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とある休日のベランダにて

 超しょぼしょぼしている。


 柊木ちゃんの目が。


 デートをするとはいっても、あまり外で遊べない俺たちは、週末は柊木ちゃんちで過ごすことが多い。


 とりわけ多いのが、DVDで映画鑑賞だ。


 今日も少し前に流行ったアクション映画を柊木ちゃんが借りてきていて、一緒に見ているのだけど、柊木ちゃんの目蓋が重そう……。


 まばたきするたびに、しばらく目をつむって開くことが増えてきた。

 柊木ちゃんは、割とどこでも寝てしまうタイプの人らしく、寝つきもかなりいい。


「春香さん、眠いでしょ?」

「う、ううん、全然眠くないから。あと五〇時間は起きてられるから」


 わかりやすっ。嘘ってバレバレ……。


「仕事疲れがあるんでしょ? ちょっと仮眠する?」

「しない……せっかく政治金とデートしてるのに」


「ほら、ろれつがポンコツになってる」


 グレーな何かとデートしているらしい。

 ……単純に噛んだんだろうけど。


 ふるふる、と全力で頭を振って、「ぬんっ」と気合を入れて、目に力を入れる柊木ちゃん。


「週末、政治金と遊ぶことを、あたしがどれほど楽しみにしてるか……!」


「そりゃ、楽しみだろうな……税金で旅行とかできそう」


「………………はっ!? 寝てない、寝てないから!」

「訊いてねえよ。てか、その反応、絶対に寝てただろ」


 DVDの再生を一時停止。


「どうしたの?」

「俺、ちょっと眠くて。昼寝していい?」

「そういうことなら、もちろんいいよ。はい、おいで?」


 両手を広げて、柊木ちゃんが俺に着陸許可を出した。

 母性丸出しの柊木ちゃんに甘えたくなってしまう……。


 いや、けどそうじゃないんだよ。

 てか俺は全然眠くない。


 俺が寝れば、やることのなくなった柊木ちゃんも眠るのでは? という作戦。


 こうでも言わないと、ずっと「いや、寝てないから」って言ってそう。

 仕事の疲れがあるのに、無理して起きておくこともないだろうに。


「今日は、いい……」

「あれ? 珍しいね?」

「ソファで、座りながら寝るから」

「それじゃ、逆に体が疲れちゃうでしょ?」


 ブランケットを取り出した柊木ちゃんは、自分の膝にかけた。


「ほら。ここ。おいで」


 とんとん、と太もものあたりを叩く。


 こ、ここで屈しては、柊木ちゃんが眠れない……!


 そう思ったけど、甘やかしレベルが高すぎて、俺じゃ相手にならない……!


「けど、そこを使うと身動き取れないでしょ?」

「むふふ……政治金の寝顔見てるからいいのー」


 いつになったら俺は誠治君って呼ばれるんだろう。


「春香さん、疲れてるんなら無理にDVDを見なくても……」

「別に無理はしてないよー?」


 結局、柊木ちゃんの誘惑に勝てず、膝を借りる形となった。


 俺の身動きが取りづらいのをいいことに、キスをしてくる。


 なでなで。なでなで。愛猫かっていうくらい、俺は撫でられた。


 それが心地よくなってしまい、気づいたら眠っていた。


 目が覚めると、柊木ちゃんも活動停止状態で、目をつむってうつむいている。


 作戦は半分失敗して、半分は成功した。


 すうすう、と穏やかな寝息を立てている。


 起こさないようにそおっと柊木ちゃんの膝からお邪魔して、ゆっくり彼女を横にする。


「お疲れ、先生」


 腰のあたりから、パンツがほんのちょっと見えてる。


「っ!?」


 ブランケットを即かけて、視界はオールグリーン。


 無防備なのか、それともわざとなのか……ちょいちょい見えるときがあるから困る……。


 俺と遊ぶのを楽しみにしてくれているのは素直に嬉しい。


 けど、遊んでても疲れるときは疲れるから、たまにはこういう日もあっていいだろう。


 部屋の掃除は行き届いていて、俺の出る幕はなさそうだ。


 夕方の五時を回っていて、外はもう薄暗くなりはじめている。


「あ、そうだ。洗濯物……」


 乾いていたら取り込んで、できれば畳んであげようと寝室からベランダに出る。


 学校で何度か見たことのある私服やブラウスが、ハンガーに掛けられて干されていた。


 全部乾いていたので、取り込むだけ取り込んでいき、残った衣類に思わず手が止まる。


 まとめて干されているパンツとブラジャーだった。


「……」


 こ、これ、取り込んでいいやつなの……?

