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愛とダイエット

◆柊木春香◆


 最後に乗ったのって、いつだったっけ……。


 春休みのときくらいだから、もう二か月以上も前ってことになる。


 お風呂上がりに、ちょっと気がむいたのが運の尽きだった。


「ふにゃあああああああああああああ!? 太ったぁああああああん!?」


 体重計の下ひとけたが、大きな数字になってるうううううううう!


 記憶にある限りでは、5もランクアップしてる!!


「なんでぇえええ……?」


 二の腕――ぷにーん。

 太もも――ふにっ、ふにっ。

 お腹――ぷににに。


「ふぐぅ……えぐっ……ふええ……」


 両手を床について、orzのぽーず。


 完全に太ってる……! 言いわけできないレベル……。


 最後に運動したのって、いつだっけ?

 あ。やばい、思い出せないくらいずいぶん前だ。


 仕事して、ご飯食べて、ちょっとお酒呑んで寝て――次の日にはまた仕事して。週末は誠治君とイチャイチャして……。

 その繰り返し。


 とっても幸せ! けど、体重は増えてる……!


「幸せと体重って、不思議と比例の関係にあるよねっ♪」


 って、言いわけしてる場合じゃなぁあああああああい!

 このデブスパイラルから、どうにか抜け出さないと!


「ん? でも、誠治君なら『ちょっとプニってしてるくらいのほうが、春香さんは可愛いよっ、愛してる』って言ってくれると思うなー! たぶん!!」


 個人的に太っちゃったのはマイナスだけど、誠治君的には、むしろプラスだったりして!


「にへへ……」


 ってことは、プラスマイナスゼロってことだよ。




「……先生、最近太った?」


 翌日のお昼休み。

 家庭科室に四人で集まってご飯を食べていると、紗菜ちゃんにそんなことを言われた。


 ちらっと誠治君がこっちを見てくる。


 フォローして、誠治君。ちょっとくらい太っているほうが、先生は可愛いよっ♡ って。


「……」


 スルー!?


 ぶすっと紗菜ちゃんが容赦なくわき腹に指を刺してくる。


「わ。結構めりこんだ……」

「やめてってば。ふ、太ってないから……こんなの、太ったうちに入らないから。誤差の範囲だから」


 ふうん、と紗菜ちゃんが鼻を鳴らすと、むかいの井伊さんがじいっとこっちを見つめてくる。


「……顔の、とくに顎のラインがぼんやりしたような気がする。あと、顔つきが、ふっくらした」


「ぐうう……幸せ太りだから。これ、幸せすぎて太っちゃっただけだから」


 ね、誠治君? とニッコリスマイルを送ると、意を決したように誠治君が顔を上げた。


「うん。俺も、薄々そうなんじゃないかって思ってて、けど、言い出しにくくて。先生、太ったでしょ」


「ぐふっ……」


 直球で、しかもマジメな顔で言われると、ダメージは三倍増……。


「でも、ちょっとくらいプニってしてるほうが……」


「先生ぇ、それ、自分で言っちゃうとデブ自覚してるってことよー? ボケを自分で解説しちゃう、みたいな恥ずかしさあるでしょー?」

「そんなこと言わないで……」


 しょんぼりしていると、うんうん、と誠治君もノーフォローの様子。


「社会人にありがちだけど、運動不足。やっぱ、よくないと思うよ。放っておくと、どんどん我がままボディになっていっちゃうし」


 もう、しょうがない。ダイエット、やるしかなさそうだ。

 長続きしないし、やめたらリバウンドするから好きじゃないんだけど。


「ちなみに、井伊さんや紗菜ちゃんは何かしてたりする? ダイエット」


 二人とも顔を見合わせ、首を振った。


「サナ、太らないタイプだし」

「……同じく」


 あたしの体質を増し増しでプレゼントしてあげたい……!


「やってやるんだから! 見てなさいよ!」


 啖呵を切って、あたしは家庭科室から出ていった。


 とは言ってみたものの、ダイエットに割く時間がないんだよ。

 夜にランニングするっていっても、走るのは得意じゃないし……。

 週末は誠治君とラブラブしたいし……。


 あ。

 家の体重計が壊れてるってオチでは……!?


 保健室に行って、カーテンを閉めて鍵も閉める。


 ぽいぽい、と真っ裸になったあたしは、そおっと体重計に乗ってみる。


 ……。


「ふにゃああああああああ!? やっぱり太ってるぅうう、ていうか昨日よりワンランクアップしてるぅうううううう!?」


 こ、このままじゃ……誠治君に嫌われてしまう……。


『太った春香さんは、ちょっと……限度があるっていうか……』


 嫌ぁあああああああああ!


 ま、まずは、通勤は車じゃなくて自転車にしよう……!


 これで、ちょっとは運動になるから、あっという間に体重がガクーンて落ちて、『春香さん、超スマートになったじゃん、綺麗! 愛してる!』って誠治君がハートマークの目になる。たぶん!


