会談2
二人で柊木ちゃんちにやってくると、中に入れてもらう。
「相変わらず綺麗だねー、春ちゃんち」
「女の子なんだから、綺麗にしてないと。夏海の部屋は相変わらず散らかってそう」
「そんなことないよ! ちょっとだけだしっ」
仲睦まじい姉妹の会話を微笑ましく聞いていると、柊木ちゃんが俺にコーヒーを、夏海ちゃんに紅茶を出してくれた。
じいっと夏海ちゃんが柊木ちゃんの動きを見ている。
ううん……疑ってはないけど、引っかかることがあるって感じなのかな。
「夏海ちゃんが、俺に会いたい? って話だったけど……」
「そうそう、そうだよ。さっきの件で色々と忘れてたけど」
あの野良猫事件のことか。
「ウチが知る限りで、春ちゃんが仲良くなった男の人って、君だけだからどんな人なのか気になったんだよ」
「えぇぇー? そんなことないよ?」
と、柊木ちゃんが否定すると、夏海ちゃんが固く首を振った。
「あるよ。だって、わざわざウチに仲良くなったって報告するのは、少なくとも今回がはじめてだし。どんな人なのか、気になって当然じゃん」
そうだっけ、と柊木ちゃんが首をひねっている。
あらかじめ柊木ちゃんと打合せしておいたきっかけを、俺は夏海ちゃんに話した。
「あの件以来、学校で会うたびに挨拶するようになって……それで、柊木先生が俺が入っている部活の顧問になって、それで打ち解けたってカンジ」
ふうん、と夏海ちゃんは、ソーサーごと膝の上にのせて、それからお上品に紅茶を口にした。
お嬢様学校に通っているからか、動きに品が滲んでいる。
こういうマナーとか、授業で教わったりするんだろうか。本人はちょっとガサツっぽいのに。
「春ちゃん、顧問してんだ?」
「そうだよー? すごいでしょー」
「どうせ、やる気がない半分帰宅部みたいな部活なんでしょー?」
「「……」」
的を射すぎてて、俺と柊木ちゃんは黙り込んだ。
そういや最近、活動らしい活動は全然してないな……。
ダベるかゲームするか、柊木ちゃんが来たら仕事の愚痴を聞いたりして……それだけだ。
家庭科部っていう名前の帰宅部になっている。
「当たってるんだ? ――学校の春ちゃんって、どんな先生?」
「もう、やめてよぅ……いいでしょ、どうでも!」
「いいから黙ってて、ウチも知りたいんだよっ」
……昔、高三のときの三者面談でこういう光景を見たことがある。
「柊木先生は、元気で明るくて、男女問わずみんなに慕われるいい先生だよ」
「そんな耳障りのいい建前はいいんだよぉ。君がどう思ってるのか、ウチは知りたい」
ちら、と柊木ちゃんが俺を見てくる。
『知りたい!! どう思っているのか、聞かせてっ!!』ってウキウキ顔だった。
どう言えばいいんだろう。
もしかすると、本当のことを言えば、俺と柊木ちゃんの仲をさらに疑われることになりかねないかもしれない。
でも、建前でかわそうとしても、妙に頭のいい夏海ちゃんが納得してくれるとは思えない。
「俺から見れば、結構抜けてるところがあるけど、一途で一生懸命で……そのせいで周りが見えなくなることもあるけど、それをみんな知っているから親しみやすくって、なんていうんだろ、愛されキャラみたいな? そんな先生」
うるうる、うるうる、と柊木ちゃんが感動して泣きそうになっている。
「春ちゃん、何泣いてんだよ」
「まだ泣いてないから……」
夏海ちゃんが出したハンカチを受け取った柊木ちゃんは、目元を押さえた。
「……結構ちゃんと見てるんだ?」
「俺から見える柊木先生だけどね。他の人がどう思っているかは知らない」
ソーサーとカップをテーブルに戻して、夏海ちゃんは俺をまっすぐに見る。
足をきちんと揃えて右に流して、お上品に膝の上に手を置いている。
……な、なんだ? そんなに見つめられると照れるんですけど。きちんとすると、座り姿も上品だ。
「前、お好み焼きここで食べたときから思ってたけど、確信した――」
どきん。
な、何を確信したんだ……?
「春ちゃんは、君のことが好きだよ」
「ふにゃっ!? な、な、何を急に言ってるのよ、夏海ぃぃい~!」
柊木ちゃんが、夏海ちゃんの肩をがっくんがっくん、と力いっぱい揺らしている。
「せい……真田君がびっくりするでしょー!?」
「否定全然しないね」
「うぎっ……」
当たっているからなぁ……。
口喧嘩だと、姉よりも妹に軍配が上がるらしい。
「だから、あのときはゴタゴタして全然わかんなかったけど、春ちゃんが好きな人ってどんな人だろうって思って、今日呼び出してもらったんだよ」
「べ、べ、別に、好きっていうわけじゃないんだからねっ! 勘違いしないでよね」
嘘下手っ!?
ツンデレが『好きです』って言っているのと同じセリフなんですけど!
