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柊木ちゃんの危惧


◆柊木春香◆



『誠治君、おはよう♪』


 朝起きてまずやることといえば、誠治君におはようのメールを送ること。

 出勤の準備をしながら返信を待っていると、メールが返ってきた。


『うん』


 あれ。それだけ?

 いつもより素気ないような……。


 おはよう、とか、今日も頑張ろうね、とか、愛してるよ、とか、そういうのは??


 なんか悲しいから、『今日も一日学校頑張ろうね!』と送ったけど、返事は一向にない。


 むう……。


 これはもしや、倦怠期というやつでは……っ!?


 付き合うことに慣れてしまって、当初のドキドキや新鮮味がなくなりどのカップルにも訪れるという、アレ――!


「もしや、誠治君は、あたしへの興味をなくしはじめている……?」


 そ、そんなあ。

 付き合ってまだ一か月ちょっとなのに……。


 ぷるぷる、とあたしは首を振る。


 誠治君は、多感な高校生。毎日似たような仕事をして過ごしている教師に比べれば、刺激的な出来事だって多いはず。


 誠治君は、優しくてカッコいいから割とおモテになる。……たぶん。


 あたしが本気を出せば、女子校生なんて小娘に興味を持つ必要なんてないくらい、誠治君を虜にできるんだから。


「柊木、頑張ります!」


 て言っても、何をどうすれば……?


 テーブルの上に置いてあるデート情報誌の片隅に、『イメチェン』の文字があった。


「よーし。決ーめた!」


 いつもポニテにしている髪を、今日は左肩のほうへまとめて流す。


 うんうん、案外いいかも! 普段のあたしよりもぐっと大人っぽくなった。


「誠治君、なんて言うかな。…………ぐふふ」


 今日は大人っぽいね、春香さん。好き! 愛してる! ――なんて言われたりして。


「ぐふ…………ぐふふ」


 車に乗り込んでさっそく通勤。


 職員室で授業の準備をしたり、その他雑務をしながら朝礼の時間を待つ。


 誠治君、来ないかなー?


 各先生が担任の教室へ行き、ホームルームを終えて帰ってくる。


 誠治君、来ないかなー?


 一限目の授業が終わって、一〇分休憩に入った。


 来ないかなー? 誠治君、まだかなー?


 それらしき人影が職員室の出入口に見えない。

 おっかしいなー。

 今日はお休みじゃないはずなのに……。


「あ! 先生、髪おろしてるー!」

「ほんとだ! そっちも可愛いいねー!」


 三年生の女子が気づいて褒めてくれる。


「あはは、ありがとうー」


 髪を下ろした柊木は、イケてる!! 確信した!! ぐふふ。


 だから誠治君、早く……。


 来ないかなー。来ないかなー。そわそわ……。


 ………………。


 ――って、全然来ないしっっっ!


 んもう怒った。あたしから会いに行ってやるんだから。


 ずんずん、と足音を鳴らして、教室棟の二階、誠治君のクラスであるB組へむかう。


「せい……真田君は、いるかなっと……」


 こっそり教室をのぞく。

 がらーん、としていて、生徒は誰もいなかった。


「あ、先生。B組になんか用? AB組、体育だからもう移動してると思うよ?」


 通りがかった男子がそう言って教えてくれた。


「あ、そうなんだ。ありがとう。……うーん、間が悪いなぁ……」


 はあ、と肩を落とす。


 誠治君! 柊木先生は、これでも暇じゃないんだよ!


「体育ってどこでやってるの? グラウンド?」

「ABは、体育館だったような?」

「オッケー、ありがとう!」


 こうなれば、意地でも会って、今日の春香さんいつもと違うねって言ってもらうんだから。


「ふんす」


 鼻から勢いよく息を出して、ずんずん、と歩いて体育館へとむかう。チャイムが鳴り授業がはじまった。


 体育館の重い鉄の扉をちょっと開けて、中をのぞく。


 あ、いたいた。眠そうな顔をしている誠治君、ちょっと可愛い。


 他の生徒たちに気づかれて、先生ー、先生ー、とみんなが手を振ってくれるので、あたしも手を振り返す。


 けど、肝心の誠治君は、こっちを見向きもしない。


「うん、おほん、ごほん! おーっほん!」


 顔が見やすいように、ガラガラ、と扉を開けておく。ついに誠治君が気がついた。


「……」


 ど、どうよー! バージョンアップしたあたしは!


 ぷい、と何のリアクションも見せずにそっぽをむかれた。


 な、何よあれーーーー!


