体育祭1
体育祭当日を迎え、いつもは殺風景なグラウンドが、今日に限り大賑わいだった。
休日に開催しているし、近隣住民にとってはちょっとしたお祭り感覚で見に来る人も多い。
七面倒な開会宣言だの校長からのありがたいお言葉だの、儀式めいたプログラムが終わり、いよいよ競技がはじまる。
「おーい、空き巣君!」
ぶんぶん、と一般の観覧席で、手を振る少女がいた。
夏海ちゃんだった。
「受験生、こんなところで油売ってていいの?」
「いいの、いいの。ウチ、推薦で進学するから。ま、ともかく、今日は頑張ってね!」
にしし、と夏海ちゃんは白い歯を見せる。
笑う気で来てるな、この子……。
「兄さん? 誰か知り合いが来てるの?」
体操服姿で赤のハチマキを巻いた紗菜がやってきた。
「あー。紗菜ちゃん! はろー」
「うえ、なっちゃん……ち、違う学校の人は来ちゃダメなんだから!」
そんな規則ねえよ。
「紗菜ちゃんが頑張るところ、見に来たの」
「フン。言っておくけど、サナ、超運動得意だから見せ場ありまくり。そこで見てるといいわ」
「えー? うっそだー」
「嘘じゃないわよ! 見てなさい。サナが出る種目は全部一位獲ってやるんだから」
フシー、と鼻息を荒くして、紗菜は自分のクラスのほうへ戻っていった。
「紗菜ちゃんって、煽るとどんどん挑発に乗ってくるから面白いよね?」
「夏海ちゃん、人の妹で遊ばないでくれ」
「でも、びっくりだ。貧乳だから水着はそれほどだったけど、体操服とハチマキ似合いすぎ」
紗菜はよく言えばスレンダーな体形だから、何を着ても似合う。
って、藤本が言っていた。
夏海ちゃんに別れを告げ、俺も実行委員の仕事をこなしつつ、出番を待つ。
柊木ちゃんは柊木ちゃんで、役員の仕事で忙しそうにしていて、競技を見るどころじゃなさそうだった。
俺が出るのは、借り物競争とパン食い競争。実行委員っていうのもあって、他の人より出る種目が少ないので正直助かった。
『次の競技は、借り物競争です。出場者は位置について、スタートのそのときまで、己と語らってください』
放送部のアナウンスの声が変わり、イケメンボイスになった。
よくわからんコメントがあったけど、とにかく、俺の出番だ。
トップバッターだから緊張するなぁ……。
『――今回より、実況は二年B組、藤本でお送りいたします』
おまえかよ! 何してんだ。イイ声だな!
……放送部だったっけ? 陸上部だったような……。
ああ、何回か一〇年後と往復しているから、多少変わってるのか。
ふと気づくと、さっきまでそこにいたはずの柊木ちゃんの姿が見えない。
首をかしげながら俺はスタート地点にむかう。
『真田選手、首をかしげてないでスタート地点に行ってください。気になるあの子でも探してんのかYO☆』
イケボ藤本のやや鼻につくアナウンスに促され、俺は小走りでスタート地点につく。
そのとき、ササササ、とコース上に黒い影が現れ、ザザザザザ、と風のように去っていった。
……ていうか柊木ちゃんだった。
放送席の藤本に、何かを伝えている。
不思議に思っているとスタートのピストルが鳴り、同組の三人とともにコースをまっすぐ走って、伏せカードの場所までやってきた。
左から順に、普通のカード、普通のカード、ハートのカード、普通のカードと並べられている。
あ、怪しい……。ていうか、道具の中にあんなカードはなかったはず。
「頑張ってぇ~!」
柊木ちゃんがぴょんぴょんジャンプしながら、俺を応援していた。
手にはやっぱりハンディカメラ。
また撮ってんのかよ……。
どう考えてもおかしいカードはみんな避け、普通のカードを取っていく。
くっ。普通のカード取り損ねた……!
みんながカードを確認する。
「え? 赤い物?」
普通だ。
「イケメン? 誰かいたっけ」
普通だ。
「いねえだろ、こんなヤツ。――タイムリープして青春をやり直してる人とか」
俺だ。
で、俺が取らざるを得なくなったハートのカードは……。あぁ、嫌な予感しかしない。
『おおおっと、真田選手が手にしたのはスペシャルカァァァァゥドッ!』
藤本のうるさい実況を聞き流しながら、カードの裏を確認する。
『好きな人♡』
『出ましたぁあああああああああ! 好きな人カァァァァドゥゥゥ!』
仕込んだカードはこれか!!
『さあ、さあ、真田選手どう出る――!? ボケに走るか、ガチで連れてくるか――!? ガチとなれば、公開告白も同然んんんんんんんんんんん!』
こんな公衆の面前で、柊木ちゃんはさすがに――。
ここは、保健室のおばあちゃん先生か――いや、体育教師の駒田のほうがウケるんじゃ――。
「おーっほん! ごほん、げほげほ! おーっほん!」
柊木ちゃんが、すげーわざとらしい咳をしている。
それに加えて、俺をガン見をしてくる。
『あたし以外にいないでしょ』って言いたそう。
先生、真顔がちょっと怖いです。
「あー! サナ! 次の競技の準備しないとー!」
紗菜が棒読みで、一歩歩くごとに俺をチラ見していく。
「ぷふーっ! 紗菜ちゃん、アピール下手くそっ! どんだけ選ばれたいの、ウケるっ」
観覧席の夏海ちゃんは手を叩いて大笑いしていた。
『親友であるこの藤本も! その選択肢に含まれておりますううううううううううう!』
※含まれておりません。
俺が迷っている間にも、他の三人は相手を見つけて戻ってきた。
タイムリープしてる人見つけたの!?
ええい。もうこうなったら――。
俺はコースを外れて、柊木ちゃんのところへ一直線に走っていく。
「先生、お願いします!」
「そ、そんなぁ、恥ずかしいなぁ……」
自分で仕込んでおいて、あんなにアピールしておいて、いざとなったら照れるってなんだ!?
「早く」
「うん♡」
柊木ちゃんの手を引っ張って、コースに戻った。
『真田選手が選んだのぅはぁああああああああああ! 才媛にして全男子憧れのお姉さんんんんんんんんん、柊木先生だぁあああああああああああ!』
わあ、と場内が盛り上がりを見せた。
手を繋ぎなおして、俺たちはゴールを目指す。
『何だかんだでオレだと思ってたのに! オレじゃねえのか、真田ぁあああああああああああああ』
何なんだその自信。てか、ちゃんと実況しろ。
スピーカーがキーンってなったぞ、キーンて。
柊木ちゃんが近くにいたこともあって、俺たちは見事一着になった。
変な目で見られるかなーと思ったけど、そんなことはなく、先生と生徒が付き合っていたとしたら、堂々とこんなことはできないだろうから、逆に角の立たない選択となった。
藤本の『全男子憧れの』っていうフレーズも、無難な選択だったという印象を後押しした。
「一着だね! これは、愛の力ってやつかな!?」
「先生が近くにいたおかげでしょ?」
「もぅ、夢がないなぁ……」
冷静な俺のコメントがつまらなかったらしく、柊木ちゃんは小さく頬を膨らませた。
「ま、いいや。あとで動画編集して、誠治君が赤くなって困ってるところから、あたしのところにむかってくる映像、ずっとループするようにしちゃお♡ それ見ながらお酒呑んじゃおっと」
俺の照れ映像を肴にすんじゃねえ。