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白紙に戻る 後


 俺は家庭科部という帰宅部同然のクラブに入っているようで、放課後、サナさんに言われた通り家庭科室へやってきた。


 記憶を失くす前の俺は、妹とも秘密の関係にあったらしい。


「どうしよう……」

「……どうかした」


 小さくて抑揚のない声は、奏多からだった。

 やっぱり覚えている人とそうでない人でわかれるらしい。


 教室の自分の席や、下駄箱の位置、生物室の場所など、意外と覚えていた。

 家族や恋人、重要な人になればなるほど、関係性やら記憶やらがごっそり抜けている状況だった。


 奏多は、俺のむかいの席に座って、携帯ゲーム機を起動させた。


「……お昼休みのときから、さーちゃんが、ご機嫌。珍しい……」

「え。そうなの?」

「……うん。どうしてかはわからないけれど」


 サナさんは、俺たちの関係は内緒で誰にも言ってはいけないって言っていたから、奏多にも教えてないんだろう。

 先生との関係ももちろん秘密だろう。


 誰に助けを求めていいのやら……。


「奏多は、しちゃいけない恋愛って、惹かれたりする?」

「……恋愛にあまり興味ないから……ごめんなさい」

「ううん。…………たとえば、妹が本気で兄のことを好きだったとしたら、兄はどうしたらいいんだろう」

「え? さーちゃん、何か言ったの?」

「え。何かって、何?」


「………………何でもない。……前も言ったけど、異性として好かれているとしたら、きちんとフってあげて。粉々に粉砕してあげることが、兄の優しさだと思う」


 ちら、と俺を見て、また手元の画面に目を落とした。


 前も言われたのか……?


「あ。兄さん、もう来てる!」

「あ、サナさん」


「……サナさん?」


 奏多が眉をひそめた。


「帰りましょう。今日は、サナの部屋でゲームするんだから!」

「いや、俺にも予定ってものがありまして……」

「……敬語?」


 俺を立たせようと手を引っ張るサナさん。同時に、反対側の手を奏多が引っ張った。


「カナちゃん?」

「……誠治君、なんか変。さーちゃんの機嫌がいいことと何か関係ある?」


「あ、あるわけないじゃないっ。兄さんのことなんか、これっぽっちも関係ないんだから」

「……あるんだ」

「ギク」


 首をすくめたサナさんは、観念して椅子に座った。

 そして、昨日俺に起きた異変を奏多に教えた。


「……なるほど。それで、敬語でサナさん……。……無垢な誠治君に、変なことを吹き込んでない?」

「ふ、吹き込んでないわよ! だ、だいたい、変なことって何よー?」


「……記憶喪失をいいことに、実は自分たちは恋人で付き合っている、とか……」


「ギクーンッ!」


 ビイイン、とサナさんがわかりやすく硬直した。


 吹き込む? 付き合っている? で、ギクーン。

 ってことは……?


「……さーちゃん、嘘はダメ。……大好きな兄さんとラブラブしたい気持ちは、ちょっとくらいわかるけれど」


「兄さんとラブラブなんかしたくないし! なんでサナが兄さんと……」

「ってことは、じゃあ、昨日言ってたことは、嘘だったってこと?」


 苦そうにサナさんは顔をしかめる。


「ごめんなさい。昨日のは、嘘。ちょっと、からかっただけ。兄さん、簡単に信じるんだもん。こっちが驚いたくらいよ。あ、あり得ないじゃない……」


 つーことは、俺は妹とは付き合ってなかったらしい。

 よかったぁ……二股してるわけじゃなくて。


 サナさんは走って家庭科室から出ていった。

 頬が、濡れているのが見えた。


 もしかして――本気で俺のこと好きだったんじゃ――。


 俺が追いかけようとすると、奏多が首を振る。


「……ダメ。誠治君は、絶対に慰めちゃダメ」

「どうして? なんか俺が原因っぽいし、ちょっと声かけるくらい……」

「……ダメ。誠治君に好きな人が……彼女がいるのなら、なおさら追いかけちゃダメ」


 うげ!? せ、先生と俺の関係を知ってんのか?


