図書室でテスト勉強
蒼真様にレビューいただきました!
ありがとうございますー!
七月に入り、期末テスト期間に突入した。
中間と同様、一〇日ほど部活動は例外を除いて禁止され、生徒は大人しく家に帰って勉強しましょうっていう期間だ。
以前タイムリープが解除されたとき、俺は高校教師になっていて、それなりの収入があったらしいけど、それじゃ、柊木ちゃんパパからすると足りなかったようだ。
俺自身は会ったことがないから、単純に俺が嫌われているから年収の話を持ち出されて、金額を吹っかけられたのかもしれないけど。
ともかく、俺は柊木ちゃんを幸せにするために、勉強を頑張ることにした。
学校の図書室に放課後こもって、あれこれと勉強をはじめる。
「あ~。ここ、職員室よりも涼しい~」
わざとらしい声をあげて、柊木ちゃんが図書室にやってきた。
ノートパソコンを小脇に抱えて、それとなーく、俺が見える位置に座った。
勉強頑張るから邪魔しないでね、って釘を刺したのが効いたのか、それとも全然効いてないのか。
ううん、と軽く咳払いする柊木ちゃん。
「世界史だったら、ここにいる生徒に教えてあげられるのになぁ……」
チラ。
俺を一瞥して、パチパチ、とキーを叩いていく。
ううん、と俺も咳払いをして独り言をつぶやく。
「世界史は覚えるだけだし余裕かなー。そんなことより、数Bを……」
「数B……!? あ。先生、そういえば数学は分数あたりから怪しいかったなぁ~、教えるのはちょっと難しいかなー?」
いや、教えてほしいとは言ってない。
てか、分数って、数学じゃなくて算数。ずいぶん早めにつまずいたな……。
チラ、チラ、と柊木ちゃんが俺の様子をうかがってくる。
邪魔しないでって言ったから、自分から話しかけるつもりはなく、あくまでも俺から話しかけさせる気でいるらしい。
「う……さむ。エアコン……キツい……」
ぶるっと震えた柊木ちゃんは、それでもその席についたまま、仕事を続けた。
「世界史のテスト、どこ出そっかなー? どうしよう、今訊かれるとしゃべっちゃうかもー」
安易なトラップだった。
独り言を聞き流し、俺も独り言をつぶやく。
「問題集やってればある程度解けるだろうし、授業きちんと聞いてるからだいたいどこが重要かもわかるし」
「もぉ……なんでそんなに手際がいいの……!」
こそっと本音が聞こえた。
世界史、恐れるに足りず。暗記系科目は得意なのだ。
それに、高二の一学期末テストは、受けるのは二度目になる。
うすぼんやりと、どこが出たのか覚えている。
うぅ、さむ、と柊木ちゃんが震えているので、上着になりそうなものを探す。
今日持って帰る体育のジャージしかなかった。
ほとんど着てないし、変なにおいはしないだろう。
すー、とジャージを机の上を滑らせる。
「先生。寒いなら、膝かけにでも使って?」
「あ。……ありがと……」
きゅ、と俺の体育のジャージを胸に抱いて、独り言をつぶやいた。
「そ、そんなふうに優しくしたって……先生、どこ出るかは教えないんだから」
誰も見てないのを見計らって、鼻を近づけて、すんすん、すんすん。
「あ。真田君のにおい……」
こら、図書室でにおいを嗅ぐな。
もぞもぞ、とジャージを着た。
何で着るんだよ。膝かけにって言ったのに。
左胸に、真田の刺繍が入っている俺のジャージ。
柊木ちゃんがそれを着ているのは、不思議な気分だった。
「ちゃんと訊きに来てくれないと、教えないから……」
だから、教えてほしいって言った覚えはねえ。
数Bの問題集を解くこと二〇分。
「七二ページのあたりは、すっごい重要だから、テストに出さないとー」
結局言うのかよ。
「エアコン、やっぱりキツいなー、ここ」
誰に説明しているのかわからない独り言をつぶやいて、柊木ちゃんが俺のむかいに移動する。
「ここならちょうどいいかな♪」
無視だ、無視。
俺は勉強をしに来ているのであって、柊木ちゃんとどうこうするつもりはない。
「ちょうどいいなら、ジャージを返してほしいんだけど」
「おほん。脱ぐと寒いかもしれないからこのままがいいかも」
あくまでも、邪魔してないという一線を守る柊木ちゃんは、独り言スタイルで意思表示をする。
「おほん。男子のジャージ着てると、変な目で見られるかもしれないなぁ」
「おほん。これクーラー病を回避するために、優しい生徒が貸してくれた物だしなぁー。しばらくは着てよっと」
どうあっても、俺が貸したジャージを脱ぐ気はないらしい。
つんつん、と足に何かの感触がある。
むかいの人を見ると、ぷい、と目をそらした。
そっと下をのぞくと、柊木ちゃんがその美脚をほんの少し伸ばして、俺のスネに脚をそっとぶつけたりくっつけたりしていた。
「…………っ」
目が合うと、また柊木ちゃんは顔を背ける。
けど、脚は全然離れない。
……脚だけでもイチャついていたいらしい。
「おほん…………本当に、嫌なら言ってね……? すぐ、やめるから」
小声でそんなことを言ってきた。
「おほん……俺の脚、ちょっと長いから、むかいの人とぶつかりやすいのかも……それくらい全然気にならないから、いいんだけど」
「おほん……急に優しくしても、ダメなんだから……」
ノートパソコンにむかい合った柊木ちゃんは、脚を離す気はゼロ。ずっとくっついたままだ。
ストッキングを履いた足が、俺の足の指を撫でる。
俺も同じことをやり返すと、びくんと柊木ちゃんが反応した。
「ちょ、くすぐったい……あ。おほん」
おほんが遅ぇよ。
「おほん……全然仕事に集中できないなぁ……どうしよう」
「おほん。勉強、あんまりはかどらないなぁ……」
本当に集中したいなら、仕事は職員室でやればいいし、勉強は家でやればいい。
……つまりは、そういうことなのだ。
人目につかない机の下で、脚同士はイチャつきっぱなし。
けど、不思議とこうしているほうが落ち着く。
無言のまま仕事と勉強をする俺たち。
テスト期間中ということで繰り上がった最終下校時刻が近づくと、図書室には俺たちと司書の先生以外誰もいなくなった。
といっても、元々生徒は俺以外に二人ほどしかいなかったけど。
「本、借りよっかな……」
席を立って本棚の前で小説の背表紙を眺めていると、柊木ちゃんもついてきた。
いたずらをするような顔で、口元をゆるめている。
カウンターからまったく動かない司書の先生を確認して、死角にやってきた。
本棚の陰で、こっそりルール違反のキスをする。
「お邪魔だったよね、あたし……ごめんね」
「ううん。帰ってからでも勉強はできるから」
「……むう……そうやって急に優しくなるんだから……」
誰にも聞かれてはいけない内緒の会話をこそこそとして、静かにまたキスをする。
「仕事、頑張ってね、先生」
「真田君も、勉強頑張ってね」
幸せゲージが溜まって、思わずお互い笑顔になる。
「好きな人がいれば頑張れるって、ほんとなんだね……」
しみじみと柊木ちゃんがそんなことを言う。
まったくもって同感だった。