とある土曜日 Side柊木ちゃん
◆柊木春香◆
「柊木先生、お願い!」
松中先生にお願いされるのは、これで、八度目だ。
普段からお世話になっている手前、ほんのちょっとした飲み会でも、断りにくい……。
なんというか、普段色々と助けてあげてるんだから、飲み会くらい付き合ってくれてもいいでしょ感があって、ちょっと嫌なんだよね……。
それとこれじゃ、話が別なんじゃないんですか? って思うけど、助けられているのは確かだから……。
科目は現代文であたしとは違うけど、同じ女性教師として、尊敬する点も多い松中先生。
「土曜日、予定はとくにないんでしょ? それならいいじゃないですか」
予定があるって断ろうと思っていた矢先に、予定がないってことをどこかで聞きつけたらしく、このありさまだった。
「ち、ちなみに、誰が来るんですか?」
あたしが訊くと、興味を持ってくれたと勘違いした松中先生はあれこれ話しはじめた。
「西高と付属高校の先生たちですよ。若手の先生たちばかりだし、話もしやすいと思うんです。科目が世界史の先生も確かいらっしゃったはずです」
ふむふむ。それなら、ちょっとだけ興味はあるかも。
「近隣の学校に勤める若手教師の懇親会なので、そんなに構えなくていいですよ。研修で会ったことのある先生ばかりだと思いますし」
「女性だけですよね……?」
「いえ、何人か男性の先生もいらっしゃるはずです。柊木先生、今彼氏がいないんなら、いい出会いがあるかもしれませんよ……!」
むうーん。別にそれはどうでもいい。
むしろ、松中先生のほうがそれ目当てなんじゃ……。
独身で、確か、年は三二、三だったような。
若手? って疑問に思ったけど、口に出せば戦争が起きるから何も言わないでおく。
同年代の先生は他に二人いたけど、どちらも予定があるようで不参加。
結局押し切られ、参加することになってしまった。
その日の夜、さっそく誠治君に伝えることにした。
「誠治君、あのね……今週の土曜日、飲み会に誘われちゃって……」
『ああ、そうなんだ?』
いつものように、あっけらかんとした返事だった。
「簡単にいうと別の学校の先生との飲み会で。顔見知りの男の先生も何人かいるみたいで」
『へ、へえ……』
男がいるんだよ、誠治君。
もしここで、絶対にダメ。土曜は俺と過ごしてほしいって言えば、あたしはどんな手を使ってでも、誠治君と一緒にいる所存です。
なのに、「へえ」って……。
嫌じゃないのかな。男の人がいる飲み会に彼女が行っても。
「いつもお世話になってる先生に『土曜日予定ないならお願い!』って……先週から頼み込まれてて……――」
行きたくて行くんじゃないからね? という説明をしておく。
ノリノリで楽しみにしてるんなら、止めるのも気が引けるかもしれない。
けど、仕方なぁ~く、仕事の都合上、お付き合いとして、渋っっっ々参加するんだよ。
嫌なら一緒に土曜日はいようよ、とか、嫌なら行くなよ、って言って止めてくれれば――。
『うん。わかった。楽しんでくるといいよ』
むう。
「……そう? 来る人はみんな知っている先生たちだから、安心して?」
同じ仕事をしている男の人が来るんだよー? 心配になるでしょー?
『……そんなに心配してないから大丈夫だよ』
むう。
「帰り、遅くても一〇時までに帰ってくるからね?」
『気にせずに、楽しんでくればいいよ』
どこかの男にちょっかいかけられるかもしれないのに、心配してないから大丈夫、楽しんでくればいいよって……信用してくれているのはいいんだけど、なんだか寂しい……。
誠治君。やきもち、焼かないの――?
こうなったら、やきもち焼かせてやるんだから。
当日、誠治君と時間までまったりと過ごし、準備に取りかかった。
寝室で、お気に入りの服に着替える。
こっそり扉が開いて、メイク中のあたしを誠治君がのぞいていた。
ちょっとだけ、気合入れたメイクにすると、
「け、化粧、しっかりするんだね」
あ。気づいた! ちょっと嬉しい。
「え? いつもこんなもんだよ?」
でもダメ。
やきもちを焼いた素振りはなく、ふうんって感じで引き下がってしまった。
着ている服も、誠治君が前、可愛いよって言ってくれた服装なのに。
他の男の人がいるところに、これを着て行くんですよー?
