柊木家の事情2
食事を済ませた柊木ちゃんたちは、店を出ていった。
俺も会計をしてあとに続く。
柊木ちゃんが教えてくれたプランは、このあと、俺でも聞いたことのある有名な庭園が屋上にあり、そこで『あとは若い二人で』っていう感じで、散歩をするらしい。
乗り気ではないにせよ、今日は終わりまで付き合わなくてはならないそうだ。
柊木ちゃんとアラサー坊ちゃんを追いかけ、俺も庭園に入る。
有名な庭師が作ったらしい庭園は、水と緑と色とりどりの花であふれていて、なんだかファンタジー世界に迷い込んだみたいだった。
「庭、とても綺麗ですね……」
「あ、はい……」
たどたどしく二人が会話をしていく。
柊木ちゃんは、日傘をさしていて表情をうかがうことはできない。
こそこそしながら、俺は二人についていった。
「今日は、ありがとうございました。とても綺麗な方だったので驚きました」
「いえ。そんな。とんでもないです……」
控えめな謙遜が、ご令嬢ぽい柊木ちゃん。
けど、今日の柊木ちゃんは、アラサー坊ちゃんの言う通り綺麗だ。
まあただ、口説くのなら俺を通してもらっていいですかねぇぇぇぇえ?
「ああ、気にしないでくださいね。僕のような男……モテないのはわかってるんで、女性の反応を見れば、だいたいわかるんです……」
うっ、ツラっ……。
うんうん、わかる、わかる。
木陰のベンチに座った二人を俺は声が聞き取れる距離で監視する。
「そんなことないですよ? 三条さんだって、ステキな方だと思いますし……」
柊木ちゃんの口調や、アラサー坊ちゃんこと三条さんの風貌で、それがお世辞だというのがよくわかった。
お金はありそうだけどモテそうにない。社交性も低そうだし、しゃべりも上手くない。
大人なら、お金があればモテるって話、あれは嘘だったのか……!?
変なところで俺はショックを受けていた。
「ステキ……? 本当ですかっ?」
おいおい、オッサン。社交辞令のお世辞だ。間に受けんなよ。
あのタイミングで、「まあ確かにモテなさそうですもんね」なんて言うスパイシーな日本人はなかなかいないだろう。
「えと……ええ、まあ」
困りながら柊木ちゃんがうなずくと、二人の間にあった距離を三条坊ちゃんが一気に詰めた。
柊木ちゃんが体を強張らせるのがわかった。
俺の頭の中では、第二種戦闘配置のアラートが鳴っている。
さっき聞いた話だと、三条お坊ちゃんは、誰もが聞いたことくらいある老舗企業の四代目にあたるそうだ。
柊木家からしても、今回の見合いは願ってもない話だったらしい。
だから、気に入る気に入らないは別として、穏便に済ませたいのだとか。
「ぼ、ぼ、僕の、ど、どこが、よ、よかった、で、ですか……」
「っ」
柊木ちゃんに三条坊ちゃんが顔を近づけていく。
手が、膝の上にのって、スカートの上から太ももを何度も撫でた。
「ねえ……どこがよかったです? 僕の、どこが気に入りました?」
「……あの、ご、ごめんなさい……っ、やめて……ください……」
俺は事なかれ主義だし、他人とケンカなんかろくにしたことないし、平穏無事に済むんなら、むこうが多少悪くても、俺は頭を下げて謝るタイプの弱っちい人間だ。
「僕と結婚すれば、遊んで暮らせるんですよ? 何が『やめてください』なんですか?」
「……あたし、その……好きな人が……親にも言っていない恋人がいて……だから……ごめんなさい……そういうつもりで、ステキだと言ったんじゃないんです……」
プチン、と切れていた俺は、二人の座るベンチにむかった。
俺だってまだ正式に触ってねえんだぞ、あの太もも!!
鼻白んだような三条坊ちゃんは、柊木ちゃんの手首をつかんだ。
「じゃあ、じゃあ――別にいいでしょ一回くらい! スイート取ってあるんです、行きましょう。ヤらせてくれたら、今日の無礼は水に流しますから、ね? 行きましょう」
「――――だからモテねえんだよッッ!」
ギリギリと爪が手のひらに食い込むほど固く握った拳を、思いきり三条坊ちゃんの顔面に叩き込む。
ぎゃう、と潰れたカエルのような鳴き声で、ベンチの後ろに勢い余ってひっくり返った。
怯えていた柊木ちゃんが、俺の背中に隠れた。
「痛……ッ。だ、誰、ですか……!?」
「通りすがりのタイムリープ中のアラサーですが、何か?」
「た、た、他人のくせに――傷害事件だ! 警察! 警察を呼ぶぞっ」
「嫌がってる女を強引に部屋に連れ込もうとしたやつが、警察? 笑わせんな!」
「ぶふぅ……」
冷静になりつつある俺は、このとき閃いた。
通りすがりの人Aのフリをすれば、柊木ちゃんの迷惑にはならない。
けど、いまだに震えている柊木ちゃんは、俺の手をガッツリ握ったまま。
『そんじゃあ』って言って、颯爽と去る予定が大幅にズレつつある。
「……ありがとう、誠治君」
名前呼んじゃってるぅうう。
「と、と、ともかく、女の人に勝手に触んな。どこ触ろうがそりゃ痴漢とおんなじなんだよ! あと、その年まで生きて社交辞令かそうでないかもわかんねえのかよ。空気くらい読めよ。だから金があるのにモテねえんだよ」
今俺は、超ド級の殺人ブーメランを投げた。
けど、知ったこっちゃねえ。悪いのはこいつだ。
「おまえみたいなやつに、僕の気持ちなんかわからないだろう……!」
「わかるわ、ボケッッ! だから、教えてやる。そういうことしたいんなら、お店に行け」
アラサーからの大人としてのアドバイスだった。
「くそう……ぐふぅ……僕は、愛がほしかっただけなんだ……」
「嘘つけ。ヤりたかっただけだろ」
このオッサンは、まったく。下半身思春期かよ。
「あ、あたしにイヤらしいことをしようとしたって、うちの両親の他に、三条さんのご両親にもお伝えしますからっ!」
涙目になりながら、柊木ちゃんが金切り声を上げた。
でも俺の後ろに隠れたまま。
……ビビってるけど、頑張る柊木ちゃん可愛い。
「そ――それだけは、どうか……勘弁してください」
三条坊ちゃんがおでこを地面にこすりつける土下座をする。
「イヤらしいことをしていいのは、お店か、恋人だけですっっ!」
スパシーンッ!
柊木ちゃんが日傘で三条坊ちゃんのケツにワールドクラスのフルスイングした。
それで気が済んだらしく、どうにかこの場は収まったのだった。
来週も土曜日12時更新です。
よろしくお願いします。