 ……って期待して早一か月。体重は横這い状態……。

 ダイエット、舐めてた……。


 キコキコ、と自転車を漕いで帰宅すると、誠治君から電話が入った。


『俺、今日からウォーキングするんだ。九時くらいから。春香さんもどう?』

「うん! あ、けど、大丈夫かな。一緒にいて……」

『帽子被るし、夜で暗いから大丈夫でしょ』


 誠治君もダイエットはじめたのかな……?

 ま、いいや。


 簡単にご飯を済ませ、準備をすると誠治君がやってきた。


「平日に会うのってはじめてだから、なんだかドキドキするね♪」


 手を握って、一人でドキドキしていると、ぱっと振り払われた。


「春香さん、ウォーキングは、散歩じゃないからね」

「ち……違うの?」


「夜のラブラブお散歩デートってわけじゃないから。シャカシャカ歩くんだよ。腕をきちんと振って。競歩するノリで」

「楽しそうじゃなくなった!?」


 こうして、誠治君指導のもと、夜のウォーキングがはじまった。

 最初のうちは、歩くので精一杯だったけど、慣れてくると会話する余裕も出てきた。


「やっぱり、あたしが太るのは嫌?」

「俺が嫌っていうか、本人がそれをどう思うかだよ。太ったことは、嫌じゃなかった?」

「嫌だった」


「じゃ、頑張ろう?」

「あ、うん」


 うぅぅぅ……さっきまで厳しかったのに、誠治君ってばツンデレ……。

 うぅ……好き。


 こっそり手を繋いで――あう、また拒否された……。悲しい……。


「今は、イチャイチャする時間じゃないでしょ?」

「はい……」


 もう、どっちが先生かわからない状態だった。


「でも、誠治君もダイエットするんだね。意外」

「いや、それは、まあ……俺が、っていうか……」


 うん? なんだか歯切れが悪い。


「一人で黙々とするより、二人でやったほうが、頑張れるかなって、思って」


 もしかして、あたしのため――?


 腕の振り方だの、歩き方だの、誠治君はやけに詳しかった。

 陸上部でもない彼が、ここまでウォーキングについて知っているのは、今思えば不自然だ。


 効率のいい歩き方を教えてくれた。

 何かで調べた受け売りみたいに。


 誠治君はダイエットなんてしなくてもいい体形だ。


 てことは、やっぱりあたしのためなんだ。

 夜の遅い時間に、自分はしなくてもいいダイエットにこうして付き合ってくれている。


 テレビだって見たいだろうし、ゲームだってしたいだろうに。


「誠治君?」

「何?」

「好き」

「うん。俺も」

「愛してる」


 手を繋ごうとすると拒否されるから、抱き締める。

 ちょうど、電灯の真下。


 光がスポットライトみたいだった。


「こ、こら――今はウォーキングの時間で」


「違います、イチャつく時間ですー!」


「や。違うから――」


「『好き』って気持ちを止めないでっ」

「なんかの歌詞みたいだな!?」


 諦めた誠治君が、ちょっとだけだぞ、と言ってぎゅっとしてくれる。

 もちろん、あたしもぎゅっと抱き締め返す。


 どちらともなくキスをする。

 まだ火曜日で、一昨日の日曜日、会ってイチャイチャちゅっちゅしてたっていうのに、誠治君とのキスは、何回しても、やっぱり足りない。


「キスした数だけ、体重減ればいいのに……」

「そうなると、すぐに消えてなくなるよ?」

「ほんとだね」


 笑い合って、また長いキスをする。

 今何時で、どこにいて、何をしているのかなんて、忘れてしまったみたいに。


 帰りなら手を繋いでもオーケーというルールになって、あたしたちは手を繋いで歩いて帰った。

 毎晩電話していたのがウォーキングに代わり、今夜のようなことを繰り返した。


 結果、晩ご飯とお酒の節制に繋がったこともあり、体重は思ったよりも早く元に戻った。


 あたしは成果をウォーキング中に報告した。


「お? まじで? よかったじゃん、おめでとう」

「愛の力だね、誠治君! ラブ、イズ、パゥワァー!」

「何で英語なんだよ。そんなので痩せられたら苦労しないって」


 と、つれないことを言う。

 けど、あたしはやっぱり愛の力だと思う。


「愛の力は、無限大なんだからっ」

「恥ずかしいセリフ言うの、やめろって」


 照れながら誠治君が言うと、この(ひと)が愛しくてたまらなくなったあたしは、手を繋ぐ。

 今日からは、行きでも手を振りほどかれる心配はなさそうだ。


「誠治君、大好き」

「うん、俺もだよ、先生」


 またすぐそうやって先生って呼ぶ。

 けど最近は、これが照れ隠しのひとつだとわかり、ますます愛おしくなってしまったのだった。

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