屋上
ピンポンパンポーン――。
『二年B組真田君、二年B組真田君。職員室、柊木のところまで来てください。繰り返します――』
朝一番の授業が終わると、校内アナウンスが流れた。
ざわざわ、と教室のみんなが俺を見てくる。
「おい、真田。おまえ何やったんだよ」
隣の藤本が嬉しそうに聞いてくる。
こいつ、俺が怒られるだろうって予想してやがるな。
残念だが絶対違う。
てか、なんで校内放送なんだよ。
結局、週末はあれから連絡を取らなかったから、今日の呼び出しは善後策を練るってところかな?
女神に呼び出された俺は、さっそく職員室にむかい、柊木ちゃんを見つけ、そばまでいく。
「先生、何か用ですか?」
仕事をしていた柊木ちゃんは声に顔を上げた。
「んもう、先生じゃなくて春――か、さん……」
朝からポンコツになってる!
途中で気づいて、「あ、やば」って顔をしたけど。
大声じゃなかったことが幸いし、職員室の誰も今の発言には気づいていない。
いつものように空いた椅子を隣に引っ張ってくる。
「部活のコトで色々、オハナシがありまス」
テンパりすぎてロボットみたいなしゃべり方に!?
「部活のことですか」と、怪訝そうにする演技も忘れずに、俺は隣に用意された椅子に座る。
「今日の活動なんだけど」
そう言いながら、筆談を開始する。
『今日は、二人きりでお昼を過ごしたいです!!』
週末一緒に過ごせなかった皺寄せだ!
しかも結構な勢い!
「いや、けど、今日その『活動』は……」
「な、何ですか……問題ある?」
切なそうにこっちを見るのは反則だ。もう降参。
俺も過ごしたくないわけじゃないし。
「わかりました」
「あと、放課後は、次の活動にむけて、買い出しをするのでついてきてほしんだけど」
「了解です」
「じゃよろしくね♪」
一気に機嫌がよくなった柊木ちゃんは、するりと机の下で俺の手を握った。
上辺の話を続ける柊木ちゃんに、俺はきりのいいところで席を立とうとするけど、時間ギリギリまで一向に手を離さなかった。
チャイムが鳴って手を離した柊木ちゃんは、すっと俺のポケットに何かを忍ばせた。
急いで教室に戻ってポケットに手を入れると、メモが入っていた。
『お昼休みは、屋上にきてね』
屋上? 何かあったっけ?
「真田。なんか納得いかなさそうな顔だな。怒られた? なあ、怒られたんだろ? 柊木ちゃんに。嫌われた?」
ひとまず、超楽しそうに訊いてくる藤本の肩に、全力でパンチしておいた。
「おっふ……、おまえの左なら、獲れるかもしれねぇな、世界が……!」
「うるせえよ」
ぼんやりと疑問を抱えたまま授業をいくつか受けて、昼休みを迎えた。
紗菜には、用事があるから今日は家庭科室にはいかないとメールしておいた。
周囲を警戒しながら屋上にやってくる。
ノブを握ってガチャガチャ、と開けようとしても思った通り鍵がかかっている。
俺が首をかしげていると、すりガラスのむこうに人影が現れた。ていうかどう見てもシルエットが柊木ちゃんだった。
「合言葉を」
「合言葉?」
「そ、そう! ……真田誠治君の好きな人は?」
「え。それ合言葉!?」
ぶんぶん、と人影が激しくうなずいている。
てか、俺が来てるってわかってるんなら、合言葉要らないだろ。
「ええっと……好きな人は、柊木春香さん、です」
「くふぅ……や、やだもう……」
恥ずかしいのか、照れているのか、人影がくねくねと悶えている。
言わせてぇだけだろ!
