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会談1

 柊木ちゃんが、どうやら妹の夏海ちゃんに俺のことを教えたそうだ。


 もちろん、彼氏としてじゃなく、学校で見かけてあれ以来仲良くなった、と。


「夏海は、ふうん、って感じだったけど誠治君がどんな人なのかは気になるみたいだよ?」

「気になる? 俺が? ……やっぱり、疑われてるんじゃ……?」


「か、かもね……。でも、もしそうなったら、あたしが全力で説得するから安心して」


 将来的な味方を得る外堀埋め作戦。柊木ちゃんも協力的な様子だった。


「……ただ、もう一回会って話をしてみたいんだって」


 そういう話なら、こっちも俺のことを知ってもらういい機会だ。



 そして週末、柊木ちゃんちに集合とのことだったので、俺は自転車を漕いでむかった。


「にゃー? にゃ、にゃ、にゃー?」


 もう着くかというころに、夏海ちゃんが、猫語をしゃべっていた。野良猫相手に。


 んぁあ、と猫が鳴いて、てくてく、と歩いていく。


「ま、まだ時間あるし……ちょっとだけ……」


 周囲を確認して、猫を追いかける。


 何してんだよ。これから会ってしゃべるっていうのに。


 ……俺も面白そうだからついて行ってみよう。

 どうせ、夏海ちゃんがいないんなら、話はできないんだし。


 自転車を停めて、足音を忍ばせついていく。


 夏海と追いかけた野良猫は、雑草だらけの空き地にやってきた。俺は物陰から様子を見守ることにした。


「にゃーにゃ? にゃにゃにゃ?」


 ……本気だ。本気で猫としゃべろうとしている。


「こうなったら――」


 ぶつっと、近くに生えていた猫じゃらしを引き抜いて、猫の気を引こうとしはじめた。


 ふりふり、ふりふり。


「これならどうよ。みゃー? みゃみゃみゃ?」


 ちゃんと猫語(笑)に言い直してるー!


 ぷぷ。ぷーくすくす。


 猫を構っているはずなのに、全然相手にしてくれないから、逆に猫に構ってほしい人みたいになってるー!


 ちなみに猫は、一度だけ猫じゃらしを見て、警戒心丸出しで、少し距離を取った。


 ……携帯で動画撮ろ。


「猫さーん? ほらほら~」


 ごろん、と横になった野良猫が背をむける。


「あっ……」


 ちょっと残念そうにすると、夏海ちゃんは反対側に回り込んだ。


「みゃーみゃ? みゃみゃみゃ?」


 出たぁー! 猫語(笑)!


「にゃ」でも「みゃ」でも無理だから。


 ど、どうしよう。面白すぎて、腹痛い……。

 そんでもって全然相手にされてねえ。


「にゃーん? にゃ」


「にゃ」に戻した!?


 猫じゃらしを諦めて、猫の手で、それっぽい動きをしている夏海ちゃん。


「にゃーお」


 小さくその手を動かしながら、四つん這いになって猫の視界に強引にカットイン。


 おいおい。

 まさかとは思うけど、あれは、猫になってるんじゃないですかね……?


「ふにゃぁー」


 体を伸ばして、猫がよくやる伸びのポーズをした。


 ま、間違いねええええええええええ! あの子、猫の真似してるぅううううう!

 誰の目もないからって、恥じらいゼロで思う存分猫になりきってるぅうううううう!


 今すぐ目の前に現れて、


『久しぶり、夏海ちゃん。何してんの?』


 って言いてぇええええええええ!

 けど、もうちょっと様子を見よう。


 面白いから。


 猫がすっくと立ち上がって移動を開始する。猫になりきっている夏海ちゃんも四つん這いのままあとをついていった。


「にゃにゃー」


 いや、ついていくなよ。どんだけ相手にされてえんだよ。


 てててて、と猫がこっちにやってきてしまった。


「にゃ、にゃにゃにゃーん!」


 もちろんあとを追いかけて、猫の夏海ちゃんもこっちにやってきてしまった。


 去ろうとしてももう遅く、猫が通り過ぎていき、すぐに猫の夏海ちゃんが現れた。


「にゃにゃ? にゃーん、にゃ………………――っ!?」


 ぷーくすくす! 超びっくりしてる!


