修学旅行4
修学旅行二日目。
朝食のあと、近くの陶芸工房に移動する。
「とーげーってなんだよ、オレたちゃ、ジジイかってのー」
「地味すぎんだろー」
「あーダルいわー」
藤本を含め、班のみんなは、文句たらたら。
前回の俺も、こいつらと同意見で愚痴っていた。
けど、これが案外面白かったのを覚えている。
「文句言わないのー! 真剣にやればきっと楽しいよ。ね?」
愚痴る藤本たちに柊木ちゃんが微笑む。
「「「……まあ、柊木ちゃんが言うなら……」」」
女神スマイルの威力、すげー。
ていうか、全員超照れてるんですけどー!
うぶうぶなんですけどー!
柊木ちゃんがどうとかじゃなくて、異性の笑顔に戸惑っているらしい。
『昨日は、押しかけちゃってごめんね……? 柊木……軽率でございました……』
しょぼぼーん、と肩を落としながら、朝食のとき、こっそり柊木ちゃんが謝ってきた。
自分の部屋に帰って、酔いが覚めてから猛省をしたらしいので、俺は何も言わないでいおいた。
それほど酔っているようには見えなかったけど、結構呑んでいたらしい。
『とても大胆なことををををを……恥ずかしいぃいいい……』
って、酔いが覚めてから布団の上をゴロゴロしていたそうだ。
『酒の勢いや旅先の解放感があっただろうから、まあ……。俺も拒否しなかったからおあいこってことで。けど、今度は消灯してからにしてね』
そう言うと、柊木ちゃんはうんうん、と一生懸命首を縦に振った。
何だかんだで、俺たちは付き合ってまだ間もないカップル初心者なので、理性はゆるみがちになってしまうのだった。
工房に到着すると、エプロンを貸してもらい、インストラクターの先生の指示に従って粘土をこねていく。
こういう黙々と地味な作業をするのは結構好きだったりする。
前回は、藤本たちと文句を言いながら粘土をこねていたけど、今回は、藤本たちも柊木ちゃんの笑顔に懸けて真剣だった。
「この先端の部分をもうちょっと……」
「おい、藤本。何作ってんだよ」
「見りゃわかるだろ」
「見りゃわかるって……」
ナニコレ、大根?
「亀の頭だよ」
「変なモン作んなよ。ていうか、今形整えても意味ねーぞ?」
べしゃん、と亀の頭を叩き潰した。
「ぬぁあああああ!? オレのち〇こがぁあああああ!」
やっぱりそのつもりだったのかよ。
近くで作業をしている柊木ちゃんを見ると、顔を赤くしていた。
「おまえが卑猥なモン作るせいで、先生が頬を染めてらっしゃるじゃねえか」
「リアルなやつなら今すぐにでも――」
「やめろ、変態」
ちら、と柊木ちゃんが俺を見て、ほーうという顔で何度かうなずいた。
「アレって……あ、あんな感じ、なんだ……」
興味津々!?
こねこね、と柊木ちゃんも粘土をこねて、動物っぽい何かを作っていく。
「できたっ! アリクイ!」
作るにしてももうちょいメジャーなやつ作れよっ!
「先生、作るのは茶わんや湯呑だよ?」
と隣の女子に注意されていた。
ガーン、と柊木ちゃんがショックを受けている。
「あ、でもこれ、ただのアリクイじゃなくて、オオアリクイのほうだからっ」
「先生、それどっちでもいいから。問題そこじゃないから」
隣の女子が的確にツッコミを入れてくれるので、俺は安心して見ていられた。
ていうか、なんでオオアリクイならセーフだと思ったんだよ。
「クオリティの問題かぁ」
「高くても低くてもアウトだから」
柊木ちゃんの隣にまともな子がいるから、俺は自分の作業に集中するとしよう。
前回経験した分もあるから、今回で二回目。前よりも上手に作る自信がある。
粘土をこねる作業が終わると、今度はロクロを使ってそれらしき形にしていく。
ぬちょぬちょして、粘土が気持ちいい。
周りを見てみても、どう考えても俺が一番上手い。
インストラクターが、くちゃくちゃになった粘土を上手く立て直して生徒を助けていた。
「あ」
柊木ちゃんが声を上げると、目が合った。
……陶芸、ロクロ、恋人……。
何を思いついたのか、すぐにわかった。
作品の名前は知らないけど、アレだ。映画の名シーンとかでだいたい挙げられるやつ。
「先生、みんなが心配だから、ちょっと見回ってきまーす♪」
誰に説明してんだよ。
近くにいる俺のところに真っ先にこないってあたりが、もう怪しい。
遠回りして、順番的に俺が最後になるように調整している……!