「よ、よろしい……」
カチン、と鍵が開いて、俺はようやく屋上に出ることができた。
「もう、誠治君ってばぁああ」
待ち構えていた柊木ちゃんが、がばっと抱きついてきた。
「てばぁああ、じゃねえよ。言わせたやつが何言ってんだ」
「だって、大変でしょ、違う人だったら」
「そうだけど、そもそも人はこないでしょ」
何かがあるわけじゃない屋上は、申し訳程度に縁に鉄柵がついていて、下は打ちっぱなしのコンクリート、あとは給水塔があるくらいのものだ。
ザ、殺風景って感じの場所。
けど今は、柊木ちゃんが用意したらしいレジャーシートと弁当が用意されている。
「業者さんが点検にくるときだけ鍵を渡すの。それ以外は開かずの間ってこと」
『屋上』と書かれたタグのついた鍵を柊木ちゃんは見せてくれる。
「けど、何でまた今日は屋上なの?」
いいからいいから、と手を引かれた俺は、案の定レジャーシートの上で横になるようにすすめられ、やっぱり膝枕をしてもらった。
天気は快晴。空が青すぎて眩しいくらいだ。
「気持ちいいでしょ、外。特に屋上は」
なでなで、と頭を撫でられながら、柊木ちゃんは俺に餌付けを開始する。
俺が帰ったあとのことを訊くと、
「最終的に、付き合ってるとはバレなかったよ? 彼氏がいると毎日楽しいよっていうことだけ教えてあげた。姉としてねっ」
ドヤ顔の柊木ちゃんも可愛い。
「妹に、キスしてるところ、もろ見られたんだよなぁ」
「い、言わないでっ」
けど、あのまま夏海ちゃんが登場しなかったら、俺はソファに押し倒されてたかもしれない。
それだけ、柊木ちゃんは俺に会うのを楽しみにしていた。
「だって、だって。誠治君に週末会うことを生きがいにして日々過ごしてるんだよ?」
「そこまで!?」
あ。でも、俺も覚えがある。
平日は時間なくて、家に帰ってメシ食って寝て起きて仕事に行くだけの毎日。で、仕事もツマンネ。
……何のために生きてんだろうって思ったことが多々ある。
俺がいるから柊木ちゃんが仕事を頑張れるのなら、それはいいことだ。
「うん、生きがいは大事だよね」
「そうだよー。邪魔する存在が現れたら、小熊を守ろうとする母熊くらい狂暴になるんだから」
「なんで熊に例えたんだよ」
「誠治君は、生きがいとか楽しみなことってある?」
「そうだな……先生を幸せにすること、とか?」
先生じゃなくて春香さんでしょー? とは言わなかった。
その代わり、ちゅ、とキスをされた。
見つめ合って、ちゅ、ちゅ、と今度は二度キスをした。
「け、結婚しようってこと……?」
顔を赤くしながら、俺をまっすぐ見つめてくる柊木ちゃん。
眼差しは真剣そのものだった。
「――に、近いかな……」
「も、もおおおおおお、誠治君はすぐそういうこと言うううううううううううううう」
つんつん、つんつんつんつんつんつんつん。
照れ隠しなのか、柊木ちゃんが俺の体を人差し指で高速連打してくる。
連打は構わないけど、制服の上からピンポイントに乳首を押すのはやめろ。
「早く高校卒業してください」
「頑張ります」
「けど、もう十分幸せだったりするんだよ?」
「それならよかった」
「………………パンツ見る?」
「見ねえよ。なんで急にそうなった」
「誠治君もそしたら幸せになるかなって思って。今日ズボンだけど、ホック外したらすぐだよ」
「いや、見たいわけじゃないからいいってば」
「あ。そっかそっか。……チャック下ろせばそこから覗けるよ?」
「覗きたいってわけでもないからな!」
「誠治君は、ズボンのときはこのパターンの人だったか」
「そんなパターンは知らん!」
「すぐ本気にしてツッコむ誠治君、可愛いー」
どこに萌えてんだ。
結局。
ちらっとだけ見せてもらった。黒でした。
こんなふうにして、甘々な昼休憩を俺たちは過ごした。