授業中、内緒のやりとり
とある世界史の授業中のことだった。
小テストの穴埋め問題をしていると、教室の中をそれとなーく柊木ちゃんが歩き回って生徒たちの様子を見ている。
こうしてみると、先生っぽいんだけどなー。いや、先生なんだけど。
あ、目が合った。
柊木ちゃんが、照れくさそうにはにかむ。
先生。
授業中にそんな可愛いリアクションはずるいと思います。
ほわわわん、と俺が和んでいると、隣の藤本が視界にカットインしてくる。
「真田。五問目、答え何?」
「わかんねーよ」
俺も今やっているところで、ちょうど詰まっていた。
ていうか、訊いてくるなよ。一応小テストだぞ。
「真田くん、私語しないでください」
すかさず柊木ちゃんが俺を注意する。
しかつめらしい先生顔をしていた。
『今は先生と生徒なんだからね?』
って、顔に書いてあった。
悪いのは俺じゃなくて藤本なんだけど、先生ぶる柊木ちゃんは可愛いので、また積極的に注意されたいと思う。
期末テストほどの緊張感はないけど、クラスのみんなは真面目に問題を解いている。
ゆっくり、ゆっくり、柊木ちゃんがこっちに近づいてきた。
足音が気になって集中できない。
俺の隣を通り過ぎようかというとき、柊木ちゃんがかがんで、何かを拾った。
「真田くん、消しゴム」
消しゴム? 俺のは机の上にあるから、藤本のだろう。
それを言おうとすると、柊木ちゃんが机の上に新品の消しゴムを置いた。
ケースから、紙切れがちょっとだけ飛び出ていた。
それを引き抜いて、畳んであった紙切れを開くと、文字が書いてあった。
『五問目は、ハプスブルク家だよ♪』
答え書いてあるうううううううう!?
出題者が答え教えちゃってるうううううううう!?
一体、今俺の身に何が起きた――――!?
藤本に五問目の答えを訊かれて、わからないって言ったからか……?
こっそりと、通り過ぎた柊木ちゃんを見ると、むこうもこっそり俺を振り返っていて、にこりとエンジェルスマイル。
『今は先生と生徒なんだからね?』的な顔をした人との行動とは思えないんですけど!
しかも、渡し方が巧妙……。
俺が消しゴムを落としたという設定を立てて、拾ったフリをして、手紙入りの新しい消しゴムを置く。
授業中に手紙なんて脇甘々か!
授業中もノーガードですか!
何考えてんだよ、もう。
………………。
返事書こ。
「わかんねえって言ったくせに、おまえ、五問目解いてるじゃねえか」
おれの答案をのぞき込んだ藤本が、裏切り者を見るような目で俺を見てくる。
悪いな、藤本。
そんなちっちゃな裏切りどころか、彼女ができた俺は、おまえを大きく裏切ってる。
ぼっちマンを適当にいなしながら、俺はテストそっちのけで返事を書く。
『ありがとう。結構難しいね、テスト。頑張ります』
さて。
この返事をどう渡そうか。
今は黒板の前で教室全体を見回している柊木ちゃん。
テスト中、俺が席を立って直に届けるのは明らかに不自然。
誰かに渡してもらうのは、当然なしの方向で。
となると、またこっちに来てもらうしかないんだけど……。
目が合うと、柊木ちゃんは『わたし、超いいことしたでしょ?』とでもいいたそうな顔をする。
いいことといえば、そうなんだけど……教師としてそれどうなんだ。あ、今さらだった。
何かを察した柊木ちゃんが、先生、今巡回中ですよーと生徒の進み具合をのぞきながら、こっちにやってくる。
「先生。これ、俺のじゃないです」
返信入りの消しゴムを柊木ちゃんに返した。
「あ、そう? ごめんね」
「いえいえ」
消しゴムを見た柊木ちゃんが紙切れに気づいて、ぽ、と赤くなった。
『ええええ、やだあ、返事ちゃんと書いてくれてるうううう』
と言いたそうに、俺を見て胸を抑えている。
キュンとしたらしい。
柊木ちゃん、先生顔! 先生顔に戻して! ゆるみっぱなしだ。
さすがに、ゆるみ方が自分でもひどいと思ったらしく、プルプルと顔を振って、先生顔になると、隣を通り過ぎていった。
ここに来るまでは、できてるかなー? て感じでのぞいていたのに。
歩行速度が一〇倍速になった柊木ちゃん。
ツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカ。
即行教卓の前に戻った。
はええええええええ!
どんだけ返事読みてえんだよ!
残像がちょっと見えたわ!
俺の返信をこっそり確認し、ひとしきりニマニマすると、教室のみんなに問いかけた。
「小テスト、難しかったかな?」
それ、俺がさっき書いたやつだろ!!
難しいっていうのは俺の主観だから。
すでに回答が終わっている優等生たちは、みんな首をひねっている。
「難しくはなかったですよ?」
ああ、やっぱり俺や藤本が勉強不足なだけなんだ。
柊木ちゃんがぶんぶんと首を振った。
「難しいですう! 今回のは。たぶん」
俺の頭の悪さを庇おうとして、なんか変な感じになってる!?
尋ねた側が、返答を否定するっておかしくね!?
あ、はあ。って優等生男子が呆気に取られている。
そりゃそうなるわ。
「もう、終わった人は多いみたいだし、そろそろ……? いいかな……?」
チラチラ、と俺を見る柊木ちゃん。明らかに、俺に言っている。
この先生、カモフラージュ下手な人だ!
一応問題を解き終えていた俺は、目は合わさないまま何度かうなずいた。
「はい、終了。時間がちょっとオーバーしてるけど、そこまででーす」
俺が終わるの待ってたんだ。
もう、俺の特別待遇がすごい。
本人は、隠しているつもりだろうけど。
後ろから答案が前に送られ、俺も自分の分を合わせて前に送る。
「柊木ちゃんって、なんかフワフワしてて可愛いよなー」
魅力に気づいたらしい藤本が改まって言った。
「うん。可愛いだろ」
「え、何でドヤ顔」
クラス全員の答案を持って、とんとん、とまとめた柊木ちゃん。
「きょ、今日はここまでです……あ、あとの時間は、自習してください……」
顔を赤くした柊木ちゃんは、教科書やら出席簿やらを持って教室から出ていく。
まだ授業は、二〇分も残ってる。
……俺と藤本の会話、聞こえてたっぽい?
この日の昼休憩。
「授業中にあんなことを言うのは、反則だからねっ」
思い出してまた顔を赤くする柊木ちゃんに、俺は注意された。
反応が可愛いので、これからも積極的に叱られていこうと思う。