魔力
ぽーん、ぱこーん。
「いくよー!」
「お願いしますー!」
ぽーん、ぱこーん。
柵のむこうで、女子テニス部の人たちがラケットを振っている。
放課後。
紗菜は数学の小テストで惨敗を喫したため、今は居残りで補修授業を受けていて、帰り道は俺一人だった。
ちょっとだけ違う道で帰ろうとしたところ、テニスコートを見つけ、ついつい練習に見入ってしまっていた。
総体の予選まであと一か月もないらしく、少しだけ練習は緊張感が漂っている。
別に俺はテニスが好きってわけでもないし、仲のいい女子がコートにいるってわけでもない。
たったったった、ぱこーん。
――ひらり。
……気になりすぎる。
チラリズム発生装置――正式名称はスコートとかいうらしいけど――が、俺の視線を独り占めしている。
普段は体操服や部のジャージで練習しているはずだけど、大会が近いからか練習もユニフォームで行っているらしい。
見えてもいいようにはしてあるんだろうけど、どうしても気になる……。
あんなに真面目にみんな練習に取り組んでいるのに。不謹慎の塊こと俺。
あんまりジロジロと見すぎても変態扱いされるので、歩きながらちらちらとコートの様子をうかがう。
「?」
ふと、視線を感じて振り返る。
けど誰もいなかった。
おかしいな……。気配がしたのに。
不思議に思いながら、俺はテニスコートに後ろ髪引かれたものの、家へ帰った。
その週の土曜日のことだった。
俺は柊木ちゃんと遊ぶため、家までやってきた。
「誠治君、いらっしゃーい」
扉を開けて、柊木ちゃんが俺を迎えてくれる。
そのとき、いつもと違うことに気づいた。
「どうかした?」
「え。ああ、ううん、何でもない」
普段の柊木ちゃんの部屋着は、ジャージやズボンが多い。
けど、今日はスカートだった。
……それも、結構短い。
色白だから、脚も当然白くて眩しささえある。
「春香さん、脚綺麗だね」
「そお? そうでもないと思うけど、ありがと」
嬉しそうにはにかんだ柊木ちゃん。
上がって上がって、と俺を促して、くるーん、とターン。ふわっとスカートが花びらみたいに広がる。
ぶっ!?
今、フツーに見えた。
ばっ、と柊木ちゃんが慌てて裾を抑えた。
ちら、と俺を見てくる。
「い、いや。見てない、見えてないから」
「そう?」
今まで、デートしているときにスカートをはいたことがないわけじゃない。
でも、丈が今日は極端に短い。
「今日は、すごく短いけど、スカート」
「こういうの、好きなんじゃないの?」
「好きといえばそうだけど……」
軽~く、柊木ちゃんがその場で何度かジャンプする。
ふわ、ふわ、ふわ。
やめろ、その動き! 気になるだろ!
「この前、テニス部の女子、ずっと見てたもんね?」
「うげ。あの視線、先生のだったのか……」
「先生じゃなくて、春香さんでしょー? 誠治君は、短いスカートが好きなんじゃないの?」
そういうわけじゃない。
オシャレの一環としてそうしているのなら、別に止めないしいいと思う。けど、イコール好きっていうのは、ちょっと乱暴な図式だ。
「あ。もしかして、俺が短いスカート好きだから、テニス部女子の練習を見てたって思ってる?」
「え、違うの?」
ぴょんぴょん、と柊木ちゃんが跳ねるたびに、スカートがふわっと膨らむ。
ハレンチ禁止ぃいい!
と、思いつつ言葉には出さなかった。
リビングに行き、いつものようにコーヒーを出してもらう。
ひと口飲んで、隣の柊木ちゃんに話しかける。――ってあれ。今日はむかいに座っている。
……短いから見えそうなんだよ。
気を取り直して、咳払いをする。
「春香さん、いい? 俺は、ミニスカートが好きだからテニス部の練習を見てたってわけじゃないんだ」
「じゃあ、誠治君は一体全体、どうしてあんなに熱心にじっと見てたの? コートの隅にいた女子から変な目で見られてたよ?」
「そういうのは早く教えてよ!」
「うーん。だって、準備室から双眼鏡で見てたから」
遠っ。てか、何で双眼鏡持ってるんだよ。準備いいな。
「ともかく、俺はただ……みんな頑張って練習してるなって思って……」
さらっとそれっぽいことを言ってみた。
「嘘。三〇分もじいっと見てたのに!」
すぐにバレた。
「青春中の女子部員が見たいのか、脚が見たいのか、ミニスカートが見たいのか、パンツが見たいのか――どれかひとつにして!」
なんか怒られた!?
「春香さん、そもそも、テニス部女子のあのユニフォームは、見えても大丈夫なやつだから、パンツが見たいっていっても、見られないんだよ」
「詳しいね」
じと目をされた。
「っていうことは、見えてもいいやつが見たかったの?」
女の人にチラリズムの魔力を説明して納得してもらえるもんなんだろうか。
けど、このままじゃずっと柊木ちゃんは、勘違いしたままだ。
ここまできたら説明するしかないだろう。
「見えそうで見えないから、じいっとつい見ちゃうんだよ」
「ふむ?」
あんまりピンときてないみたいだ。
「さっきから誠治君の目線が、ずっと下にいっているのも、そのせい?」
「ごめんなさいいいいいいい。チラ見してましたああああああああ」
ぷるぷる、と柊木ちゃんは首を振った。
「ううん。いいよ。そんなに気になるものなんだって思って」
「見えるかもしれないから、ずっと見ちゃうんだよ。……猫と猫じゃらしの関係、みたいな」
我ながら微妙な例えだな……。
「あぁっ! そういうこと!」
「これでピンとくるのか」
「ともかく、誠治君は、テニス部女子のパンツが見たかったわけじゃないんだよね?」
「うん。そういうこと」
チラリズムの魔力ってのは計り知れないものがあるんだ。
柊木ちゃんがスカートをつまんでぱたぱたしている。
「こういうのがいいの?」
「普通に見えてんだよ! ハレンチ禁止!!」
「え――? わっ!? そ、そういうつもりじゃなかったの……」
今のは事故だったらしい。
裾を押さえつけて柊木ちゃんはうつむいた。
「ご、ごめんね。見えないようにしてるつもりで、み、見せるつもりはなかったんだ……」
前はパンツが見えることに対して、これほど恥ずかしがらなかった。
たぶん、自分が意識して見せる分にはセーフだけど、事故や不意に見られるのは、アウト。恥ずかしくなってしまうらしい。
「あ、いえ……その……ありがとうございました」
「なんでお礼?」
柊木ちゃんに不思議そうな顔をされた。
あれ? 会話が噛み合ってない?
「春香さん、パンチラごっこしてるんじゃないの?」
ぴょんぴょんって何度かジャンプしてたし。スカートをつまんでぱたぱたするし。
「し、してないよ! 誠治君がミニスカート好きだと思ってたから履いてるんだよ! か、勘違いしないで! パンツを見せたいわけじゃないんだから!」
ツンデレみたいなセリフを言うと、ぷいと柊木ちゃんはそっぽをむいて、体育座りをする。
って、ちょっと見えてるんだよ!!
見せたいわけじゃないんなら、態勢や姿勢をもうちょっと気をつけろよ!
「誠治君? 黙ってないで、何か言ってよ。 ……そんなに気にな――、あっ」
俺の目線に気づいた柊木ちゃんが、顔を赤くして体育座りをやめた。
「も――もう履き替えるううう」
うわーん、と寝室のほうへ行ってしまった。
恐るべし……チラリズムの魔力……。