家庭科部の活動 後
「……」
「……」
「…………」
「…………あ、ミスった。またここやり直し……」
翌日の放課後、俺は奏多と一緒に家庭科室でミサンガ作りに励んでいた。
ラジオだったら放送事故確実ってくらい、俺たちの間に会話はない。
たまーに、ちらっと俺のほうを見て、またすぐ奏多は手元に目を戻す。
奏多は気にしないのかもしれないけど、若干の気まずさがある……。
「か、奏多は進路決まった?」
ぷるぷる、と小刻みに首を振ってノーを示す。
「そっか」
「…………」
「……」
「…………」
く、空気が重い……。
紗菜を召喚しようにも、あいつまっすぐ家に帰りやがったし。
「ゲーム関係の会社、とか……興味ないの?」
「ゲーム?」
お。ようやく反応した。
「そうそう。ゲーム好きなら作ってみようって思ったりしないのかなって……」
「……好きと仕事は、別」
もっともなこと言われた!?
この人、将来的に紗菜が入社するゲーム会社の先輩になる人なんですけどー?
紗菜は家で今日もミサンガ作りだし、柊木ちゃんも仕事から帰るとチマチマと作っているらしい。
『あたし、絶対に勝つから!!』
昨日、夜に電話をしているとそう柊木ちゃんは意気込んだ。
二四歳、高校生相手に超ガチなのだった。
『勝負の厳しさってやつを先生がきちんと教えてあげるんだから。これがリアルだ、ってね!』
大人げの欠片も持ち合わせていない柊木ちゃんだった。
「……誠治君……腕、いい?」
「腕?」
ぐいっと掴まれて、ぺたぺた、と奏多が俺の左腕を触る。
「何、どした?」
「サイズ。……紗菜ちゃんと同じで、色白……腕も細い」
部活してないからな。
色白っていうほど白くはないけど、基本的に外には出ないし、運動をしているわけでもないから、年中日焼けしないし腕も細いままだ。
ふにふに、と夢中で奏多が俺の腕を触る。
「まだ?」
「……ぐって拳を作ってみて」
「え? こう?」
グーをしてみると、腕にできた筋肉のラインを奏多がなぞる。
「……力強くはないけど綺麗…………それでいて、いやらしい」
「たったこれだけで何想像したんだ」
俺の腕をいやらしいものとして見るのはやめてほしい。
それから何度か、ふにふに、と俺の腕を触った奏多。
「……わかった」
何がわかったんだよ。
相変わらず優等生の奏多は謎の部分が多い。
どんな人なのか紗菜に訊くと「カナちゃんは普通の女子よ?」と、むしろそんな質問をする俺のほうがおかしい、みたいなノリだった。
俺も俺で、ミサンガを製作するのに、二日ほど費やしてようやく完成した。
そして三日後。
放課後は家庭科室に集まって、ミサンガ発表会と相成った。
「兄さんは、誰がどれを作ったかわからないように、むこうむいてて」
「へいへい」
くるり、と柊木ちゃんと紗菜、奏多に俺は背をむけた。
まあ、紗菜のは作ってるところ見たから、すぐにどれかわかると思う。
奏多のも以下同文。
ってなると、消去法で柊木ちゃんのがどれかもわかるんだよなぁ。
背をむける意味あるのか?
「サナのはこれ! もう超カンペキ!」
「紗菜ちゃん、頑張ったね」
「へへん。そうよ、サナ、頑張ったんだから――って。先生今ちょっと小馬鹿にしたでしょ!?」
「……小馬鹿にはしてなくて、子供扱いしたと思う」
「カナちゃん。サナへのディスをきちんと解説しないで。っていうか、そういう先生のはどうなのよー?」
「柊木先生のは、これ」
「えー!? これ、ズルよっ!」
「ズルじゃないよ。人聞き悪いこと言わないで」
ズル? 柊木ちゃん、何したんだ?
