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プール2


「春ちゃん、絶対に空き巣君の隣から離れないね……徹底してるね」

「え、そうかな。いつもこんな感じだよ?」


 俺もそれがいつも通りなので、夏海ちゃんに言われるまで気づかなかったけど、確かにベッタリだった。


 遊び疲れた俺たちは、プールサイドで買ってきた焼きそばやたこ焼きを三人で食べていた。


「あたしがお弁当作ってくればよかった……」

「こういうのも味なんだよ、春ちゃん。この安っぽさがいいっていうか」


 そうかな、と柊木ちゃんは首をかしげている。

 焼きそばやたこ焼きのクオリティは推して知るべしってところだけど、こっちのほうが、逆にレジャー感があるのは確かだ。


 ゴミを捨てようと席を立つと、曲がり角で誰かとぶつかった。


「あで!?」

「きゃん」

「ごめんなさい、大丈夫……です、か……」


 俺の目の前で尻もちをついていたのは、紗菜だった。


「こ。こ。こ、こ、こ、こちらこそ、ご、ごめんなさい……っ」


 人見知りモード全開で、俺のほうを見ようともしない。


 凹凸のない体に、今日は水着を着ていてる。


 こいつ……何でこんなところに……!?

 あ、そういや今日は遊びに行くとかなんとか言ってたな……。


 俺がくるっと背をむけようとしたとき、かすかに紗菜がちらっとこっちを見たのがわかった。


「あれ。兄さん?」

「いえ、違います……」

「兄さんじゃない。背中にあるホクロ、兄さんのだもの」


 観念した俺は、足を止めた。


「何してんだよ、こんなところで」

「サナは、カナちゃんと遊びに来ただけだから。兄さんこそ、友達もいないのに何してるのよ」

「おまえはひと言余計なんだよ」


 そうだよ、俺に友達って言えるのは藤本くらいだ。ギリギリ友達のライン。


 あ、やばい。俺、柊木ちゃんと夏海ちゃんと来てる。


 柊木ちゃんに至っては、変装道具も何もないから――いや、待てよ。

 俺が柊木姉妹と偶然にも遭遇したってことにすればいいのか。


「だ、誰と来たの……? まさか、一人で来たなんて言わないわよね……?」


 半目で紗菜が疑わしそうに俺を見つめる。


「そ、そうだけど? ストイックに泳ごうかなって思って」

「ふ、ふうん……兄さんが寂しそうだから……特別にサナたちに混ぜてあげてもいいけど? 特別にね、特別に」


 紗菜は、優しいのか優しくないのかイマイチよくわからん。

 けど、ここは断固として断らないと。


「いいって。気持ちだけもらっておくよ」

「き、気持ちだけもらわないでよっ、別に、変な意味じゃないんだからっ」


 何顔を赤くしてんだ、こいつ。


「空き巣君、何してんのー? 春ちゃんが――」


 うおおおおお!? この状況で一番ややこしい人来たあああああ!?


 妹同士、邂逅の瞬間だった。


 紗菜を見ると、夏海ちゃんが冷た~い視線を俺に寄越す。


「誰、これ」

「あ……あ、あ…………あ、あなたこそ、だ、誰ですか…………」


 紗菜の人見知りが発動して敬語になってる。

 すすすすす、と紗菜が俺の後ろに隠れた。


「こいつは、俺の妹で……ばったり今会ったんだ」

「あ、なんだ、そういうことか。よかった」


 にっこり、と夏海ちゃんに笑みが戻る。

 ……浮気相手か何かだと勘違いしてたな?