「か、彼女って、何のことじゃろう……」

「……動揺しすぎ。……詳しく知らないけれど、彼女がいるってことくらい、わかるから」


 ってことは、相手が先生だってことは知らないようだ。

 よかったぁ……。


「……さーちゃんは、いつも悪者。純粋に好きなだけなのに」

「好きな人がいれば、俺は……真田誠治は、相手にしないだろうな」


 気づきもしないかもしれない。


「……うん。実際そう。けど、さーちゃんにも悪いところがあるから。……たぶん、さーちゃんもわかっているはずなのに、鈍いのを装って認めようとしないから、どんどん傷口が広がって……ともかく、さーちゃんは任せて」


 鞄を掴んで、奏多が家庭科室を出ていく。


「……人間関係って、タイヘン」


 ぽつっと最後につぶやいた。


 よくよく考えてみれば、携帯のメールは『柊木春香』だらけだし、着信もそうだった。

 同じ家に住んでいるから連絡を取る必要がないのかと思ったけど、付き合ってもないし恋人でもないのなら、納得いった。


「あれー? 真田君一人? 今日は活動日だったはずだけど……」


 先生が、きょとんとした顔でやってきた。


 目が合うだけで嬉しい。

 本格的に、真田誠治はこの先生のことが好きらしい。俺もだけど。


「色々あるみたいで、帰ったっぽいです」

「そっか、そっか。あたし、仕事すぐに終わるんだけど、夕飯、食べてかない?」

「え。いいんですか?」

「うん」


 記憶のないままの俺で先生はいいんだろうか。

 疑心暗鬼になりながら歩いて帰っていると、ちょうど通りがかった先生の車に拾ってもらった。


 雨がフロントガラスを叩く中、俺は車内で思いきって聞いてみた。


「先生は、俺と本当に付き合ってるんですよね? この状態、嫌じゃないんですか?」

「うーん、違う人といえば違う人だけど、記憶がなくても、誠治君は誠治君なんだって昼休憩わかったから。嫌じゃないよ?」


「え。どこが俺っぽかったです?」


「ツッコミのキレ」

「そこ!?」


「それもあるし、うふふ、あとは内緒。付き合う前を思い出したよ」


 先生はこれはこれで楽しそうだった。俺が元に戻らないかもしれないって、不安にならないんだろうか。


 小綺麗なアパートに到着したころには、雨は上がっていた。


「階段、気をつけてね? 雨降ったあとだと滑りやすくなってるから」

「はーい」

「ふぎゃ!?」


 転んだのかと悲鳴に振り返ると、先生は一点を見つめてあわあわしていた。


「あぁ~洗濯物がビシャビシャだ……」


 視線の先には、ハンガーにかけられたシャツやTシャツやらが干されていた。

 階段の途中だと、そこには、先生の物らしき色とりどりの下着もあった。


 ……え、えろい……。あ、ああいうの、履いてるんだ……。


 よそ見していると、つるりんこ、と足を滑らせ、階段を転げ落ちた。


◆真田誠治◆


「いってぇ……」

「誠治君!? 大丈夫!?」


 柊木ちゃんが、心配そうに俺をのぞきこんでいた。


 ……あれ。

 柊木ちゃんちのアパート?


「大丈夫だけど……春香さん、何してんの……?」

「何してるって……あ、今先生じゃなくて春香さんって言った!」

「うん、二人きりだからね。あ、間違えた。先生」


「言い直さなくていいよ、間違えてないよ! 合ってるから! もう、わざとでしょー?」


 怒った顔で、柊木ちゃんが俺のほっぺを軽くつまんだ。


 紗菜にクッションでぶん殴られたところまでは覚えてるんだけど、そのあとがさっぱりわからない。


 制服着てるし、柊木ちゃんちのアパートにいるし、わけがわからん。

 携帯を見てみると、日付は俺の記憶から一日ほど先に進んでいた。

 タイムリープしたのかと思ったけど、そうじゃないらしい。


 柊木ちゃんちに上がらせてもらい、何が起きたのか聞かせてもらった。


「記憶喪失ねえ……信じらんねえ」


 タイムリープしてる俺が言うのもどうかと思うけど。


 ソファの隣に柊木ちゃんがやってくる。


「初々しい誠治君に戻ってて、反応が一回一回可愛かった……♡」


 どこに萌えてんだ。


「心配にならなかった? 俺が元に戻らないかも、って」


 くす、と笑って、柊木ちゃんは、俺の腕に腕を絡ませた。


「同じこと訊くんだね。誠治君は誠治君だから、あたしはまた惚れ直す自信があったよ」


 ど直球にそんなことを言われると、照れる……。


「誠治君照れてる!」

「照れてない!」


「誠治君は、覚えてないの? さっきまでのこと」

「うん。全然。……けど、俺も、記憶を失くしても、また春香さんを好きになる自信があるよ」

「もお……すぐそういう、あたしが嬉しくなるようなことを言うんだから」


 もう片方の腕を俺の首にまわし、吐息が触れるような距離になると、お互いに目をつむる。

 温かくて、柔らかい柊木ちゃんの唇の感触がして、ちゅ、と音が鳴った。


「どっちの俺がよかった? 記憶ありとなし」

「今の誠治君♡」


 また降り出した雨にも気づかないまま、イチャついた。

 家に帰ると、紗菜になぜかよそよそしい態度を取られたけど、概ね俺の知っている元の生活に戻った。

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