ポンキーゲーム
「この前、あったらどうしようって思ったんだよ」
夕飯を済ませて、お菓子をつまみながら仲良くソファでテレビを見ていると、柊木ちゃんがおもむろにそんなことを言いだした。
「あったらどうしよう? 何が?」
「これ、これ」
柊木ちゃんは、つまんだポンキーをゆらゆらと揺らした。
細長くてチョコがコーティングされている棒状のお菓子だ。
「はあ。ポンキーがどうかした?」
「この前行った飲み会が、やや合コンめいていたことは教えたでしょ?」
うん、と俺はうなずく。
二次会と称した家飲みに俺が付き合っていると、柊木ちゃんは懇親会の実態を教えてくれたのだ。
「王様ゲームとか、なんかそういうハレンチなゲームが行われないかってひやひやしたの」
「途中で帰って来ちゃったけどね」
「誠治君が寂しそーにしてたからね」
う。まだ言うか。
俺の送ったメールが大層気に入ったらしい柊木ちゃんは、その日のメールのことを事あるごとに口にするようになった。
というか、その件で俺をからかっている。
「それで。ポンキーがどうしたって?」
「イメージだけど合コンの定番でしょ? 端と端をくわえて、食べはじめるゲーム」
ああ、ポンキーゲームね。
合コンって、そんなことすんの……?
「合コンっていうよりは、キャバクラとかのほうが」
「え。今なんて言った?」
「だから、合コンでそういうのはあんまりしないんじゃないかなって。むしろキャバクラのほうがしそうな――」
「どうしてそんなこと知ってるの」
柊木ちゃんの目がマジだった。
「…………」
盛大に自爆した。
現代で、二、三回上司に連れられて行ったことがある。
って、言ったら信じてもらえますかね?
そんなわけないですよね……。
「親戚のお兄さんがハマってたみたいで、キャバクラ通い。それで、様子を聞いたことがあって……」
「あ、なぁ~んだ。びっくりした! 誠治君が行ったのかと思った」
ぱちん、と両手を合わせて柊木ちゃんは納得のポーズ。
俺はほっと胸を撫で下ろした。
ナイス、親戚のお兄さん。誰かは知らんけど。
「そんなわけないでしょー。俺未成年だしー」
「成人してからでもダメだよ」
柊木ちゃんの目がマジだった。
「お、おう……、あ、あたぼうよ……」
眼光にビビって俺は思わず江戸っ子になった。
「それで、ポンキーゲームをやるかもしれないって、春香さんはビビってたの?」
「うん。嫌だなって思って。なんとも思ってない男の人が相手だろうし」
それは俺も嫌だ。想像したくない。
「というわけで♪」
ずもっと俺の口に柊木ちゃんがポンキーを差し込んだ。
「あたしたちも、やってみよ?」
「いや、いいけど――」
「ちょっとー、ちゃんとくわえてて」
柊木ちゃんが楽しそうなので、大人しくいうことを聞くことに。
そもそもあのゲーム、勝敗ってどうやってつけるんだ?
先端を柊木ちゃんもくわえる。
至近距離で柊木ちゃんと目が合う。
「「……っ」」
照れくさくなってお互いに目をそらした。
柊木ちゃんが意を決して、こっちを見ながら、サクとひと口分食べ進んだ。
「ふう、ふうん」
たぶん、誠治君の番だよ、的なことを言っている。
俺も恥ずかしさはあったけど、サクッとひと口食べる。
また顔の距離が縮まった。
「「……っ」」
照れくさくなってお互いに目をそらした。
これ、普通にキスする一〇〇倍くらい恥ずかしいんですけど。
世の大人はこんなことしてんの?
