柊木家の事情4
俺のカミングアウトに、柊木ちゃんパパは無言だった。
「……これも本当。さっき恋人がいるって言ったでしょ? そのお相手が、この真田誠治君」
もう一度、俺たちは手を繋ぎなおす。
そこでようやく柊木ちゃんパパが重い口を開いた。
「け、けど、春ちゃん……き、君の仕事は教師だろう……?」
春ちゃん? 柊木ちゃんパパ、そう呼んでるんだ……。
なんか、意外。
てか、声が上ずっている。
「そう……世界史の先生」
「じゃあ、この真田君は……どこの学校の……」
「あたしの勤めてる学校の二年生」
「…………」
じりじり、とあとずさりをはじめた柊木ちゃんパパ。
面倒だからもう、ひーパパで。
「今、俺たち、付き合って四か月ほど経ちまして――」
「き、聞くたくない!」
「はぁ……?」
わけがわからず、俺が柊木ちゃんの顔を見ると、苦そうな顔をで目をつむっていた。
「私はな! 今回の見合いの話だって嫌だったんだぞ! そ、それが今度は高校生ぇぇぇええ!?」
しゃべっている最中にズレた眼鏡を直して、フシーフシー、とやり手ビジネスマンパパは息を乱している。
「だから嫌なのぅ……実家……」
「あー……」
ひーパパに一度目をやって、柊木ちゃんに戻すと、俺はなるほど、と小さくうなずいた。
「春ちゃんを助けてくれたことは感謝している。ゲスなボンボンにいいようにされなくてよかった。それに君のほうが器量もずいぶんといい」
「いや……そんなことは……」
三条坊ちゃんがアレだから比較対象がちょっと……。
「そんなことあるよ! 誠治君、カッコいいもんっ」
「そんなことないから」
「あるってばぁ♪」
「イチャつくなぁあああああああああああ!」
頭痛をこらえるように、ひーパパは眼鏡を片手でつかんでうつむいた。
「面とむかって、私に交際宣言した度胸も認める……!」
「あ、どうも……」
「昼食のとき、赤ワインを注ぎに来たのも真田君だろう? サマになっていたし、所作にも品があった……!」
「ど、どうも……」
俺、ヨイショされてる?
「だが、付き合うのはダメだ! 君がどうこうというより、何人であっても許さん!」
さてはひーパパ、親バカだな?
「もしかして、夏海ちゃんにもこんな感じ?」
「うん」
どうして夏海ちゃんが味方についたら同棲の了承を得られたのか、ようやくわかった。
「金持ちだろうが高校生だろうが、春ちゃんはやらん!」
「別に、お父さんの許可がなくっても、あたしたち上手くやってるからいいよ! 許さなくてもいいから」
ぐふ、と柊木ちゃんの言葉にひーパパがダメージを受けてる。
柊木ちゃんが俺を過保護に想うあたりが、ひーパパとよく似ていた。
「春香さん、そんなこと言っちゃダメだって。パパさんだって、春香さんのことを思って……」
「その気持ちが重いから嫌なのに……」
「少年、ナイスフォロー!」
「うす」
「もお、誠治君はどっちの味方なのーっ!?」
ぷんすこ怒って、その場で足をじたばたさせる柊木ちゃん。
子供みたいで可愛い。
と、俺がニマニマしていると、ひーパパもニマニマしていた。
あ……気が合うかもしれない。
この人……どっかで見たことあるような……?
気のせいか?
