夏祭り2
暗がりでイチャイチャ休憩を挟み、花火が見やすくて静かな場所を探して、俺と柊木ちゃんことレッドは色々と歩き回っていた。
「ううん、どこもカップルばっかりだったね」
「やっぱり、みんな考えることは同じらしい」
だねー、とレッドがくすくす笑った。
レモン味のかき氷を手にしているレッドが、スプーンをお面の口にべちゃとつける。
「あう。また失敗した」
お面をつけていることをときどき忘れるくらい、レッドが馴染んだらしい。
花火の開始時間が近づくにつれてどんどん人が増えていった。
ここではぐれたら探すのはひと苦労だな。
「あ。兄さん!」
うげ。紗菜っ!?
正面から、浴衣姿の紗菜と奏多がやってきた。
柊木ちゃんを見ると、またスプーンをお面の口に激突させて、食べるのに失敗していた。
よ、よし……レッドのままならたぶんバレない。
慌てて俺は頭の上にのせていたひょっとこのお面を被る。
「なんだかんだで、兄さんも来てるじゃない」
「いえ。自分、ひょっとこなんで」
「……兄さん、もう遅いわよ? 服だって、家を出る前に見かけた服装だし。何よ、ひょっとこって」
「……誠治君、その程度の変装では、さーちゃんから逃れられない」
俺は観念してお面を頭の上に戻す。
「てか、紗菜だって来てるじゃねえか。行かないって言ってたくせに」
「か、カナちゃんが行きたいって言うから、サナは付き添いで……」
とか言いつつ、本当はたぶん逆なんだろうな……。
「そっちの女の人は?」
「え? ああ、こっちの人は……迷子のレッドだ」
こくこく、と柊木ちゃんがうなずく。
「リーダーなのに迷子なの!?」
「……可哀想」
「そ、それで俺が他のメンバーを今探してるところなんだ。どこではぐれたんだろうなぁ……」
じい、と警戒心丸出しの猫のように、奏多がレッドを見つめる。
「……どこかで見たことのある体つき……」
ささ、と奏多が横に回ろうとすると、柊木ちゃんが横顔を見られまいと手でガード。
「……さすがはレッド……できる……!」
何してんだ。
「い、今ね、花火が見えるいい場所を探してきたの。……どうせ兄さん、一人で見るんでしょう? サナたちに混ぜてあげてもいいわよ?」
「遠慮しとく。一応、先約があるんだ」
「え…………。だ、誰と……? まさか――レッドと!?」
もじもじ、とレッドが照れている。
「だ、ダメよ、兄さん、レッドは! ほ、他のメンバーと見るんだから!」
さっきは適当に探してるって言ったけど、他のメンバーなんていねえよ。
「誰でもいいだろ。詮索すんなって」
「……兄さんの、バカ」
「……さーちゃん、よしよし」
口をへの字にした紗菜を、奏多が撫でている。
本当に仲いいな、この二人は。
「つーわけで、俺は迷子のレッドをお祭り事務局的なところに連れて行くから――」
振り返るとレッドの姿がなくなっている。
「あ、あれ。レッドは?」
「あ。ほんとだ……人波にさらわれたのかしら……」
「……レッドが、また迷子に……」
「じゃ、じゃあまたな――!」
俺は二人に手を振って、人ごみに割って入った。
どこ行ったんだ? ぼんやりとかき氷食ってたら、人波に流されたってところか。
携帯を鳴らしても、反応はない。鞄の中に携帯は入れていたし、気づかないのも仕方ないだろう。
人ごみをかき分けながらレッドを探していると、屋台が途切れたところにいた。
よかった。見つけた。
けど、男たち三人に絡まれている。
こ、これはもしや――お姉ちゃんちょっと俺たちと遊ぼうぜ的なやつでは――!?
お、俺がしっかりしねえと。一応大人なんだし。柊木ちゃんを守らないと。
「えっと……その、困ります……」
「いいじゃねェかよ、ちょっとくらいよォ!」
やばい、マジでテンプレートなやつだ!
「けど、連れがいますから……」
レッドが嫌がっている。
俺がどうにかしないと……!
「じゃあ、ソイツが来るまでいいっしょー?」
「そうそう。時間はいーっぱいあるんだからよォ」
「ちょっと、ほんのちょーっとなんだ」
さっと男たちが三者三様のお面を被った。
「「「――オレたちのレッドになってください!!」」」
どういうナンパだ!!
