会談3
二人が泣き止んで、柊木ちゃんが作ったお昼ご飯を食べたあと。
「空き巣君は、春ちゃんの何が好きなの?」
お茶で一服していると、ど直球な質問が飛んできた。
さっきキッチンに引っ込んだ柊木ちゃんが、慌てて席に帰ってきた。
「お、おほん。……な、何が好きなのかな……? そういえば、最近聞いてなかったなぁ」
柊木ちゃんは、この手の話題はいつだってがめつく聞きたがる。直接言えば、一〇秒待たずに顔を真っ赤にして逃げるのに。
「春ちゃんってば、家事は得意だけど抜けてるところがあるし。でも妹から見ても、顔立ちはそれなりに可愛いと思うよ」
「料理が上手なところ?」
「ですって、春ちゃん」
「うん。週末はいつも晩ご飯やお昼作ってあげてるから。お弁当もたまに!」
「他、何かあるでしょ? エロいとか」
「え、エロくはないからっ! せ、節度を守ったお付き合いをしていますので」
ううん……無防備なときがあるから、とくに、酒を呑んだとき。そのとき、ちょいちょいエロいんだよな……。
目の前で服脱いだりブラジャーをぽいっとしたり、大人のキスをしてきたり。
「エロいもあるかな……」
「やっぱり、春ちゃんエロいんだ……?」
夏海ちゃんが興味津々だった。
「そんなことありません! 先生をエッチな目で見ないでくださいっ」
「ど、ど、どういうふうにエロいの……?」
「パンチラしてくる」
「うっわぁ、ドエロだ!!」
「そ、それこの前の――、あれは誠治君がミニスカート好きだと思ったから履いてただけで、パンツ見せたくてやってたわけじゃないから! 勘違いしないでよね!」
最後にそれを付け加えると、本当は見せたかった、ってなっちゃうからね。
よそでそれを使うときは、気をつけてほしい。
「ああ、あと他に……」
「まだあるの!?」
「も、もぉおお、やだあああああ! 洗い物してくるぅううううううう」
子供みたいな言い方をして、柊木ちゃんはキッチンに逃げた。
くすくす、と夏海ちゃんが笑う。
「春ちゃん、超幸せそう」
「だといいけど」
「絶対そうだよ。先生になって色々と大変そうだったもん。ウチは、電話でちょっと話を聞いたりするくらいだったけど、やっぱり、ウチの知っている春ちゃんよりもそのときは暗かったよ」
社会人一年目ってのは、だいたいそんなもんだろう。
うわーツレーわ。仕事ツレーわっていう時期。
「……で、本当はどういうところが好きなの? まさか、先生だから好きになった、なんて言わないでしょ?」
「顔はもちろんそうなんだけど、可愛いところ? 性格的に」
ふんふん、とうなずきながら、「それで?」と夏海ちゃんが続きを促す。
「最初は生徒と先生って関係で、上辺の部分しか見えなかったけど、付き合うとどんどんそれがさらに見えてくる、みたいな。よく知れば知るほど、また可愛いところが見つかる」
「き、聞いてるウチのほうが恥ずかしくなってくるよ」
ぐいっと体をのけぞった夏海ちゃんは、キッチンにむかって言った。
「春ちゃーん? どうせ聞いてたでしょ、今の話」
「き、聞いてないから!」
「大事な部分で、水の流れる音、全然聞こえなかったよー? 洗い物してるのにおかしくないー?」
「だから聞いてないってば! あたし全然可愛くないからっ!」
「「嘘下手っ」」
柊木ちゃんが様子をうかがいにこっそりこっちをのぞいた。
「だいたい、誠治君は、イタリア人みたいに軽~く褒めるから、油断ならないんだよ」
「うん、ウチも思った。アメリカ人かよって」
「いや、イタリア人だから」
「アメリカ人だって」
日本人だよ。
「てか、こんなに嘘つくのが下手なのに、学校で大丈夫? あ、学校では二人きりで会わないようにしているとか?」
「「余裕で二人きりになってる」」
「けど、さすがに学校でチュッチュしないでしょ?」
「「余裕でしてる……」」
「何してんの?」
真顔で怒られた。
「な、夏海。想像してみて! 大好きな人が学校にいて、放課後人けのないところで二人きりになったら――? もう、片時も離れたくないでしょ!?」
「う。圧がすごい……っ! う、ウチはわかんないから、そういうの、経験ないし!」
「仕事が終わって家に帰れば、何してる? って電話したくなるし、おはようのメールをやりとりして、幸せな気分で一日がはじまるんだから!」
「「う、うん……」」
「時間割だって把握してるから、今誠治君、授業中居眠りしてるだろうなーとか考えたり、受け持ってる世界史の授業はすっごぉおおおい楽しみだし、体育の授業はカッコいいところを見に行ったりして――」
恋人がいる幸せを柊木ちゃんが力説すると、夏海ちゃんが眉をひそめた。
「春ちゃんって、もしかしてヤバい人……?」
「いや、そんなはずは……」
俺たちはこそこそと話す。
「熱量がハンパじゃないよ? これ、生きがいを語るオタクレベルでヤバいよ。大丈夫? 束縛とかされてない?」
「あ、うん、今のところ大丈夫」
「恋人同士なら、ストーカーしてもセーフなの?」
「どうだろう、程度によるかも」
「ていうか、春ちゃん暇なの? ちゃんと仕事できてるのかな」
「この前、体育館のぞきに来てて、それがバレて体育教師に怒られてたけど」
「うっわぁ……先生なのに……」
「誠治君と、イチャイチャしないでっ」
ぴゅん、と丸められたエプロンが飛んできて俺の顔にあたった。
「してないってば。春ちゃん、大好きな彼氏ができてウツツを抜かすのはいいけど、やることはちゃんとしないとダメじゃん!」
「うぎ……や、やってるから。ね、誠治君?」
「いや……どうだろう……」
「ちょっとは擁護してっ」
はあ、と夏海ちゃんが息をついた。
「春ちゃんが、空き巣君をどれだけ大好きかわかったからいいよ。空き巣君のほうが大変そう」
「あ、わかる?」
「誠治君、そこ否定してっ」
まあ、さっきのは冗談として。
やっぱり、もうちょっと俺が手綱を引いてあげないと、これじゃエスカレートしっぱなしなんだよなぁ……。
俺も柊木ちゃんのことは、先生としても好きだし、彼女としてももちろん好きだ。
けど、何かあったときは、柊木ちゃんが責任を取ることになってしまう。
もうちょっと、上手いやり方を考えないといけないのかもしれない。
「お邪魔虫はそろそろ帰るよ」
にしし、と笑って、夏海ちゃんは席を立った。
まだ帰らない俺と柊木ちゃんが玄関先まで見送りにあとを追う。
「二人がラブラブで幸せそうなのもわかったよ」
ちら、と夏海ちゃんは目線を下にする。
いつの間にか、柊木ちゃんが俺の手を握っていた。
じゃあね、と夏海ちゃんは帰っていった。
ふう、と俺たちは同時に肩の力を抜いた。
「夏海ちゃん、いい子だね」
「でしょ? 自慢の妹なんだから」
一時はどうなるかと思ったけど、俺たちは夏海ちゃんに仲を認めてもらえた。