺は謎の鶏肉をくわえたまま、第二関門へ急ぐ。
長いテーブルの上に用意されていたのは、コース内側から、牛乳、牛乳、牛乳、カセットコンロ上にある熱々の油。
外枠第四コース、明らかにおかしいんですけど!!
家で母さんが揚げ物作るときに見かけるセットが置いてあるんですけど!
『さあ、外枠第四コース――真田選手は、くわえた鶏肉を熱々のサラダ油の中に入れてくださいっ!』
……まさかとは思うけど、これって……。
くわえてきた鶏もも肉をイン。
ぱちぱち、といい音を立てはじめた。
美味しそう……。
他の三人はまだ牛乳をストローで飲んでいるところだ。
「よし、俺はこれだけでいいんだな!?」
『真田選手は、そのままきつね色に仕上がるまでその場でお待ちください!』
「おかしくない!? もうこれ、競争じゃなくない!? 俺だけスペシャルすぎんだろ!」
『え~、手元の資料によりますと、目だけに頼らず、温度計を使って中心温度が六五度を目安にすれば美味しい唐揚げに――』
だと思ったわ!
「パン食い競争中に何作らせてんだ!」
ちゃんと温度計も菜箸も皿も用意されてるし!!
みんなが牛乳を飲み終えて走り出すのに、俺だけ、こんがり揚がる鶏肉を見つめていた。
ええっと、温度計で……六五度……、あ、まだ低い。
ぱちぱち……。
「………………」
場内がざわつきはじめた。
たぶん、説明をよく聞いてなかった人たちだ。
「「「「パ、パン食い競争中に唐揚げ揚げとるぅううう!?」」」」
俺だって、揚げたくて揚げてるわけじゃねえんだよ!
くそう……。あ、やった。六五度になった。
『え~、真田選手は、その熱々の唐揚げを持って、第三関門にお進みください』
「もうパン食い競争関係なくね!?」
『クレームはやめてください、真田選手』
なんなんだよ、もう……。
皿に唐揚げをのせて、落とさないように走る。
他の三人は、袋ごと吊るされたアンパン目がけてジャンプをしている最中だった。
「あのー、アンパン三つしかないんですけどー?」
不満たらたらに俺は放送席を振り返る。
『誰がアンパンだけがパンだと言ったぁあ――――! 脇をご覧くださいぃいいいいいい』
言われて俺は、アンパンを吊るしてある隣を見る。
教室でよく見かける机の上に、コッペパンとスプーンの入った容器が置いてあった。
『真田選手は、唐揚げとコッペパンをコラボさせてください!』
さっぱりわからん。
ともかく、椅子に座って、コッペパンを見ると、切れ目が入れてあった。
「そぉおおおおおおおいうことかぁああああああ!」
熱々の唐揚げを切れ目に突っ込んだ。
コッペパンに唐揚げ……けど、これだけじゃ『美味しい唐揚げパン』とは言えない。
「くそ――! これだけじゃ、コッペパン一個丸ごとは食えねぇ……!」
『え~、手元の資料によりますと、今日はタルタルソースだよ♪ とのことです』
スプーンが突っ込んである容器をのぞくと、まさしくタルタルソースが置いてあった。
「これなら、いける――――!」
タルタルソースを全部切れ目に入れた。
よし、これで。
『か、か――――唐揚げパンの、出来上がりだぁあああああああああああ!』
なんでおまえが一番テンション上がってんだ。
「いっえーいっ☆」
テンションアゲアゲな柊木ちゃんが拳を作ってジャンプした。
パン食い競争って、食うパンを作る競争じゃないからな!!
可愛いから許すけど。
場内が、またしてもざわついた。
「「「「パン食い競争中に自分で食うパン作ってるぅうううううう!?」」」」
柊木ちゃんが作ってくれたタルタルソースのおかげで、コッペパンがどんどん進む。
『真田選手は、唐揚げパンを食べながら、転校初日のヒロインの気分になって――! 曲がり角でぶつかった男子にパンツを見られそうになった気分を予想しながら――! ゴールを目指してください!』
言われた通りゴールテープを切る。
主人公のクラスに転校するヒロインの気分を考えながら。
もちろん、順位は最下位だった。
「真田君、パンどうだった?」
柊木ちゃんが、るんるんな様子で近寄ってきた。
「タルタルソース、最強。美味しかった」
「やっぱりー? 自信あったんだ♪」
「変な細工しないでほしかったんだけど」
「だって、市販のアンパンよりも熱々できたてのパンのほうが美味しいでしょ? 食べてもらうんなら、こっちのほうが絶対いいなって思って♡」
ここまで準備するとは恐れ入った。
「先生、もしかすると尽くすタイプかも?」
「もしかしなくても、そうでしょうね」
こうして、俺の高二の体育祭(二回目)は、見せ場はないけど幸せなまま幕を閉じた。