「オレがブルー!」
シャキンと、一人が構える。
「僕がイエロー」
また別の一人がシャキン、と構える。
「そして俺が――ひょっとこ!」
色で揃えろ!
どうやら、特撮が好きな人たちに絡まれてしまったらしい。ひょっとこは知らん。
「あの、レッド、俺の連れなんです。何か用ですか」
俺は男たちと柊木ちゃんの間に割って入った。
「オレら、レンジャーごっこしてェだけなんスけど」
「そうなんです、僕たち、ちょうどレッドがいなくて」
うんうん、とひょっとこがうなずく。それから俺をじいっと見て、「おぉ……! 同志」と声を上げた。
ガシっと握手された。
あ。仲間と勘違いされた。
「いや、俺のこれは違うから。たまたま買っただけだから」
全力で否定していると、肩を叩かれた。
「いいんだ、いいんだよ、恥ずかしがらなくて」
何これ。ひょっとこ好きを主張するのは恥ずかしい風潮があったの!?
全然人気がないマイナーキャラみたいな扱いだったの!?
「と、ともかく俺たち、花火見る場所を探しててそれで途中ではぐれただけなんです」
「それなら、同志よ。神社の裏手に細い道がある。その道を上れば、小さな展望台に出る。あそこなら、おそらく誰も来ないだろう」
ひょっとこ、ストーリーを進める上での重要な情報キャラかよ。
「あ。ありがとうございます」
「頑張るんだな、若ひょっとこ」
「だから俺はひょっとこじゃねえって」
俺はもう一度ひょっとこにお礼を言って、柊木ちゃんの手を引いて歩きはじめた。
「急にいなくなるからびっくりしたよ」
「あぁ……いっぱい着信が……。ごめんね。気づいたら人に流されてて……」
柊木ちゃんが、手を繋ぎなおすと同時に腕を組んだ。
「さっきは、ありがとう。たぶん、悪い人たちじゃないんだろうけど……困ってたから助かった」
「ううん。おかしなことになる前でよかった」
カラコロ、と柊木ちゃんが下駄の音が聞こえるくらい喧騒から遠ざかる。
祭儀が終わった神社はもう閑散としていて、社務所を出入りする人が数人いる程度だった。
神社の裏手の道ってどこだろう。
「誠治君、ここじゃない?」
柊木ちゃんが指さしたところは、人が一人通れるかどうかの細い階段があった。
転ばないように手を繋ぎ、二人で上へと歩いていく。
しばらくすると、ひょっとこ情報にあった通りの小さな展望台があった。
展望台と言っても、小さな東屋のような雰囲気で、屋根と木造のテーブル、二脚のベンチがある程度だった。
下には屋台の明かりが見え、空には星空が広がっている。
そよそよと吹く風が心地いい。
ベンチに座ってあたりを見回しても、誰も来なさそうだった。
「すっごくいい場所だね」
「ひょっとこは、何者だったんだ……?」
お面を取っていた柊木ちゃんが、さっきのことを思い出してくすくすと笑う。
「お仲間でしょー?」
「いや、違うから」
あはは、と柊木ちゃんが楽しそうに声を上げた。
他人事だと思って、この人は。
そんなやりとりをしている間に、時間がやってきて花火が上がった。
ドン、と真っ暗な夜空に色とりどりの花が咲く。
「綺麗」
花火を見るなんて何年ぶりだろう。
ぼんやりとそんなことを考えていると、肩が触れる位置に柊木ちゃんがちょっとだけ距離を詰める。
手の平を上にむけると、待っていたように手を重ねた。
花火の合間にこっそりとキスをする。
「絶対だよ?」
「え、何が?」
「来年。また来ようって約束……絶対なんだから……」
「うん。約束」
不安そうな柊木ちゃんを抱き締めると、柊木ちゃんも俺の背に手を回した。
「誠治君、大好き、愛してる」
「俺も」
「ちゃんと言ってほしいかな?」
がしっと俺の頬を掴んで、逃がさない柊木ちゃん。
にんまり口元がゆるんでいる。
何回言っても慣れないんだよなぁ……。
「春香さん、愛してる」
「ふぐぅ……っ。あ、ありがとう……」
と、柊木ちゃんが胸を押さえた。
「照れる誠治君が可愛くて、それが見たいんだけど、そうすると、誠治君以上にあたしが照れてしまうという……」
なんだこの人、可愛いな。
終始こんな調子で、誰も来ない小さな展望台で花火を見ながら俺たちはずうっとイチャついていた。