柊木ちゃんがほっぽった作品を見ると、くっっっっちゃくちゃになっていた。
指導できる立場じゃねええええ!
「みんな、本当に上手だねー? あれ? あれれれー? 真田君、全然できてないじゃん」
「そ、そうですかね……」
なんなら進捗状況が一番いいの、俺ですけどね!
「先生が、手伝ってあげりゅ♡」
「俺よりも、自分の心配をしたほうが……」
耳を貸さない柊木ちゃんは、真後ろに座って、ちょうど二人羽織をするみたいに俺の背中におぶさった。
手を重ねて粘土をいじる。
「ここを、こうして♪」
悪い先生が、ふにゅん、とおっぱいを背中に当てているのがわかる。
「先生、これ、恥ずかしいから……やめてほしんだけど……」
「だって、こうしないとコツ掴めないでしょー?」
男子の視線が俺たちに集中している。
「くそ……オレも下手クソだったら、柊木ちゃんに密着して――じゃなくて指導してもらえたのかっ!」
「ナニアレ、うらやま……じゃなくて、僕も柊木流の指導をしてほしいんだけど」
「あー。やべーわ。マジでやべーわ。手伝ってもらわねーと作れねーわ」
隣の藤本が柊木ちゃんをちらっと見ると、インストラクターがヘルプに入った。
「そうじゃねぇぇ……!」
ぷぷぷ、ドンマイ藤本。
柊木ちゃんが手を加えると、すぐにくちゃっとなって、歪な湯呑がくるんくるんと静かに回った。
「……」
「……おい」
「…………う、上手く作るためには、失敗もときには必要なんだよ?」
と言って、立て直すにしてもくちゃくちゃのままで、超下手くその柊木ちゃん。
仕方ないので、俺はこっそり柊木ちゃんの手の上に手を重ねた。
「貸して」
「あっ……うん……♡」
小声で秘密のやりとり。
「ここを、こうして、こうやって……」
あくまでも、柊木ちゃんが教えている体で、俺が柊木ちゃんに教えていく。
終わると、名残惜しそうに柊木ちゃんは自分の席に戻って、くちゃくちゃの自分の作品にむきあった。
「むむむむ……難しい……」
やっぱり下手だったけど、どうにか頑張って形にした。
きちんと仕上がるのには、まだまだ時間がかかるので、後日学校に送ってもらうらしい。
どれが誰のかわかるように、自分のサインを入れておくように、と案内があった。
前回は、適当に真田って書いたけど、今回はちょっとだけ変える。
S for H
元々、あげるつもりで作っていたので、そう書いておいた。
自分の作品を置くと、柊木ちゃんが自分のを置きにきた。
「あ――」
小さく声を上げて、俺の顔と作ったマグカップを交互に見る。
ふぐう、と変な声を漏らして胸を押さえた。
「キュンとして、死にそうになったよう」
「先生は、何作ったの?」
「これ」
はにかみながら、柊木ちゃんが自分の作った花瓶? みたいな物を俺に見せてくれた。
底にサインがしてある。
H for S
俺のために下手なりに一生懸命作ってたの……?
俺も、ふぐう、と胸を押さえた。
「真田君、どうかした?」
「ちょっと、キュンとして、死にそうに……」
照れながら、柊木ちゃんが咳払いをする。
「こほん。『誰』にあげるのかは知らないけど、同じことを考える人っているんだね?」
「うん……同じこと考える人がいるんだね。先生も『誰』にその花瓶をあげるのか知らないけど」
「花瓶じゃないです! コップだから。へ、下手っぴだけど……」
「あ、味があっていいんじゃないですか」
「そう、これ、味なんだから、手作り感を再現した個性ある作品なんだから」
強がってみせる柊木ちゃんと目が合うと、俺たちは笑みをこぼした。
「大丈夫、きっと、喜んでもらえますよ」
「そ、そうかな? だといいな。真田君のも、すっごぉおおおく、嬉しいと思うよ? もらった人は。できあがりが楽しみだね」
俺がうなずくと、見えないところで、俺の手の甲に手の甲をつんつんと柊木ちゃんはぶつけてきた。
照れ半分、喜び半分の可愛い笑顔をする。
やっぱり俺の彼女は最高なのである。