けどこれに関してはノータッチ。もしかすると気づいてないかも。
「退屈だったら、帰ってていいからね」
「うん。そのときは、鍵を閉めておくから」
じゃあ、とあたしは誠治君を自分の家に残したまま会場へとむかう。
呑むかもしれないので、自転車で最寄り駅まで出て、そこから四駅ほどの繁華街へやってきた。
待ち合わせ時間前には、大半の人がそろっていて、軽く挨拶を交わす。
確かに、それほどしゃべったことはないけど見たことのある先生ばかりで、少し安心。
思った以上に男性率が高く、結果的に五対五になっていた。
みんな、それなりにオシャレをしてきていて、はたから見れば、ただの合コンだった。
松中先生同様に、名目は懇親会だけど、合コンのつもりで来ている人も多そうだ。
店に移動して乾杯する。
ウーロン茶で乾杯すると、むかいに座った男性教師が「呑まないんですか?」と訊いてくる。
さっき自己紹介されたけど、名前は覚えてない。
あたしは、誠治君に言われて自覚したけど、酒乱なタチなので、迷惑をかけないように外では呑まないようにしていた。
「ええ、まあ……今日は遠慮させていただきます」
「せっかくなんだから、呑んだらいいじゃないですかー」
「いえ、本当に、大丈夫なので……」
と言って、どうにかかわす。
ノリ悪いなぁ、とか思われてるんだろうなー。
近所の人たちと会話をしていくけど、大半が仕事の愚痴だったり先生あるあるだったりした。
楽しくはないけど、つまらなくもなく、あたしは料理をちまちまと食べながら、適当に相槌を打って、笑っていた。
「柊木先生、彼氏いたりします?」
「あー。いそう!」
松中先生の目がある以上、いるとは言えない……。
「えっと、今、いなくて……」
そのあと、仕事と関係のない話を訊かれたり、聞かされたりした。
それが嫌になって鞄を持ってお手洗いに立つと、携帯を確認する。
誠治君から、メールが来ていた。
それも五通も。
最初は、夕飯に食べたらしいラーメンの写メと美味しいというコメント。
次は、たまに二人で見ているバラエティのくだらない内容。
その次は、今日これからテレビで放送する映画の話。
そのあとは、ひと言メールが続いた。
『一人で見ても、つまんないよね』
『今日は一〇時までいるの? 呑み過ぎないでね』
……今帰る。
もう決めた。
誠治君に会いたい。
帰る。乾杯してから一時間ちょっとだけど。
空気なんてもう読まない。
たぶん、家で誠治君が待ってくれているから。
「すみません、ちょっと帰らなくちゃいけなくて――えっと、ぺ、ペットが大変みたいで――」
適当な嘘をついて、おつりはいいから、と一万円を置いて店を出た。
自分の部屋を外から見ると、明かりがついていた。
「ただいまぁ?」
物音を聞きつけた誠治君が玄関まで出迎えにきてくれた。
「あ。お帰り。早かったね」
「うん」
逃げるようにして帰って来たとは、さすがに言えない。
「飲み会、どうだった? 楽しめた?」
「ううん。全然」
本音がポロリとこぼれてしまう。
「誠治君がいないと、全然楽しくない」
「そっか。それは、残念な飲み会だったね」
口でそう言うけど、誠治君は笑顔だった。
ほっとしているのがわかって、あたしも嬉しくなった。
「呑まなかったの?」
「うん。ニガテだから遠慮しますって言って、乾杯からウーロン茶」
堪え切れなくなって、誠治君を抱きしめる。
誠治君成分を充電しても、すぐに容量が尽きてしまう。
あたしは、燃費の悪いバッテリーみたい。
やきもちを焼かせるなんて、どうでもよくなっていた。
ほっとした誠治君の笑顔が見れたから、もう満足。
たぶん、お互いが寂しかったんだと思う。
誠治君は、あたしが飲み会に出かけてから。
あたしは、飲み会に出かけるまで。
背中に腕を回したまま、もう片方の手で、誠治君の手を握る。
次に何をするか通じ合っていたように、キスをする。
離れがたくなっているのは、あたしだけかと思ったけど、そうじゃなかったらしい。
――今日も明日も明後日も、ずっと貴方のことが大好きです。
ちょっと長めのキスに、そんな想いを込めた。