夏祭り1
七月三週目の週末、隣町で夏祭りが毎年催される。
柊木ちゃんは行く気満々で、隣町だからセーフ、という謎の理屈を盾にして、俺に祭りに行こうと迫った。
「行きたい……」
「花火なら、ここからでも見えるだろうし……顔バレの可能性を考えれば――」
「…………」
柊木ちゃんがしゅん、としてしまった。
俺だって、知り合いが誰もいないっていう保証があれば行きたい。
隣町とはいえ、夏祭りの規模は大きく、県内外からお客さんが来る。当然学校の知り合い、中学校の同級生と遭遇する可能性は高い。でなくとも、見かける可能性は大。
「浴衣着るのに……」
……見たい。
「誠治君が、そこまで頑なに拒否するんなら……仕方ないよね……」
「いや、そこまで拒否ってないっていうか……春香さんの本気度を計っていたっていうか……」
「じゃあ、行こ?」
というわけで、次の土曜日、隣町の夏祭りへ出かけることになった。
会場の近くまで車で行って、そこからは歩いて移動。
からん、ころん、と柊木ちゃんが下駄を鳴らす。
普段ポニテにしてる髪の毛は後ろでまとめていて、白い首筋がすぐに見えた。
花の髪飾りもよく似合っていた。
「どう? 浴衣」
「うん。可愛いよ」
「そ、そうかな?」
嬉しそうに頬をゆるめて、『もっとちょうだい』の雰囲気を出してきた。
「水色の明るい感じが、春香さんによく似合ってていいと思う」
「えへへ。ありがと♪」
浴衣もそうだけど、全体的な完成度はかなり高い。
一見すると「柊木先生」っていうイメージからかなり離れているから、もしかすると変装する必要はないかもしれない。
けど、俺は念のためキャップを目深に被っている。
人も多いし、ここまでしていればあっさりバレることはないだろう。
会場が近づくにつれて、祭り客らしき人たちがちらほら見える。
カップルもやっぱり多くて、どのカップルもみんな手を繋いでいた。
つんつん、と柊木ちゃんがさりげなく俺の手の甲を触ってくる。手を繋ぎたいらしい。
浴衣美人すぎて、柊木ちゃんが男たちの注目を浴びている。そんな中、キャップ男が隣で手を繋いでいたら、余計に目立つだろう。
「むう」
俺が応じないせいで、柊木ちゃんが唇を尖らせた。
「あ。ちょっと待ってて」
そういや、屋台で毎年お面が売られていたはず。
まだ夕方とあって、屋台がずらっと並んでいる一角は、それほど人はいなかった。
だいたい、あそこらへんに……。あった。
見つけた屋台まで行くと、戦隊ヒーローのお面や、子供向けアニメのヒロインや、その他いろいろなお面が売られていた。
俺はお面をひとつ買って、柊木ちゃんのところへ戻る。
「これ被って。そうしたら、俺たちが誰かわからなくなるはず」
「誠治君って、もしかして天才……?」
「これで手を繋げる」
「やった♪」
柊木ちゃんがお面を装着。
ひょっとこが俺の目の前に現れた。
ぶふふふ。
ど、どうしよう……地味なお面って基準で選んだら……面白くなってしまった……。
「これで手を繋いで歩けるんだよね?」
と、ひょっとこが嬉しそうに言う。
「ふ、ふふふ、ふ、う、うん……」
「何がそんなにおかしいの?」
や、やめてくれ……柊木ちゃんの声でひょっとこがしゃべってる……。
ぶふ、と笑っていると、俺の異変に気づいたひょっとこが、お面を取って何のお面かを確認した。
そして、また被りなおした。
「何よ、これっ! もっと可愛いやつなかったのっ!?」
「こ。こ。これが……ふはは……一番地味なやつだから……」
「爆笑じゃん! ひょっとこツボってるじゃん! 何考えてんの、誠治君!」
ひょっとこ、超怒ってる! ぶふふ。
「ちょ、まじで、やめて。い、息が、でき、ふはははは」
「やめてって自分で買ってきたお面でしょぉおおおおおおおお!」
地団駄を踏んでひょっとこが怒る。
「違うの買うからいいよ。それまでこれで我慢してね」
優しいひょっとこ。
「手、繋ご?」
ちょっと照れているひょっとこ。
