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白紙に戻る 前


「兄さん……? あ、あの人、誰?」


 日曜の夜、家に帰ってくると、さっそく紗菜が俺の部屋に顔を出した。


 散歩中に遭遇した雪子さんのことを訊きたいんだろう。


「たまに顔を合わせる人で、犬がセージっていう名前だから、そこでちょっと仲良くなっただけだよ」


 俺はあらかじめ考えておいた作り話を語る。


「そう……ならいいんだけど……な、仲良くなったって……いやらしいことをする仲ってこと……?」


 顔を赤くしながら訊くの、やめろよ。こっちまで恥ずかしくなってくるだろ。


「違うってメールでも説明しただろ?」

「……ほ、本当に?」

「本当、本当。なんだよ、帰ってそうそう、同じこと何回も訊いてきて……」


 やれやれ、と首を振っていると、紗菜がぷるぷる震えていた。


「さ、サナは兄さんのことなんて何ひとつ気にしてないんだからああああああ!」


 ブォン、と紗菜がクッションで俺の顔面を打ち抜いた。


「ぶはっ!?」


 ゴン、と勢い余って俺は後頭部を柱で強打した。


 目の前が真っ暗になる。どうやら俺は気絶したらしかった。


◆真田誠治◆


「兄さん……? だ、大丈夫? 今、すごい音がしたけど……」


 ゆさゆさ、と体を揺らされて、俺は目が覚めた。


 目の前には、黒髪ロングの美少女が心配そうにこっちを見つめている。


「あ、起きた。び、びっくりさせないで」

「? あのう……どちら様ですか?」

「何言ってるのよ。そういうのいいから。どうせ、ドッキリでしょ? サナ、引っかからないんだから」


 きょろきょろ、とあたりを見回してみても、まるで見覚えがない。


「サナさん、というんですか?」

「…………兄さん?」


 俺を見て兄さんって言うってことは、彼女は、俺の妹らしい。


「こんな綺麗な女の子が、俺の妹……?」


 ぼ、とサナさんの顔が赤くなった。


「き、き。綺麗……そ、そんなこと言っておだてても、サナ、嬉しくないんだからっ」


 すげー嬉しそうだ。


「兄さん、どうしちゃったの? 名前は? 自分の名前」

「俺の名前……あれ?」


 全然わかんねえ。俺って誰だ。俺って何なんだ? モラトリアム……。


「それもわかんないの? き、記憶喪失なんじゃ……」

「あー。たぶん、そうかもしれないですね」

「ふぇえええええええええええええええええええええ!? さ、サナのせいっ!? で、でも、この白紙兄さん相手なら、す、素直になれるかも……」


 ぼそぼそと何を言ってるんだろう。


 サナさんの話によると、俺は、真田誠治という名前で、ここは自宅の自分の部屋らしい。


 真田誠治……サナダセイジ……。

 聞き覚えのあるような、ないような……。


「そ、そ、それでね。ここからが重要よ。兄さんは、サナのことが好きで仕方ないシスコン兄さんなの」

「えぇー。まじかよ、俺。何してんだよ、俺。確かに綺麗な子だけど」

「も、もおおおおお、サナのことを綺麗って言わないでえええええええ! 調子狂うからぁあああああ」


 って言われても俺は思ったことを言ったまでだ。


「そ、それで……内緒なんだけど、サナたちは、血の繋がった兄妹だけど……こ、恋人なの……っっっ」


 まさか、そんな……。

 かぁぁぁ、と顔を赤くするサナさん。


「……え、まじで」

「ま、まじ」


 俺、妹のことが好きだったのか……!?

 そりゃ、シスコン兄さんなんて言われても仕方ない。


「こ、これは誰にも、もちろんお父さんやお母さんは知らないし、サナたち以外は、誰も知らないことなの。だから、誰にも言っちゃダメよ? わかった?」

「お。おう。そりゃ、バレたら大変だからな……」


「じゃ、じゃあそういうことだから!」


 と、サナさんは俺の部屋から出ていく。


 俺は近くの蓮森高校って学校に通う二年らしいので、翌朝、母親らしき人に起こされサナさんと一緒に登校をした。


 教えてもらった通り、二年B組の俺の席らしき場所に座る。


 ノートを見てみると、俺の字で色々と板書がメモされてあった。


 いくつかの授業を真面目に受けていると、世界史の授業を迎えた。


 若い女の先生だった。

 可愛いらしい顔立ちで、身動きがすこしだけ上品。ポニーテールがよく似合う明るそうな人だった。


 何度か目が合うと、そのたびにドキン、と心臓が跳ねる。


 何なんだろう……。何か思い出せそうな……。


 生徒には、柊木ちゃんと呼ばれていた。


 教科書を持って、説明しながら席を縫うようにしてこちらへやってくる。


 先生がしゃがんで、足元の何かを拾った。


「消しゴム、落としてるよ?」

「これ、俺のじゃないですよ?」

「え――――!? え、あれ? いや、そうじゃなくて……そうじゃなくて……」


 新品の消しゴムを手に、柊木ちゃん先生がテンパっている。

 見覚えがないだけで、本当は俺のなのか?


 首をかしげながら消しゴムを受け取ると、先生はほっと胸を撫で下ろした。


 ケースの中に何か入ってる……?


 ノートの切れ端を畳んだメモが出てきた。


『今日の昼休憩、世界史資料室で待ってるね♪』


 な。

 なんじゃこれええええええええええええええええええええ!?

 待ってるって誰を?