「っ」
サクサク、と柊木ちゃんが食べて、俺もサクサクと食べる。
サク。
サク。
どうしよう……すごい恥ずかしい。
柊木ちゃんの顔も赤い。
サクサク。
サクサク。
サクッサクッ。
サク、サク。
もう、お互い照れまくりだけど開き直っている状態だった。
そして。
サクサク――ちゅ。
「ふやぁああああああああんっ!? ちゅーしちゃったぁああああああん」
「うわぁああああああああ、ちゅーされたぁあああああ」
恥ずかしさが爆発して、とりあえず叫んだ。
……よくよく考えれば、ご飯を食べる前――柊木ちゃんが準備をしているとき、キッチンで何回もちゅっちゅしていた。
けど、これは別物……。
「ポンキーゲームって、恥ずかしいゲームだね……」
「うん。まったく同感」
「誠治君……ポンキーあと五本あるよ……?」
「へえ。そ、そうなんだ?」
まんざらでもない俺と柊木ちゃん。
もう一回やろうってどっちかが言い出すのを待つ状態がしばらく続いた。
「「………………」」
なんだ、この、言い出したほうが負けみたいな雰囲気。
たぶんお互い、あとで、『やりたいって言うから、自分は付き合ってやっただけ』という防御カードを発動させる気でいる。
柊木ちゃんが、一本口にくわえて、サクサクと食べる。
俺をチラっと見た。
「まあ、春香さんがやりたいって言うなら、別に俺はいいんだけど」
「あたしも、誠治君がやりたいんなら、付き合うよ?」
「あ、そういえば俺、ポンキー食べたかったんだ」
「奇遇だね。あたしも食べたかったんだ」
一緒に一本を食べることにした。
サクサクサク……サクッ……。
サク、サク、サク……サク。
…………サク。
サク。
サクサクサク。
サク、サク、サク。
体温が上がって、顔全体が熱くなっているのがわかる。
それは柊木ちゃんも同じだろう。耳まで赤くなっている。
サクサクサクサク――。
サク。ちゅ。
「わぁああああああああああああ。ちゅーしちゃったぁあああああああああああ!?」
「ふやああああああああん、ちゅーされたぁあああああああああ!?」
と、大騒ぎだった。
「「…………」」
俺たち何してんだろうという間を置いて、ちょっとだけ冷静になった。
「誠治君も、何だかんだで楽しんでるじゃん。何だかんだで、春香さんにちゅーしたいんじゃん」
「いや、けど、今のはあれだから、ひとサクで唇が触れる位置に春香さんがいただけだから。ちゅーしたいとかじゃないから」
「でも、今のは誠治君の負けね。ちゅーしたいっていう欲求に負けた誠治君の負け」
「それだったら、春香さんのほうが『サク』の回数が多いから、欲求に負けたっていうのを基準にするなら、むしろ、俺は勝ってるから」
「いやいや、そんなことありませんー」
「いやいやいやいや」
「いやいや」
「いやいや……」
あたしが、俺が、あたしが、俺が、とやっているうちに――。
ちゅ。
顔が近づいたついでにキスをした。
「……これはそんなに恥ずかしくないよね?」
「うん。そんなにかな」
「何がどう違うのか、もう一回試してみる……?」
「一理ある……俺も、やぶさかじゃないし」
両端をお互いがくわえてセットアップ完了。
サクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサク、ちゅ。
「「ふわあああああああああ!?」」
また顔を赤くしながら俺たちは大騒ぎ。
「……い、今のは春香さんのほうからだから」
「違うよ、誠治君だから。完璧にそう」
あ。でもどうして恥ずかしいのか、わかった気がする。
「しょ、勝敗がわからないんじゃ……も、もう一回やるしかないよね……?」
「たぶん、これあれのせいじゃない?」
「ふむん?」
すでに柊木ちゃんはやる気満々で、端をくわえていた。
「ジェットコースターが上にのぼるとき、カタカタカタって鳴る音と一緒で、来るぞ来るぞ、キターっていう効果が、ポンキーゲームと一緒なんじゃないかな?」
「ためてためて、ドン――ってこと?」
「うん。そういうこと」
簡単にいうと、ドキドキ感からのキスにハマっていた。
ポンキーゲームで大盛り上がりの俺たちは、新しいイチャつき方を覚えたのだった。