「なあ、もういいかー?」
いいよ、と三人の声が揃って俺はみんなのほうをむきなおす。
左から、紗菜の作った赤、白、青のフランスミサンガ。ぶきっちょながらも、きちんと作り上げていた。
俺が手にとると、そわそわして、紗菜は目を左右に泳がせている。わかりやすいやつ……。
真ん中のが、奏多のミサンガ。俺が選んだ色の青、白、黒色で、丁寧に作られている。
で、最後……。
……どう考えても柊木ちゃんのなんだよな……。
そわそわしながら、俺の様子をうかがっている柊木ちゃん。
「そわそわ。そわそわ……」
口でも言ってる!?
「真田君。三人の作った中から好きなミサンガを選んで、交換しましょ?」
すまし顔で柊木ちゃんは言う。
肝心の柊木ミサンガはというと、ひとつ、ふたつ、みっつ……全部で二〇個あった。
どんだけ俺のミサンガ欲しいんだよ!
二〇個も作れば、気に入ったひとつやふたつ、そりゃ出てくるでしょうねぇ!?
大人げねえ。
圧倒的な物量で戦場を支配する気だ……。
「ほぅら、兄さんも引いてるじゃない。そんなにたくさん作るなんてズルよっ」
「ズルくないですー。誰もひとつだけ作るなんて話はしてませーん」
子供かよ。
でも、個数の話はしてないから、筋の通った理屈ではある。
柊木ちゃんの顔には『彼女としての意地とプライド』って書いてあるのがわかった。
「……だから、製作期間は三日……?」
「むふふ、気づいた? 先生が完全に勝利するための作戦だったのよん♪」
「なんかもう、本気すぎてちょっと引くんだけど……」
「……うん、ちょっとだけ、引く」
「先生は、どれか一個を代表にして?」
「ええええええええええええええええええええええ!?」
「あ。それ、いいわね」
「……うん、妥当」
渋々といった様子で、柊木ちゃんは一番のお気に入りのひとつを代表に選んだ。
「兄さん、選んで。どれを選んでも文句は……言うかもしれないけど言わないように頑張る」
紗菜が言うと、柊木ちゃんと奏多がうなずく。
「それじゃあ……」
ひょい、と俺は紗菜のミサンガを掴んだ。
「え。さ、サナの? それでいいの!?」
「うん。俺のと交換」
ポケットに入れていた紗菜用のミサンガを渡す。
「う、嬉しい……。じゃなくて。兄さんもちゃんと作れるんじゃない」
両手の平の上においたミサンガをじいん、と眺めている紗菜。
こんなときでも、憎まれ口は忘れないらしい。
紗菜のイメージに合うオレンジ色を中心に作った物だ。
今度は、奏多のを掴んだ。
「……? 紗菜ちゃんのと交換したんじゃ……?」
「何個作っても別にいいんだろ?」
奏多用に作ってた緑色中心のミサンガを渡す。
「……あ、ありがとう……大事にする」
「え、え? ということは……!?」
しょげていた柊木ちゃんが目を輝かせた。
「先生のもあるよ。これ。どうぞ」
「ありがとう……先生も、大事にする……」
手にしたミサンガをまじまじと見つめては柊木ちゃんは感激している。
「みんながほしがるんだったら、三個作りゃいいんじゃね? っていうことで……」
って、みんな、自分の腕にはめてみたり、さっそく長さを調節したりしていて、全然聞いてない。
けど嬉しそうにしてくれるんなら、頑張って作ったかいもあったってもんだ。
「兄さん、ちなみに一番は……?」
「え? 一番? ……熱意は先生。努力は紗菜。物の完成度は奏多ってことで……ドロー」
「「「ま、いっか……」」
もう判定なんてどうでもよくなっていたらしく、手首のミサンガを見つめながら、満足そうにする三人だった。
次回からは、また夏休みの話に戻ります