ま、まずい、これ以上笑うとひょっとこが気分を害す……。
けど、おもしろい。どうしよう。
半ば強引に手を繋がれて、俺はひょっとこと会場までやってきた。
神社で催される祭事がメインなのだけど、基本的には花火がメインと考える人が多く、花火がはじまるまで、それほど人は多くない。
さっき俺がお面を買った屋台までやってくると、ひょっとこが、別のお面を買った。
戦隊もののレッドのお面。
ひょっとこを俺に預けた柊木ちゃんは、レッドのお面を被り、こっちをむいた。
「…………どう?」
「うん、普通だね」
「そっか……って、別に笑わそうとするのが目的じゃないからね!?」
ひょっとこは俺が被ることにして、花火の時間まで屋台を回ることにした。
焼きそばを買ってきて、隅の石段で二人で分け合って食べた。
「誠治君、あーん」
「ちょっと待って」
さっとお面をズラして、口に運んでもらう。ズラしている間は見えないから、こうするのが一番だとさっき気づいた。
「今度あたしの番ね。はい」
「あーん」
今度は俺が食べさせてあげる。
仮面は邪魔くさいけど、つけておかないと、いつ誰に見られたものかわからない。
「次の屋台見にいこ!」
「元気だね、春香さん」
「はっちゃけるってこと、大人になるとないから。こういうときは、ね」
と、レッドのお面で言う。真面目なセリフなのに、全然頭に入ってこない。
手を繋いで、俺は柊木ちゃんに引っ張られながら、徐々に増えてきた人ごみを歩く。
「誠治君、あれ! 金魚すくい! やろう?」
金魚すくったって、飼っても一週間ぐらいで死んじゃうし……すくえなくてもサービスで数匹もらえるんだよな……。
早く、と急かされて屋台の前までやってくる。
「ふわぁ……小魚、いっぱいいる……」
「小魚って……金魚すくいだからね」
「赤いのや黒いのも金魚なの?」
「え?」
「え? 何?」
レッドがぽかんとしている。
「あのレッドさん。金色の魚を金魚っていうんじゃないんですよ?」
「………………。し、知ってたよ?」
嘘つけ。
ん? ていうか……金魚を見たことないのか? 子供のときなら一回くらい見たことはありそうなのに。
「一回、お願いします」
柊木ちゃんが、お金を払ってポイを三つ受け取る。
「ここ!」
バシャ。
「今!」
バシャ。
「これで決める!」
バシャ。
全敗だった。
「うぐぐぐ……一匹もすくえない……。この紙破けるんですけど、おじさん、不良品だよぅ!」
「そういうもんだよ!」
やったことないのか……?
横で俺が金魚すくいをはじめる。
じい、とレッドが熱い視線を俺の手元に注いでいるのがわかる。
すー、とポイを横滑りさせて、なるべく縁の部分に引っかける感じで、
「ほっと」
器に一匹、二匹と次々に金魚を入れていく。
「すごぉーい! 誠治君、すごい!!」
ぱちぱち、と手を叩いて、もう感動すらしていた。
「上手いほうじゃないけど、これくらいはできるよ」
「もう、こうなれば大人の力を使って――」
「レッドのお面をつけて何する気だ」
レッドが財布から五万円を出した。
「これで、やぶけやすい網、全部ください!」
「やめろ! ちっちゃい子たちがこのあとやるんだよ」
「今日一日の売上に相当するお金があれば、おじさんもきっと首を縦に振って――」
「屋台の前で金の話すんじゃねええええ」
柊木ちゃんはお情けで金魚三匹をもらい、俺たちは屋台を離れる。
ちなみに俺がすくった金魚は、たらいにリリース。
「思った以上に難しかったよ……」
「コツが要るからね」
人けのないほうへ歩き、手頃な石段を見つけて腰かけた。
「こういうところ、来たことがあまりなくて。ちょっとはしゃいじゃった」
「そんな気はしたよ」
いつの間にか日が暮れて、明かりのない場所は真っ暗だった。
暗い場所ならお面がなくても大丈夫そうだ。
お面を取ると、柊木ちゃんが手を重ねてきた。
「来年もまた来ようね?」
「うん。もちろん」
祭りの喧騒を遠くに聞きながら、俺たちは薄暗がりの中、キスをした。