雪子さん
日曜日、俺は柊木ちゃんちへとむかった。
秋の学校行事に関するなんだかんだが絡んだせいで、通常業務が圧迫されて土曜日も忙しかったらしい。
どうせ、今日は家でまったり過ごして終わりだろう。
そんな家デートを予想しながら、柊木ちゃんちのチャイムを鳴らす。
「はーい」
扉を開けて出てきたのは、ショートカットのお姉さんだった。
細い黒縁の眼鏡をかけている。
Tシャツにジーンズというラフな格好をしていた。
年は二〇代半ばくらいに見えるから、俺の実年齢と同じくらいだろう。
だ、誰だ……? 柊木ちゃんの友達……?
「あの、えと、この部屋に住んでいる柊木春香さんは……いませんか……?」
「えっ? ………………あー」
お姉さんは俺をじいっと見て、口元をゆるめた。
目元や唇の感じが柊木ちゃんに似ている。
あ。もしかして、お姉さん?
「えーっと、私は、春香の姉の…………雪子です。上がって、上がって。ちょっと春香ちゃん、出かけているみたいだし」
「え。でもいないんなら、俺帰りますから……」
「いーの、いーの。ささ、早く早く」
やや強引に雪子さんに手を引っ張られ、俺は柊木ちゃんちに上がることになった。
もしかして、夏海ちゃんやひーパパから俺のことを聞いてたりするんだろうか。
だとするなら、俺に興味を持つのもうなずける。
味方を得るために、ここは俺もちょいとアピールしとかないと。
真剣に誠実に、プラトニックな恋愛をして柊木ちゃんと付き合っているって。
キスは頻度高めだけど。
「座って? 春香ちゃん、もうすぐしたら帰ってくると思うから」
「あ。はい……じゃあ、失礼します」
むかいに座った雪子さんは、俺を見つめてニコニコしている。
これといって何かを訊くわけでもないし、ずっと笑顔だから何を考えているのか読めない。
「春香ちゃんの、彼氏さんなんだよね?」
夏海ちゃんにも言っていることだし、ここはバラしても問題ないだろう。
「はい。真田誠治と申します。今高校生で、春香さんの学校の生徒ではありますが、真剣にお付き合いさせていただいています」
就職活動の面接並みの受け答えを披露する。こんなあいさつ、そこらへんの高校生にはできまい。
「高校生なのに、どうして先生の春香ちゃんを好きになったの? ちょっと疑問」
「それは……先生だからどうとかっていうのは関係なくて……見た目も性格も、僕は可愛いと思っていますし――」
「ぐふっ、げほげほ」
俺の直球すぎる回答に、雪子さんがムセた。
咳込んだせいか、それとも別の原因があるのか、顔を赤くしている。
「そ、そうだったんだ……。あ、うん、続けて、続けて?」
「年上で先生なら、僕よりもしっかりしていると思ったんですけど、ちょっと抜けているところが多いというか、天然で」
「天然……? そうかなぁ?」
ここは納得いかないらしい。妹としての柊木ちゃんを俺は知らないから、雪子さん視点だと俺の評価は違和感があるようだった。
「年上なのにおっちょこちょいだったり、ときどきポンコツなのがまた可愛くて……」
俺もいい加減恥ずかしくなってきた。
「ぐふうっ……」
雪子さんがうずくまった。
「だ、大丈夫ですか?」
「つ、つ、続けて……」
「あとは……年上らしい包容力があって俺を甘やかしてくれるところだったり、家事や料理が得意だったり、色白で肌も綺麗なところだったり……」
「も、もう、聞いてらんない……」
ソファから立ち上がった雪子さんは、「春香ちゃん、探してくるね!」とリビングから出ていった。
ううむ……ちょっとノロケが過ぎたらしい。けど、俺が真剣に好きだということは、わかってくれたはずだ。
五分ほどして、柊木ちゃんがリビングにやってきた。
「あ、誠治君、いらっしゃーい」
「うん、お邪魔してます」
ぱたぱた、と手を団扇代わりにして仰いでいる柊木ちゃん。
「お姉さんが今来てて、さっき春香さんを探しに行ったんだけど、入れ違いかな」
「うん、きっとそうだよ。入違っちゃったんだよ」
俺の隣に座って、首に腕を回してイチャつきモードに入った。
「ちょ、ちょ、ちょっと……」
「もう、逃げないの♡」
「お、お姉さん、いつ帰ってくるかわからないから――」
「ちょっとくらい大丈夫」
鍵か何かかけてるんだろうか。
首をかしげながら、流れに任せて柊木ちゃんと抱き合ってキスをする。
携帯で入れ違ったことを伝えればすぐに帰ってくるのに。
「あ、もしかして――?」
唇の唇の間に手を差し入れて、柊木ちゃんのキスを受け止めた。
「ふみゅ!? な、何……?」
「お姉さんと仲悪い?」
「そ……そんなことないよ!」
「実は今日家に来られると迷惑だったとか。連絡を取ろうともしないし、探しに行こうともしないから」
「全然そんなことないから! ……すぐにお姉ちゃん、帰ってくるから」
「そう?」
「あたし、ちょっとお手洗いに……」
そのとき、俺は柊木ちゃんのお尻に違和感を覚えた。
……けど、気のせい、かな?