「ともかく、生徒の分際で教師と付き合うなどと、そんなうらやま――じゃなくて――そんなけしからんことは、許さない……! 相手が春ちゃんともなれば、もっと許さない!」
俺がどうこうっていうよりは、柊木ちゃんに近づく男が全員アウトって感じだった。
「じゃあ、どうしたらいいの?」
ちら、とひーパパが俺を見る。
「度胸よし、器量よし、常識・マナー・品位よし……」
「言うことないじゃんっ。もう七割方認めてるじゃんっ」
「だが――! 無収入。高校生だから、という肩書は関係ない。それは厳然たる事実!」
「けど、高校生には、無限の可能性があるよ!」
柊木ちゃん、俺のフォロー上手っ。
「度胸よし、器量よし、常識・マナー・品位よし、将来性あり……」
「ほら、言うことないじゃんっ。もう九割方認めてるじゃんっ」
「春ちゃんは黙ってなさい。年収一千万。それくらい稼げるようになれば、また私の前に現れるといい! それだけデキるのなら、高校生だろうがカッパだろうが認めてあげよう。それまで関係は持たないだろうだろうがね!」
と言い放ち、ひーパパは去っていった。
「持つから。ずっとずっと続いていくんだから! 一千万なんてなくても十分幸せだし。ね?」
「うん。それはそうだけど……」
「何?」
「一千万稼げるようになればまた来いってことでしょ? ……それって、付き合うこと自体は、ほとんど認めてない? 黙認状態っていうか……」
「ほんとだ!」
ぱちん、と柊木ちゃんが両手を合わせた。
本人に訊けば、認めないの一点張りだろうけど。また現れるといいって言っちゃってるし。
言葉の綾なのか単なる弾みなのかはわからないけど、ともかくそう言った。
「よかったのかどうか、まだ手放しでは喜べないけどね」
「よかったに決まってる! お父さん、基本的に思ったことしか言わないから」
気持ちの面では大反対だけど、たぶん、柊木ちゃんが自分の元からいつか離れていくことはわかってるんだろう。こうして家を離れて自立しているわけだし。
「色々と立て込んでタイミングを逃したけど、柊木家や春香さんの話、いっぱい訊かないと」
「……そうだね……あたしも、言いにくいところがあったから、ずっと話さないでいたけど……ちゃんと話すね?」
一段落したせいか、柊木ちゃんが彼女モードに入った。
キスしたいって顔に書いてある。うずうずしていた。
「待って。まずは、ちゃんと今日のお見合いを済ましてからね。大人なんだから」
「むぅ……誠治君は、あたしより大人だから困るんだよね……」
まあ、中身は実際そうだから。
「そういうところも頼りがいがあっていいんだけどねっ。年下なのに頼りがい。そのギャップに、春香さんは、いつもキュンとしてしまうのです……」
照れくさそうに言うと、俺を見ることなく柊木ちゃんはラウンジのほうへ去っていった。
夏海ちゃんにお礼を兼ねて報告のメールを送っておく。
『どうにかなった。ありがとう。けど、パパさんに俺のことを知られた』
『うぇ……パパに? どうだった?』
『完全拒否。高校生がどうこうっていう以前の話だった』
『でしょーねー!(笑)』
その後、柊木ちゃんは普通にあの一人暮らしの家へと帰ってきた。
どうやら軟禁していたのは、お見合いをするからという理由だけだったらしく、終わったあとは自由だったみたいだ。
事情をきちんと知るため、俺は柊木ちゃんちへとむかった。
「今回は、色々と心配かけてごめんね? それと、ありがとう。来てくれて嬉しかったし、変なことをされそうになったとき、助けてくれて」
「それは別に……。それで、春香さんちは、何やってるの? すげー金持ちそうなんだけど」
「あぁ……やっぱりわかるよね……」
苦笑して、柊木ちゃんは続きを語った。
柊木家というのは、明治時代に財をなした一族らしく、由緒正しい家柄だそうだ。
先生をしているだけあって、説明に淀みはなかった。
「今は、会社を経営している程度の落ちぶれ方だけど……HRG社って聞いたことある? 高校生は、あまり知らないかな」
「え。HRG!? あ、柊木だから?」
そういうこと、と柊木ちゃんがうなずく。
HRGは、タイムリープ前に俺が仕事をしていた会社で、ネット関連や通信事業を扱っている大企業だ。
「知ってるんなら、話が早いね。お父さんがその会社の取締役社長。それであたしは、大事に大事に育てられすぎて、卒業後は就職させられる予定だったんだけど、嫌になっちゃって……元々夢だった教師になったの」
ひーパパ、俺の会社の社長だったのか……。どうりで見覚えがあると思った。
「学校は、夏海が今通っている中高一貫の女子校で……大学も女子大で、両親が決めたところに大人しく通って勉強してたんだけど……今こうなってるのは、その反動かな?」
「色々と合点がいったよ。春香お嬢様」
「ちょ――それやめて。実家では本当にそう呼ばれるんだから!」
頬を膨らませて柊木ちゃんが軽く俺の肩を叩く。
世間知らずだったり、この年で付き合った人数ゼロっていうのも、納得がいった。
「こんなあたしですが……今後もよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
小さく頭を下げて、目が合うと俺たちはぷっと吹き出した。
「誠治君っ♪」
辛抱できなくなった柊木ちゃんは、俺にしがみついてぎゅっと抱きしめた。
もちろんこのあとは、三日ぶりのイチャイチャを唇がふやけるくらい楽しんだ俺たちだった。
次回からまたイチャバカ日常モードに戻りますー