 ていうか、まじまじと見ちゃってるけど、大丈夫??


 生唾ごっくんなのである。


「き、ききっきき、基本的に、じょ、じょ、上下セットなんですね……」


 一度見たことがある下着から、初見の物もある。


 半分くらいヒモ……ひ、柊木ちゃん、こういうエロいのも履くんだ……。


 ……生唾ごっくんなのである。


 まずい。動悸がする。色のせいか、目がチカチカする。


 そう、この感覚は、レンタルビデオショップのR18コーナーにはじめて入ったときのような感覚……!


 視界から入る情報が刺激強め……。


 履いてるパンツのほうが、見る分には何倍もエロい。

 けど、こういう干されている状態って、生活感が滲んで、それはそれで……。


 じっと見てしまう。


 これ……取り込んだとして畳むの……!?

 パンツはセーフ。なんとなく、畳み方はわかる。


 けど、男の俺からすれば未知の存在――ブラジャーってどうすんだ!?


 他の洗濯物は畳んだのに、ブラジャーだけ放置ってのもなんか変。


『あれあれぇ? 誠治君、ブラは畳んでないけど……あ、恥ずかしかった? 男の子からすれば、ブラ畳むのは恥ずかしいよねぇー? 可愛いねぇー誠治君は』


 って、ニヨニヨしながら柊木ちゃんが茶化してくるのが目に浮かぶ。


 ブラジャーとパンツを放置ってのも以下同文。


『ブラとパンツは取り込んでないけど……あ。そっかそっか、恥ずかしいよねー? 彼女の物とはいえ、恥ずかしかったんだよねぇー? 可愛いねぇー誠治君は』


 って、絶対にニヨニヨしながら言ってくる……。

 かといって、取り込んだ物を元に戻すのもはばかられる。


「ううん……これは、どうすれば……」

「すっごい熱心だね、誠治君」


 後ろから聞こえた声に俺は飛び上がった。


「うわあああ!?」

「あたしの下着をそんなにじいっと見つめちゃって……エッチなこと考えてたんでしょー?」


 がしっと俺を後ろから抱きしめた柊木ちゃんが、うりうり、とほっぺたをいじってくる。


 ちらっと横目で顔をみると、やっぱりニヨニヨしていた。


「そんなこと、考えてない!」


 って言っても説得力がないんだろうなー。


「お年頃だもんねぇー? いいよ、いいよ、先生、全然気にしないから♪」

「勘違いしてるって。俺はたただ、取り込むか、取り込んだあとどう畳むかを悩んでいただけで――って、いつから見てたんだよ」


「誠治君が、ベランダに出たときくらい」

「結構前だな! 声かけろよ!」


「だって、何するんだろうって思って。つい。あたしのパンツ、欲しいのかなって……」

「……ほ、欲しくねえし」


 んんんん? と、やっぱりニヨニヨしながら柊木ちゃんが俺の顔をのぞいてくる。


「あんまり強く言わないんだね? 否定する勢いが落ちたよ?」

「欲しくない」


 こそっと耳元で柊木ちゃんがささやいた。


「欲しいの一個あげる♡」


「………………だ、だから、要らないって!」

「今、悩んだでしょー? これがほしいの?」


 と指差して、顔赤いよ? と、また俺をのぞきこんでくる。


「パンチラごっこするんなら、どれ履いてほしい?」

「これ」

「やっぱりこれじゃん! ほしいのこれじゃん!」


「ち、ち、違うから! 俺、そういうハレンチな遊び好きじゃないから」

「即答したでしょー? どのパンツがいいか。そんなこと言っても、もう説得力ないですよー?」


「は、春香さんのハレンチぃいいいいい」


 うわーん、と俺はベランダでじたばたする。けど、柊木ちゃんの腕は全然ほどけない。


「あははは、誠治君可愛い~」


 その日は、ずっとこのネタでからかわれっぱなしだった。


 お土産にって、帰り際に例のパンツを渡されたけど、


「要らんわいっっ」


 てい、と投げ返した。


「もう、誠治君ってば、恥ずかしがり屋さんなんだからー」


 と、柊木ちゃんは唇を尖らせた。


 変なところで、恥じらいがまったくない柊木ちゃんは、ときどき、俺の手に負えない女の人になるのであった。

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