 愛しの春香さんが来たっていうのにぃいいい。


 誠治君のためにバージョンアップしたっていうのにぃいいいいい。


 こ、これが倦怠期…………!?


「なんで冷たいのよう……寂しいじゃん……」


 ゴゴゴゴゴ、と変な効果音がすると、あたしの顔に影が落ちた。


「……柊木先生」

「……は、はい?」


 低い声に見上げると、ジャージ姿の体育担当の駒田先生があたしを見下ろしていた。


 誠治君が、満塁男って呼ぶと怒るって言っていた。意味はよくわからないけど。


 ……ちょ、超怖い……。


「授業の見学ですか」

「……い、いえ……見学っていうか……逆に見てもらおうかな……なぁーんて……」


 冷や汗がダラダラと止まらない……。


 え。もしかして、あたし怒られてる!?

 世界史の先生なのに、生徒みたいに怒られてる!?


 その奥で、誠治君が、『もう、言わんこっちゃない』って顔でため息をついた。


 せ、誠治君……なんかフォローをして……へ、へるぷ……。


「今は体育の授業中です」

「ひゃい……」

「自分の授業がないからと言って、冷やかしに来ないでください」

「す、すみません……」


 怒られてる……あたし、普通に怒られてる……。先生として先輩から怒られてる……。


 ふぐうう……。


「暇なら、他の世界史の授業を見学させてもらうなりして、授業の進め方を勉強して――」


 ガチなやつだ……。

 仕事をする人間として、あたし叱られてる……。


「ひ、暇ではないんです……」

「どうしてわざわざ体育の授業を?」


 駒田先生の顔に、「暇な奴はいいな」って書いてある。


 うぐぐぐぐぐ。悔しいよう……。

 でもリアルな仕事量では、満塁男のほうが五倍くらいあるから、何にも言えない……。


「たまたま、ちょっと通りがかっただけで……」

「――柊木先生、もしかして次の授業の件ですか?」


 たたた、と誠治君が駆けてきた。


 誠治君んんんんんんんんんんん。

 あたし、もう、泣きそうだよううううううう。


「……でも、次の授業の件って、何?」


 ずるっと誠治君がきれいに転倒した。


 何? どういうこと?


 気を取り直した誠治君が、満塁男に説明をしてくれる。


「先生、俺、日直で。今日の世界史、DVDを見るか何かで、その準備が必要だっていう話だったんです」


 ……今日はDVD見ないよ? 『世界〇しぎ発〇!』、たまに授業で見るときもあるけど。


 ギロン、と満塁男の視線があたしにむいた。


「え、えと、そうなんです。ちょ、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、その話を」

「そういうことですか。……今度からそういう話は、休憩中にお願いします」


 のしのし、と駒田先生は去っていった。


 誠治君が体育館から出てくると、あたしの手を引っ張った。


「せい――真田君、今日はDVD見る日じゃないよ? それに、日直でもないでしょう」

「方便だよ、方便。あのまま割って入らなかったら、先生泣きそうだったし」


 きょろきょろ、とあたりを見回した誠治君は、あたしを更衣室に連れていった。


「それならそれで、ぷいってしなくてもいいじゃない……そういうつれない態度取られると、心配になるんだから」


「あそこで反応すると、春香さんが俺を見に来たって、バレるかもしれないでしょ?」


 う。ちゃんとした理由があったんだ……。


「だ、だって……朝のメールも素気なかったし……倦怠期かなって、不安になって……」

「朝は忙しいから、ちょっと今日は短かったかもって、俺も反省してる。けど、倦怠期とかそういうあれじゃないから」


 なんだ。よかったぁ。あたしの早とちりだったのか。


 そ、そうだ。


 さわさわ、と今日は下ろしている髪の毛をそれとなく触る。


「誠治君、あたしに何か言うことない?」


「え? あ。……なんで俺が日直じゃないって知ってんの?」


「ふふん。誠治君のクラスのローテーションは把握済みだからだよ! て、そこじゃないから! あ、あと……さっき満塁男から助けてくれてありがとう」


「うん。どういたしまして。じゃ、授業戻らないと」


 呼び止める間もなく、誠治君が更衣室から出ていく。

 それから、すぐにこっちを振り返った。


「髪下ろしても似合うね、先生。大人っぽくていいかも」


 じゃ、と手を振って体育館に入っていった。


「も、もう……き、気づいてるんなら最初にそう言って……もぉ………………好き……っ」


 昼休憩は、いっぱい甘やかしてあげよっと。


 こうして。

 倦怠期どころか、誠治君のことが大好きなのだと再確認する一日になったのでした。


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