 確認するように俺は柊木ちゃん先生に目をやると、二度ウィンクされた。


 てことは、俺にあてたメッセージってことか。


 資料室で、授業の準備とかを手伝わされるんだろうか……。いや、でも、そうなら普通に言えばいいだろ。


 手の込んだやり方で、人けがなさそうな資料室に、休憩時間呼び出す……。


 ――これって、告白される流れではっっっ!?


「うわ。どうしよ」

「何が、『どうしよ』?」


 隣の藤本が話しかけてきた。


「い、いや、何でもない」


 あれ。藤本……? 藤本のことは、覚えてるぞ。

 重要はことは忘れたけど、どうでもいい物事、人は覚えているらしい。


 まじで告白されたらどうしよう。

 い、いや、普通に考えてありえねえ……。


 先生が生徒のことを好きになるはずがない。


 ポップな感じだったし、どうせ杞憂。


 午前最後の授業が終わり、柊木ちゃん先生は教室をあとにした。


 結局、面倒な手伝いをさせられることになるんだろう。


 コンコン、と俺が資料室をノックすると、扉が開いた。


「入って、入って」


 俺を促し、すぐに扉を閉めて、鍵もかけた。


 な、何する気なんだ……!?


「誠治君? 先生を困らせるのは、感心しないよ?」


 あれ。さっきまでと口調が違う。年頃の女の子みたいな言い草だった。


「消しゴムの伝言拒否。びっくりしたんだから」

「あ。それは、すみません……先生からの伝言だとわからず……」

「もう。二人きりのときは、先生じゃなくて、春香さんでしょー?」

「春香さん!? なんで下の名前を……」

「なんでって……付き合ってるからじゃん」


 へえ。俺と柊木ちゃん先生って付き合ってるのか。


「付き合ってるの!? 先生と生徒なのに!?」

「どうしたの、誠治君? 今日、ちょっと変だよ?」


 妹と内緒で付き合いながら、先生とも付き合ってる……!?

 二股!?


 俺、何してんだ。

 しかも、どっちも付き合っちゃダメな人だし。


 俺は記憶喪失になっていることを先生に説明した。


「え……。そんなぁ……あたしと誠治君の付き合ってきた数か月の思い出は?」

「数か月も!? 結構続いてるんですね!?」

「敬語禁止ぃいいいいいいいいい! 距離を感じるから……やめて……」


 先生の切なそうな顔を見ると、俺も胸が痛くなった。

 なんでだ。


「いーーーーーっぱい、あたしたちキスしたんだよ? 学校や家や、色んなところで」

「すみません……覚えてないです……」


「うっ、敬語……。こうなったら――」


 俺の首に先生が腕を回す。


「え。ちょっと、何する気ですか」

「あたしがどれだけ誠治君のことを好きか、思い出させてあげる!」


 背伸びして、先生が俺の唇にキスをした。


「ぬあ!? 何ですか、いきなり――!?」

「うむむ……これくらいじゃダメなのか。あ、そうだ。あたしのパンツ見る?」

「見ませんっ! 先生は、変態なんですか!? どんな提案ですか……」


「ツッコミも敬語……でも、キレは健在だ」

「変な分析しないでください」

「誠治君が、前ほしいって言ってたパンツだから、見たら思い出すかなーって思って」


 ほしい!? 先生のパンツが!?

 変態は俺のほうじゃねぇかあああああああああ!


 すすす、と俺の反応をうかがいながら、膝丈のスカートを先生はたくし上げていく。


 ごくり。


「やっぱり見たいんでしょ!?」

「ち、ち、違います」


「ガン見だったじゃん。見たくて仕方ないんでしょ? いいよ、別に。おっぱいだって触ったことあるのに」


 ふぁああああああああああああああ!?

 記憶がないことを、これほど悔しいと思ったことはない!


 ぐふ、ぬううう……。

 手に気を集めれば、感触くらいは……思い出すかも……。


 頑張れ……俺の下心!


「何してんの、誠治君」

「いえ。何でもないです。全然ダメだ……。思い出せない……」

「けど、思い出してもらわないと、あたしも嫌だなぁ……ラブラブカップルだったのに……寂しいよ」


 先生の悲しそうな顔を見ると、ズキン、と再び痛みが走る。


 記憶を失くす前の俺は、先生のことが好きだったんじゃないのか?


 サナさんは、先生といるときほど特殊な気分にならなかった。


 先生の悲しい顔は見たくない。でも、原因は俺なんだよな……。


「時間、なくなちゃうから、ご飯食べよう?」


 敷いてあったレジャーシートに座ると、とんとん、と膝を叩く。


「ここ、おいで? それとも記憶がないと、嫌かな……?」

「……お邪魔します」


 付き合っているっていうのは、本当らしい。

 横になって頭を先生の太ももにのせると、理由はわからないけど、安らぐ。


 あーん、とご飯を食べさせてもらう。


「あ。唐揚げ、すげー美味い」

「でしょー? 今日はかなり気合入れたんだからっ」


 頭を撫でられたりご飯を食べさせてもらったりしてわかった。

 たぶん、付き合っているのは、間違いないだろう。


「実はねー? 昨日の夜から、特製のタレを作ってお肉を浸けておいたんだよー? 誠治君、喜んでくれるだろうなーって思って、ワクワクしてたんだから」


 先生は、俺のことが好き。

 それと、根拠はないけど、真田誠治も柊木春香さんのことが、好き。


「思い出せそう?」

「全然」

「もうー! 思い出すまでキスしてあげるんだからぁー!」

「わ、ちょっと、やめてください――」


 けらけら、と先生が笑って、俺も吹き出した。


 記憶の有無なんて関係なく、俺は、先生のことが好きになった。


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