それからすぐに、雪子さんが戻ってきた。
「春香ちゃん、帰ってきた?」
「ええ。さっき。今はトイレに行っているみたいですけど」
そっかそっか、と雪子さんは、楽しげに俺をのぞきこむ。
「今度は何訊こうかなー? …………ちょっとアレだけど、い、嫌なところとか、ないの? もう、付き合って結構経つんでしょ?」
俺から目をそらしつつ、お上品に股を閉じて、足を横へ流した雪子さん。
所作に品があるのは、夏海ちゃんもそうだし柊木ちゃんもそうだった。
「嫌なところ……スイッチが入ると、周りが見えなくなって暴走しちゃうところとか」
「えーっ、そんなこと……」
「そんなこと…………、何ですか?」
「ううん、つ、続けて?」
雪子さんは焦りを笑顔で塗りつぶした。
「あとは……」
「ま、まだあるの……!?」
訊いてきたくせに、雪子さんはなぜか嫌がっていた。
眼鏡の奥にある瞳は不安そうで、口はへの字に曲げていた。
「胸を、僕に当ててくることがよくあって。密着したときなんか、とくに」
「それ、嫌だった?」
「嫌じゃないんですけど、どうしていいかわからなくなるっていうか……」
「ドギマギしてる反応が可愛いから、ついやっちゃうんだよ。…………って、言ってたよ」
「そうなんですか……。にしても、春香さん遅いですね。トイレ」
「そ、そうだねー。私、見てくるよ」
雪子さんは立ち上がり、リビングを出ていく。
そのお尻が目に入った。
……あ。やっぱりそうだ。
俺も席を立つと物音に雪子さんが振り返った。
「え――!? ど、どこ行くの……?」
「いえ、僕もトイレに行こうかなーと」
「す、座ってなよ。春香ちゃん、すぐに戻ってくるから」
「それで、今度は『雪子さん』がいなくなる?」
「……」
そろーり、と逃げようとする雪子さんを後ろから抱きしめて捕まえる。
「うう……は、離して」
「離して、じゃないでしょ、春香さん」
「っ。……な、何でわかったの?」
くるっと振り返った雪子さん。
俺はその眼鏡をはずして、自分にかけてみる。
伊達眼鏡だった。
「となると、この髪は……」
「これは、その……ウィッグです……」
柊木ちゃんがぱっと取ると、髪の毛が溢れてきた。
「いつわかったの?」
「ジーンズのポケットの形。雪子さんが履いているそれと春香さんが履いているそれが一緒。最初はたまたまかなーって思ったけど、落ちてない汚れも同じ場所ってのはおかしいだろうって思って」
「ごめんね。本当は、新しい変装道具を買ったから試してたんだけど……最初は驚かそうと思って玄関を開けたら、誠治君、あたしのことだって全然気づいてなくて、それで調子に乗っちゃって」
トイレを見てみると、さっき柊木ちゃんが着ていたTシャツが脱いであった。
「それで、普段訊きにくいことを訊こうとしたってわけか」
「うん……ごめんね、騙すつもりはなかったの」
伊達眼鏡を柊木ちゃんにかけ直した。
「どう? 眼鏡。似合ってる?」
「先生っぽさが増した」
「む~。っぽさって何? あたし、先生なんですけど」
冗談っぽく膨れてみせると、くすっと笑った。
「誠治君、あたしのおっぱいが当たるの、嫌だったんだ?」
と言いながら、おっぱいを当ててくるこの人は、悪い女の人だと思う。
「嫌ってわけじゃなくて……リアクションに困るっていう話で……当たること自体は、むしろ……好き……」
ニマニマ、と俺をからかう気満点の笑顔を見せる柊木ちゃん。
「ウィンウィンの関係だからいいでしょ? 当たって嬉しい誠治君と、その可愛い反応が見たいあたし。ほら、ね?」
眼鏡をかけると、見た目もそうだけど小悪魔度が上がるらしい。
「好きにしてくれ」
あはは、と柊木ちゃんは楽しそうに笑った。
「誠治君がどれだけあたしのことが好きか、よぉーくわかったから、先生、明日からのお仕事頑張れそう。ありがと♪」
ちゅ、と柊木ちゃんが俺の頬にキスをする。
眼鏡をかけた柊木ちゃんは、小悪魔的でエロ可愛な女の人になるらしかった。