体育祭2
プログラムはつつがなく進行していき、紅組と白組の応援合戦の時間となった。
俺たち実行委員が準備をしなくてもいいプログラムなので、座って眺めていると、学ラン姿の奏多が、長い紅組のハチマキを巻いて出てくると、十数人の男子が紅組男子があとに続いた。
奏多、学ラン似合わねぇええ……。
あれ、あの恰好をしてるってことは……?
どどん、と太鼓が鳴って、奏多がそれらしき動きをする。
「……ふれー、…………ふれー、…………あ、か、ぐ、み……」
声ちっちゃ!
やらされている感がすごい!
放送部、マイク貸してあげて!
適材不適所すぎんだろ。誰だよ、やらせてるやつ。
てか、奏多……。断る勇気!
人には、向き不向きってあるからね?
無事(?)に応援合戦が終わり、昼食の時間となった。
「空き巣君、ご飯どうするのー?」
観覧席近くを通り過ぎようとすると、夏海ちゃんが尋ねてきた。
「昼飯は、紗菜と一緒に食べるけど?」
「春ちゃんがお弁当作ってきてくれたんだよ。一緒にどうー? てかこれ、量的にも空き巣君の分も絶対にあるよ……」
ずいっと夏海ちゃんが包みを持ち上げた。
四段くらいの重箱で、相当気合を入れて作ったらしい。
あっちの木陰で待ってるから、と俺の返事も聞かずに夏海ちゃんは行ってしまった。
返事は決まっているので、俺も紗菜を見つけて一緒に木陰へむかう。
奏多は「……親が私の晴れ舞台を見にきているから、一緒に食べる」とのことで、別行動。
晴れ舞台って、アレでいいのか……? 相変わらず、奏多は謎だ。
見覚えのあるレジャーシートを夏海ちゃんが敷いていた。
「おつー」
と、紙コップに入れられたお茶を受け取る。
「うん、ありがとう」
「……」
紗菜が、さっきから全然口を利かない。
「紗菜ちゃん、何、どしたの? 怒ってる?」
「別に……怒ってないわよ……」
ししし、と笑った夏海ちゃんは、わざとらしく「わかったー!」と声を上げた。
「紗菜ちゃん、お兄ちゃんの『好きな人』に選ばれなかったから、拗ねてるんでしょー?」
「ち、違うからぁっ。なんでそんなことでサナが拗ねないといけないの?」
ぷい、と顔をそむけると、ちょうど渦中の柊木ちゃんがやってきた。
「はぁ~、疲れた……体育祭の役員なんてやるもんじゃないよ……もぅ……」
へとへとの柊木ちゃんはぐいっとお茶を呷った。
「先生、お疲れ様」
「うん、ありがとう」
柊木ちゃんも紗菜の不機嫌に気づいた。
「紗菜ちゃん、どうかした?」
「……」
相変わらず、俺の妹様はむすっとしてらっしゃる。
「空き巣君の『好きな人』に、自分じゃなくて春ちゃんが選ばれたのが納得いかないみたいだよ?」
「そ、そんなこと、サナ言ってないわよ!」
「わかりやすいなー、もう……」
苦笑する夏海ちゃんと口をへの字に曲げている紗菜の脇で、俺は柊木ちゃんに、あれこれよそってもらった取り皿をもらい、ぱくぱくと弁当を食べはじめた。
「どう、真田君?」
「うん。冷めてても美味しい」
「よかった♡」
あははは、うふふふ、といつもの雰囲気でいると、ついに紗菜がキレた。
「兄さんが鼻の下伸ばしてるのが、サナは気に食わないのぉおおおおおおお!」
紙コップをすぽっと抜いて、次々に俺に投げつけてきた。
すぽっ。ぴゅん。
「いた!?」
「何よ、まんざらでもなさそうな顔しちゃってっ!」
すぽっ。ぴゅん。
すぽっ。ぴゅん。
「わ。こら、やめろ、バカ」
「何よ何よ、さっきのやりとり。『美味しい』『よかった♡』って! ニヤニヤしながらカップルみたいなやりとりしないでっっっ」
すぽ、すぽ、すぽ。ぴゅんぴゅんぴゅん!