隠そうとしたら余計にバレるってどういう状況だよ。
「も、もう、夏海ったらぁ…………も、もぉ……」
ちら、ちらちらっ。
照れながらこっちを見るのをやめなさい。だからすぐバレるんだよ。
「君も……春ちゃんのことは、悪く思ってないんだよね?」
「それは、うん。そうだよ」
「何回も言うけど、はじめてなんだ。君が。あんなに楽しそうにしたり、いなくなるとすごくヘコんだり。君のことを訊いたとき、自慢してるみたいな言い方で君のことを教えてくれるし……大好きなんだ。たぶん」
「も、もおおおおおお、やめてぇええええええ」
きゃー、と顔を赤くしながら、ぼすぼす、と柊木ちゃんは夏海ちゃんをクッションで叩く。
「せい!」
「あうっ」
クッションをあっさり奪われた柊木ちゃん。
「静かにしてて。今、ウチがしゃべってるんだから」
「……はい」
姉、弱っ。
けど、夏海ちゃんは何が言いたいんだろう。
柊木ちゃんの気持ちを反対するっていうよりも、むしろ援護の流れ?
「ウチは、これでも春ちゃんのことが心配だったんだよ。男の『お』の字も見えないし、もう二四なのに」
「年のことはいいでしょっ、年のことは」
クッションを奪い返そうとした柊木ちゃんは、あっさりそれを防がれた。
「むう……」
「今日会ってしゃべった感じ、年下のクセに君は落ち着いているし、ポワンポワンな春ちゃんを任せられると思った。変な男子なら、止めてたけど……」
これはもう、そうだろう。
夏海ちゃんが、俺を品定めした上で、柊木ちゃんの背中をこれでもかっていうくらい、押している。
「俺になら、先生を任してくれるってこと?」
「君がいいなら、ね」
「けど、俺、高二の学生だよ?」
「さっき言ったでしょ。任せられそうな人が相手なら、春ちゃんの恋を応援するって。年がどうこうで恋はできないよ?」
うんうん、と柊木ちゃんが有識者ヅラでうなずいている。
あなたの話をしてるんですよ?
やっぱり、夏海ちゃんは肩書じゃなくて人を見ているっぽい。
俺が高校生で、柊木ちゃんが先生っていう部分よりも、真田誠治と柊木春香っていう人間を見ている。
本当に、よくできた子だ。
これは……プランBだ。
『すでにバレてる、もしくはバレてても問題ないのなら、俺たちの関係を明かそう』
『うん。わかった。夏海なら、言葉を尽くせば納得してくれると思うから、そのときはきっと大丈夫だよ』
というのがプランB。事前に打合せしたうちのひとつだ。
柊木ちゃんと目が合って、俺はうなずいた。
「春ちゃん、こんなタイミング滅多にないんだから、言っちゃいなよ! 骨は拾ってあげるから。それに、空き巣君もまんざらでもないって感じだからきっと――」
「あのね、夏海――」
柊木ちゃんを遮って、俺が先に言った。
「夏海ちゃん、俺と先生、付き合ってるんだ」
「え?」
きょとんとして、確認するように夏海ちゃんは目線を柊木ちゃんに振った。
「うん。本当だよ」
柊木ちゃんが言うと、俺の隣にやってきた。
夏海ちゃんは目を白黒させている。
「え? い、いつから?」
「四月の中頃だから、もうちょっとで三か月」
「じゃあ、この前の空き巣騒動は……」
「ごめんね。あれは、あたしが適当にでっち上げたことだから、嘘なの」
「なぁんだよう……教えてよ……」
「反対されるかもって思ったら、やっぱり言い出しにくくて……でも今回、誠治君が、大丈夫そうなら明かそうって言うから」
ぽろぽろ、と夏海ちゃんが泣き出した。
「反対なんかしないよ……応援するのに……隠さないでよ……そっちのほうがツライよ」
ごめんね、とまた謝った柊木ちゃんが、泣いている夏海ちゃんを抱きしめてよしよし、と頭を撫でた。
「そうなんじゃないかって、百回くらい思ったよ。今日も、紅茶じゃなくてコーヒー出すし、それにミルクも砂糖もなしのブラック出して、でも空き巣君は、何の文句も言わないしさ……紅茶とならコーヒーで、それをブラックで飲む人って春ちゃん、知ってるじゃん……でも、もし深い仲になってるんなら春ちゃんはウチに教えてくれるだろうし……どうしてだろうって思って」
やっぱり、探偵並みに鋭いな……。
けど、夏海ちゃんが応援してくれるって言うんだから、ひと安心だ。
「よがっだねぇ……! 春ちゃん、よがっだねぇ、おめで、どう……っ」
涙で顔をくしゃくしゃにして、言葉を詰まらせながら、夏海ちゃんは祝福してくれた。
「あじがどう……っ! なぢゅみ、おうえん、じでぐれで、あじがどう……」
柊木ちゃんもだ! もらい泣きしてる!! なんならもらい泣き側のほうが大号泣だ!
こうして、俺と柊木ちゃんは、妹の夏海ちゃんに関係を明かしたのだった。