空き巣事件
◆柊木夏海◆
ピンポーン。
「……あれ? 今日は土曜日だから家にいるはずなのに」
ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポーン。
春ちゃんちの呼び鈴を連打する。部屋、間違ってないよね……?
部屋を確認しても『205』。おっかしいなぁ……。
土日はだいたい暇してるから、遊びに来てって言ってたのに。
「春ちゃーん? 可愛い妹がきたよー?」
コンコン、とノックしてもノーリアクション。
むう。完全に留守っぽい。
せっかくサプライズでウチが来てあげたっていうのに。
お母さんから預かった合鍵で中に入って、隠れて驚かせてあげよう。
こっそり寝室に入って待っていると、話声が聞こえてきた。
「春香さん、これ、材料買いすぎなんじゃないの?」
男の声――?
た、たぶん彼氏だ!
「いいの、いいの。お好み焼きパーティするんだから。足りなくなるほうが困るでしょー?」
春ちゃんにこの前訊いたときは、彼氏はいないって言ってたのに。
ガサガサ、と袋の鳴る音と足音がして、どんどん話声も大きくなった。扉一枚むこうのリビングにいるらしい。
……?
なんか静かになった?
彼氏さん、どんな人なんだろう……。
こっそり扉を開けてリビングをうかがう。
よぉーく知っている春ちゃんこと姉が、男の人の首に腕を回している。
わわわわ。まだお昼前なのに……!?
見ちゃいけないってわかってても、気になって気になって仕方なくて、もう目が離せなかった。
ゴクリ……。
「ん……っ」
ふぎゃああああああ!?
ちゅ、ちゅーしはじめたああああああ!?
ちゅっ、って感じじゃなくて、もうガッツリいっちゃってるううううう!?
ややややや、やっぱり恋人同士なんだ!
うぅぅぅ……家族のそんなシーン見たくないのに。
どどどど、どうしよう……これ以上のことをおっぱじめちゃったら。
でも目が離せないウチがいる……。
ゴクリ……。
男の人のほうが、春ちゃんをぐいっと離した。
「ちょっと――。美味しいお好み焼き作ってくれるんでしょ?」
「うん。作るよー? まずはその前に、誠治君エネルギーを補給しようと思って」
オンナの顔をしてる……。
春ちゃん、実家でも学校でも真面目でいい子ちゃんなのに。
あ。さては……。春ちゃんを騙してる悪い男?
天然で抜けている春ちゃんにはありそうなことだ。
ウチの知っている限り、彼氏はこの人だけだし。
「なんだよ、誠治君エネルギーって。それに、お好み焼きパーティって……俺と先生だけでしょ?」
「もう、先生じゃなくて、二人のときは春香さんでしょー?」
二人の立ち位置が変わって、その拍子に男の人の顔がチラっと見える。
どんな男かと思ったら、顔はまあまあイケメンの男子だった。
よかった。好青年っぽくて。
ん? でも……かなり若いよ?
ウチより年下……だよね、絶対。
――えっ。ウチ、高三だよ??
それより下ってことは……高校生? ってこと?
それに、さっき先生って……。
高校教師が仕事だからそう呼んでるんだと思ったけど、違うとしたら。
じゃあ、この二人は――。
「学校では柊木先生で、今は誠治君の彼女なんだから」
先生と生徒で付き合ってるの――――?
ま、まさか……。あの真面目な春ちゃんがそんなことするはずが……。
出ていくタイミングを完全に見失った。一日中ここで、こっそり監視してるのも嫌だし……。
「ど、どうしよう――」
◆真田誠治◆
ん。今……人の声がした?
むちゅー、と唇をこっちに突き出して迫ってくる柊木ちゃんを、手のひらで受け止める。
「ちょっと待って」
「ふみゅっ!?」
ど、泥棒じゃないよな……?
声がしたのは、寝室のほうだ。
空き巣が入っていたところに、俺たちがたまたま帰ってきちゃった的な?
かすかに物音も聞こえた。
「あ、空き巣かな?」
柊木ちゃんも物音が聞こえたらしく、顔を強張らせてこっちを見た。
「……空き巣がいるんなら110番しないと――」
柊木ちゃんが腕をほどいて、携帯を取り出す。
「せ、誠治君、110番って何番!?」
「春香さん、落ち着いて。110番は、1、1、0だ」
「そ、そ、そうだった」
「――え、110番!? なんか大ごとになってる!? ちょ、それ、困るっ!」
扉のむこうから焦ったように空き巣が声を上げた。
こっちの話声は聞こえているみたいだ。
むこうの独り言も聞こえるけど。
空き巣は……女の人なのか……。
「春ちゃん、すとーっぷ!」
ばーん、と扉が勢いよく開いて、ショートカットの活発そうな女の子が現れた。
春ちゃん?
「あ!? 夏海! どうして夏海がここに?」
「うー。驚かそうと思って隠れてたんだけど……」
「そっかぁ。あたしの家に遊びに来たんだ! あ、誠治君、この子は、夏海っていって、あたしの妹」
俺は「どうも」と小さく会釈しておく。
夏海ちゃんという妹ちゃんもぎこちなく頭を下げた。
「ど、どうも……こんにちは」
「で、こっちの男子は……」
完全に詰まって、柊木ちゃんがフリーズする。
俺と柊木ちゃんが付き合っているってことは、絶対にバレてはいけない。
その都合上、彼氏はいないことにする。
この二つは、俺たちが恋人関係を続ける上で、鉄の掟だった。
そりゃ、紹介に困るのは当然だった。
むしろ、この状況で紹介しちゃダメだろう。
プライベートで一人暮らしの先生の家に来る生徒なんておかしいから、同じ学校の生徒とも言えない。
「あのー、ええっとー、どうしよう……」
柊木ちゃんがテンパりはじめた。
目が泳ぎまくりで、最終的にグルグルに目を回しはじめた。
「こ、こ、この人は、さっき知り合った空き巣です」
さっきの空き巣事件未遂に引っ張られてる!?
予想の斜め上にいく発言……。
けど、他に紹介されようもなかったので、小さく頭を下げた。
「ど、どうも……空き巣です」