「兄さん、この口が悪そうな女、誰っ? 一人で来たんじゃないの……?」


 俺は夏海ちゃんに目配せする。

 俺と柊木ちゃんの関係は、誰にも知られてはいけないっていう基本的なルールの確認だ。


 パチパチ、とウインクを二度して了解の合図をしてくれた夏海ちゃん。


「ウチは、新城館(しんじょうかん)女学院高等部三年の、柊木夏海」


 ふん、とお嬢様ぶってみせる夏海ちゃんが、肩にのった髪の毛をぱさっと払ってみせる。

 普段こんなキャラじゃないから、演技でやってるんだろうなっていうのが、なんとなくわかった。


「新城館って超お嬢様……。真田紗菜です……こ、コンニチハ。さ、サナは……蓮森(はすもり)高校で……兄さんと同じ学校の一年です……」


 たどたどしく、どうにか紗菜が自己紹介をした。

 うんうん、昔は初対面の人とは、挨拶もできないし、ろくにしゃべれもしなかったのに、ずいぶんと成長したなぁ……。


 胸はさっぱり成長してないけど。


「えっと、夏海ちゃんは、柊木先生の妹で、今日は二人で来てたみたいなんだ。それで、俺が一人でストイックに水泳しようとしてたら、そこでばったり会っちゃって」


 参ったなーハハハハ、と俺が笑い飛ばしていると、しらーと紗菜は夏海ちゃんを見て、夏海ちゃんも応戦している。


「なるほどねぇ……こんな侵入者用赤外線センサーみたいな妹がいるから、空き巣君、カノジョができなかったんだよ。春ちゃんも大変だ……」

「だ、誰が赤外線センサーよっ」


 今度は柊木ちゃんがやってきた。


「あー、紗菜ちゃんだ! こんにちは。今日はどうしたの? 井伊さんと来たの?」


 ぷるぷると揺らすところを揺らしながらこっちに歩いてくると、紗菜がガタガタと震えはじめた。


「な、何よ、あれ……、先生……おっぱい……え。うそ……」


 ちょんちょん、と紗菜が自分の胸元を触る。


 何回触ろうが、紗菜、残念だがないものはないんだ。

 おまえのおっぱいは、舗装されたままで雑草ひとつ生えない不毛の大地なんだ……。


「うん、妹ちゃんの気持ちは、ウチもわかる……」


 しょぼん、と夏海ちゃんも肩を落とした。

 顔立ちは似ているけど、体つきはそれほど似ていない姉妹。


「えと、カナちゃんは、あとで合流するから……今はサナ一人で……いるんだけど」

「今一人なの?」

「……に、兄さんには関係ないでしょ……」


 唇を尖らせてぷい、とそっぽをむいた。

 寂しかろうとこっちに入れてあげようと思ったのに。こいつめ……。


「紗菜ちゃんがよかったら、あたしたちと遊ばない?」


 俺の意図がわかったのか、柊木ちゃんが誘ってくれた。

 目が合うと、口元で小さく微笑んだ。


 俺のやりたいことがよくわかっている柊木ちゃんだった。


「いいなら、いいけど……」

「春ちゃんがいいなら、まあ。じゃあ妹ちゃんも来なよ。あそぼ」


 カクカクカク、とブリキのおもちゃみたいに紗菜がうなずいた。

 こういうふうに遊ぶのに慣れてないんだろう。

 かくいう俺も、紗菜の立場だったら多少緊張もしただろうけど。


 夏海ちゃんが紗菜の手を引いて歩き出した。

 にこにこ、と柊木ちゃんが二人を見守っている。


「よかったね、紗菜ちゃん」

「なんか、ごめん。せっかくのプールなのに」

「謝らないで? 誠治君は、妹思いのいいお兄ちゃんなんだなってわかって、ちょっと嬉しかったから」


 俺たちも紗菜たちのあとについて行く。


「妹思いだと嬉しいの?」

「妹っていうよりは、家族を大事にする人だと好感度アップって感じ」


 よくわからないけど、そういうもんらしい。


 やってきたのはウォータースライダー。


 結構な高さから、ぐるぐるとゆっくり回りながら降りていくタイプのやつだ。


 人が多ければ結構待つだろうそれも、今日は待ち時間なしでスムーズに使うことができた。


 二人一組で、ビニールのボートに乗って滑り降りていくらしい。


「ここは……、兄妹と姉妹で、別れればちょうどいいんじゃないかしら……」