「いででででで」
カップルだからしゃーないだろ。
柊木姉妹もたぶん同じことを思っただろう。
「あ、いいこと考えた!」
はいはい、と夏海ちゃんが挙手をする。
絶対『いいこと』ではないだろうな……。
「納得いかない紗菜ちゃんVS『たまたま』選ばれた春ちゃん。一般参加オーケーの障害物競争で、勝負したらいいんだよ」
「おいおいおい、煽るなって……」
「やってあげるわよ!!」
わー、さっそく食いついた。煽り耐性ゼロだな、こいつ。
「えー。あたし、役員で忙しいんだけど……」
「先生、逃げるの?」
紗菜は戦闘モードで、柊木ちゃんは困り顔。
教師としてお仕事があるんだから、結局、流れるだろうな、この勝負。
俺が胸を撫で下ろした瞬間だった。
「勝者は、空き巣君に何でもひとつだけ、言うことを聞いてもらう! これでどうっ!?」
「やるっっっ! 柊木春香の、四年に一度の本気を出すときが来たみたい……!」
柊木ちゃんの本気が見られるのは、オリンピックと同じ周期らしい。
「兄さんに言うことを聞かせるとか、そういうのはどうでもいいんだけどね。どうでも。……とにかく、サナは全力で先生を倒す……!」
ガルルルル、と紗菜は唸って柊木ちゃんと火花を散らしている。
柊木ちゃんも本気のようだ。
「紗菜ちゃん、真田君は、無難な選択をしただけなんだから、それを怒るのはお角違いだと思うよ? むしろ、妹を選んだほうが変だと思う。シスコン、きもっ、て他の人たちから思われたかもしれないんだよ?」
「シスコンでキモイのは本当のことなんだからいいでしょ」
「おい、妹。嘘で大げさで紛らわしいとジ○ロに訴えるぞ」
ぷふふ、と夏海ちゃんはめちゃくちゃ笑ってる。
「超楽しみ」
煽るだけ煽って、この人は……。本当にイイ性格をしている。
『まもなく、障害物競争をはじめます。参加希望者はスタート地点にお集まりください』
アナウンスを聞いた紗菜と柊木ちゃんは立ち上がってスタート地点にむかってしまった。
「楽しむのはいいけど、俺を巻き込むなよ」
「いーじゃん。紗菜ちゃんが勝っても、あの性格だから意地張って大胆なことは言わないだろうし」
「先生が勝ったら?」
「夜眠れないかも……」
おいおい。
障害物競争は、昼休みの余興のようなもので、二〇人ほどが参加をしていた。
どんどんレースが消化されていき、柊木ちゃんたちの出番になった。
「どっちを応援するの?」
「運動神経は、紗菜のほうがいいだろうから、先生」
「春ちゃん、からっきしだからねぇ」
パン、とピストルが鳴らされスタート。
最初の直線で一気に紗菜が抜け出した。
「絶対に、負けない……ッ!」
「あたしも、負けないんだから……!」
腕を懸命に振って走る柊木ちゃん。
どんどん紗菜や他の人たちと距離があいていった。
「遅っ!」
歴史に名を刻めるレベルの走力だった。
網の中をくぐったり、平均台の上を歩いたり、ぐるぐるバットで回ったり、数々の障害をクリアしていく紗菜。
遊びの競技にアスリートが来ちゃったくらいの温度差だった。
柊木ちゃんはというと、ぐるぐるバットゾーンで目を回してぶっ倒れていた。
「きゅぅぅ~……誠治君……」
「ぷふ、ふふ……春ちゃん、超ウケる……」
夏海ちゃんは、ぺしぺしと地面を叩いて笑っていた。
姉と妹でなんでこうも性格違うんだろう。
柊木ちゃんは相手と挑んだ競技が悪かった。
紗菜はぶっちぎりの一位でゴールして、本気のガッツポーズをしていた。
「サナたん、カッコいいー!」
「今日もサナたん、細ぉーい、脚綺麗っ」
「さすがサナたん!」
クラスの女子たちに声をかけられるにつれて、どんどん紗菜が小さくなっていった。
サナたんって呼ばれてるらしい。
「は、恥ずかしいから、サナたんって呼ばないで……っ」
「キレカワのサナたん!」
「うるさーいっ」
「いいよ、ツンデレのキレ具合、今日もいいよ!」
「だ、誰がツンデレよーっ!」
照れ隠しに怒ってみせると、紗菜がこっちに戻ってきた。
柊木ちゃんは、ふらふらになりながらもどうにかゴール。
「やっぱり紗菜が勝ったか」
「運動は得意だから。けど、先生はちょっとヒドいかも……」
「紗菜ちゃん、どうするの? お願い一個だけ聞いてくれるんだよ?」
てか、俺はお願いを聞くことは全然了承してないのに。
うーん、と考えて紗菜がくすっと笑った。
「考えておく。……兄さん、覚悟しておいてね?」
何させる気だ、こいつ。
ぜいぜい、と息を切らせた柊木ちゃんもどうにか帰還。
「紗菜ちゃん、早すぎ……」
「先生は遅すぎ」
「あたし、運動は苦手だから……」
大きく息をついて、柊木ちゃんが座り込んだ。
「じゃ、どうして受けたの?」
「うーんとね、紗菜ちゃんと仲良くしたいから」
にこっと微笑する柊木ちゃん。
紗菜が目をそらした。
「サナだって、別に、嫌いじゃないから、仲良くしてもいいけど……」
「ありがと。ぎゅうー」
柊木ちゃんが紗菜に抱きついた。
「や、ちょっと、何!? やめてってば」
「やだ、やめない」
「もう……しょ、しょうがないわね……」
楽しそうな二人を見て、夏海ちゃんがぼそっと言った。
「春ちゃん、無敵でしょ?」
「うん。敵わねえ」
勝負には負けたけど、大勝利した柊木ちゃんなのだった。