「ど、どうも。お久しぶり」


 ぷぷ、ぷぷぷ……。やばい、ニヤニヤが止まらない。


 かぁぁあ、と顔を赤くした夏海ちゃんは、ばっと立ち上がった。


「そ。そうだね、ひ、久しぶり。……今日、いい天気だね」

「うん、そうですね、猫になるにはちょうどいい天気ですね」


「み、み、みみみみ、見てたの!? ど、どこから!?」


「猫語を駆使して猫に構ってもらおうとしているところから」


「最初っからじゃんっ!」

「いやー、びっくりしたー。猫になりきろうとするんだから」


「声かけてよぉおおおおお」

「その動画撮ったんですけど、見ます?」


「やめてぇえええええええ。お願いだから消して……じゃなくて。消してください……お願いします……」


 晒し者にして笑う気なんてないので、俺はさっさと動画を削除した。


「先生も、夏海さんが猫になるなんて思わないでしょうね」

「は、春ちゃんには言わないでっ!」

「いや、でも、あんなに完成度の高い猫なら、是非見てもらわないと。劇団入れますって」


 ぷくく。

 夜思い出したら朝まで笑えそう。


「もう、ごめんなさいいいいい。春ちゃんには何も言わないでくださいいいい」


 ちょっと猫イジりが過ぎたらしい。夏海ちゃんが半泣きになってしまった。


「すみません。冗談ですよ。行きましょう、先生の家」


 俺が自転車を押しながら歩いていると夏海ちゃんが横に並んだ。


「あれから、春ちゃんと仲良くなったって聞いたけど、ほんと?」

「はい。先生とは、あれ以来たまに顔を合わせる度に色々と話すことがあって」


 そっか、と夏海ちゃん。敬語は堅苦しいから要らないそうだ。


「春ちゃんと前から知り合いだったってわけじゃないの? たとえば、あのときまで春ちゃんが知らなかっただけで、君は春ちゃんのことを知ってた、とか」


 やっぱり、鋭いな。

 もちろんその通りだ。


 俺が「そんなことないよ」と言うと、曖昧に夏海ちゃんはうなずいた。


「通ってるの、女子高なんだけどね」


 そう前置きをした。県内で女子高といえばひとつしかない。


「もちろん男の先生もいるんだけど、全員漏れなくモテるんだよ? すごくない?」


 ナニソレ。すげー。


「ウチが聞いた話だと……こっそり付き合っているって子、何人かいるらしいんだよ」

「ほ、ほう……。いや、先生が生徒と付き合っちゃダメだと思うけど」


 と、自分たちのことは棚に上げておく。まあ、一般論が常に正解とは限らないってことで。


 ううん……けど、女子高って他の学校よりも閉鎖的なイメージあるから、そういうのが横行するのはよくあることなのかもしれない。


「うん。ウチもそう思うよ。でもさ、女子の好きって気持ちのパワーはすごいんだよ」

「は、はぁ……」


 照れ隠しに夏海ちゃんは頬をかいた。


「ちょっと恥ずかしいこと言っちゃったかも。……女の人は、『女』としての時間って限られてるらしいんだよ。保健の授業でやったんだけど」


 それは、あれか、年を取るといずれ子供が産めなくなるから?

 生殖機能の話をするなら、男は、割と年とっても大丈夫だったりするし。

 だから、『男』よりも『女』のほうが寿命は短い。


「だからね、男の人よりも好きって気持ちのパワーは強いの」


 べし、と夏海ちゃんは照れ隠しに俺の肩を叩いた。


 やっぱり、もうわかってるんじゃないのか。

 俺と柊木ちゃんの関係。


 ただ、先走って「付き合ってます」「どひゃー!?」ってのは避けたい。


 県内の女子高っていえば、偏差値が高い難関高校で、家柄が確かなお嬢様が通うこともあるそうだ。

 ここからも遠かったはずだ。


「基本的にみんな箱入りだから、好きにも恋にも、みんな飢えてるんだよ。もじもじしてても、案外肉食系、みたいな?」


 案外理解があるんじゃないのか。先生と生徒の恋に。

 だから、ちょっとだけ聞いてみた。


「お姉さん……先生が、そうだったらどうする? 好きが止まらなくなって、付き合ったらダメな人と付き合ったら――」


 うーん、と空を見上げて考える夏海ちゃん。

 それから、ぽつっと言った。


「春ちゃんが幸せならそれでいい。……春ちゃんを任せられるって人だったら、ウチは、その恋を応援する」


「年の差があったとしても?」

「年齢で好きになるわけじゃないじゃん」


 ごもっともだ。

 俺も、先生だからとか、年上だからとか、そんな理由で彼女を好きになったわけじゃない。


 初対面のシーンがあれだっただけに、話してみると夏海ちゃんがとてもいい子だというのがわかった。

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