 すす、と紗菜が俺に近寄って、するりと腕を控えめに絡ませる。

 ちょっと柊木ちゃんが悲しそうな顔をした。


「何言ってんのよー、ここは、妹同士で組もうよぅ」


 おお、さすが、察しがいい。

 俺をお尻でドンとどかした夏海ちゃんが、紗菜にくっつく。


「さ、サナたち、初対面だから一緒に滑れない、恥ずかしいからっ」

「恥ずかしくないって、大丈夫、大丈夫、優しくしたげるから♪」

「サナの貞操が危ういっ」


 危うくねえよ。滑るだけなのに何想像してんだ。


 ニヤニヤした夏海ちゃん。


「あーそっかそっか、妹ちゃんは、大好きなお兄ちゃんと一緒に滑りたいんだ? ごめんね、ウチ空気読めなくて」

「ふ、ふんっ。サナが兄さんと一緒にやりたいなんて、あり得ないから。兄さんがやりたそうな顔をしてたから、さっき提案しただけだし」

「あり得ないんならいいじゃん。ウチと一緒にやろー」


 がしっと紗菜の細腕を掴んだ夏海ちゃんが、ぐいぐいと紗菜を引っ張ていく。


 夏海ちゃん、このセリフを狙ってたな。キレ者め……。

 けど、俺たちの味方でいる間はかなり心強い。


 売りに出される仔牛のような切なげな瞳で、紗菜はじいと俺を見つめていたけど、「はいはい、乗った乗った」と夏海ちゃんに急かされて、ビニールボートに乗り込んだ。


 きゃー、と夏海ちゃんの楽しそうな悲鳴と紗菜の本気の悲鳴が聞こえた。


 うわ。結構なスピード……。


 係のお兄さんに「ぎゅっと詰めて座ってくださいね」と簡単に説明される。


「誠治君、どうする? 前と後ろ」

「そうだな……」


 俺が前で、ぎゅっと詰めて座るとなると……絶対にあの兵器ことおっぱいが背中にあたる。

 きっと、ウォータースライダーどころじゃなくなる。


「じゃあ、後ろで」

「了解♪」


 ボートの前に柊木ちゃんが座って、その真後ろに俺が座る。もっと詰めてください、とお兄さんに言われるので、戸惑いつつ言われたように座る。


 ううん、結構な密着感。柊木ちゃんとお尻と俺の股がくっついているレベル。


 不覚! これはこれで、俺の変化を柊木ちゃんに知られる恐れがッ!?


 持ち手の部分をがっしり握っていると、柊木ちゃんがこそこそとつぶやいた。


「ウォータースライダーだもんね……『事故』があったとしても、先生、怒ったりしないからね? 大丈夫だよ」


 事故……? どういうこちゃ。

 俺が首をかしげていると、後ろを係のお兄さんに押され、一気に滑り降りていく。


 うおおお、思った以上に早いっ!? そりゃ、悲鳴出るのもわかるわ。

 ぎゅっと握っていた持ち手が、態勢を崩した弾みで離してしまった。


 やばい、ボートから落ちそう――、と無我夢中でどうにか柊木ちゃんに捕まった。


 ふにっ。


 あれ――。


 ふにふに。

 ま、まさか、この感触は――――っ!?


「ふぐう……っ」


 柊木ちゃんが羞恥で悶えているっ!?


―――――――――――――――――――――――――――







          自主規制









―――――――――――――――――――――――――――



 あ。俺、さては今日死ぬな? って思った瞬間、ザバーン、と水の中に投げ出された。


 水の中から顔を出すと、柊木ちゃんがいない。

 どこだ……?

 あ、たぶん、裏返っているボートの下かな?


 潜ってそこまで行くと、予想通り柊木ちゃんがいた。


「ふぐう……、誠治君に色んなことされた……」


 思い出しては顔を両手で覆っている。


「や。その、ごめん、事故だから半分くらい……もう半分は、その生物として仕方ない感じで」

「事故はオッケーだよ……け、けど、あんなに長く事故が起きるとは思ってなかったから、あたしも驚いて……今度は、誠治君が前ね!」

「お、おう……大将関係、どうにか頑張る……」


 次のターン、めちゃくちゃおっぱいを背中にぶつけられた。

 大将関係は、やっぱりどうにもならなかった。

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