修学旅行3
「藤本、失敗するからやめとけって。前回、それで一晩中正座させられてたんだぞ?」
「なんだよ、前回って。止めるな、真田。……ていうか、おまえも来いよ」
なんで俺が、失敗に終わる女子風呂ののぞきに参加しなくちゃいけねえんだよ。
初日の日程を消化しつつある午後九時。
旅館の女風呂をのぞきに行こうと言い出したのは藤本だった。
タイムリープして徐々に過去が変わってきてるのに、相変わらず同じことを言うやつである。
「前回は連帯責任で、関係ない俺も正座だったの。だから、やめろって」
「だからおまえも来るんだろうがぁあああああああああああああああ!」
声でか。
「そこまで言うんなら、忠告してやろう。おまえたちの連携が、生死をわける。俺だけが、俺が先に、なんて考えは捨てろ。一蓮托生。運命共同体。オーライ?」
前回、俺が俺が、とのぞき穴付近で騒いだせいで、反対側の女子にバレたんだとか。
俺は巻き添えを食らっただけだから、話でしか知らないけど。
「「「オーライ!」」」
キリっとした顔つきで、バシバシ、とハイタッチをすると、肩で風を切って部屋から馬鹿どもが出ていった。
一気に暇になったな……。テレビでも見ようか、とリモコンを探していると携帯が鳴った。
柊木ちゃんからの電話だ。
『はろろー。誠治くぅーん』
たぶん呑んでる……。
なんだ、はろろー、って。可愛いな、くそ。
「何? 先生」
『先生じゃなくて、えっと、なんだっけ……』
いつものセリフ忘れてる!?
晩飯は七時頃には終わっている。
先生たちがそれぞれ部屋に戻って一杯呑みはじめる適当な時間でもあった。
携帯を肩と耳に挟んで旅のしおりを手繰る。
柊木ちゃんの同室には、保健室の先生と別クラスの担任――どっちも女性――がいるはずだけど、俺に電話なんてして大丈夫なのか?
『他の先生ねー、お風呂行くからって今いないのー』
「奇遇だね。こっちも、まあ色々あってみんな出かけて、俺一人なんだ」
ブツ、と電話が切れた。
「?」
急に先生が戻ってきて慌てて切ったんだろう。
と、思っていると。
「誠治君――っ!」
顔をちょっと赤くした柊木ちゃんが俺の部屋にやってきた。
「うわ!? な、なんで来たの!?」
「来ちゃダメなんですかぁー?」
てててて、とちっちゃい女の子みたいに走って、柊木ちゃんは俺に抱きついた。
「だって、ここ、他の男子の部屋でもあるし――」
「夜遅くに呼び出そうと思ったけど……誠治君、寝ちゃうかもしれないし……二人きりになれると思ったら我慢できなくて」
ちゅ、ちゅ、と柊木ちゃんにキスされる。
前からだけど、本当に本能に忠実な人だな……。
風呂には入ったあとなのか、柊木ちゃんは浴衣を着ていて長い髪は後ろでまとめていた。
「浴衣、似合うね、春香さん」
「やーん。誠治君に口説かれてるっ」
浴衣美人ってのは柊木ちゃんのことだろう。普段も可愛いけど。
ちょっとだけ、まとめた髪からいくつか髪の毛がこぼれていて、うなじにかかっている。
酒を呑んでいるせいか、白いそれがちょっと赤らんでいた。
和の色気がすごい……。
ぎゅっと抱きしめる柊木ちゃんは、俺を離してくれなさそう。
ふにふに、と柔らかい胸を押しつけてくる。
「もしかして……ブラは……」
「してないよ? 見る?」
「み、見ないっ!」
て言っても、目線がむかうのは男の性だろう。
胸元から三割くらいおっぱいが見えている。
…………エロい……。
ガチャ、と扉の開く音がする。
「結局見られなかったなー」
「てか、女子の入浴時間もう終わってるしっ」
「先生たちの時間じゃねえか……柊木ちゃんでもいれば、のぞきがいもあるんだけどなあ」
「その穴が全然見つからないっていうな」
――や、やばい! あいつら、もう帰ってきやがった!
「ちょ、春香さん離れて!」
出入口にあいつらはいて、もう外には出られない。縁側――は、すぐにバレそう――。
「やだ。あたしは、誠治君とこれからも一緒にいたい……」
「物理的な話だよ!」
って、言ってる場合か。
あ、押し入れ!
俺は柊木ちゃんを押し入れへ連れていく。全然離さないどころか引っ張られたせいで、俺も押し入れにイン。
もうしょうがないから、慌てて襖を閉めた。
「おーい、真田。のぞき穴は見つからなかったぞ――あれ。あいつ、どこ行った?」
俺は、真っ暗な押し入れの中で、柊木ちゃんに押し倒されていた。
こそこそ、と声を出す。
「早くどいて」
「ちょっとだけだよ?」
何がちょっとなんだ?
すすすす、と柊木ちゃんが浴衣の肩をずらす。
ぶっ!? なんで脱いでんだ!?
……暗くて見えねぇえええええええ!
「おーい、リモコン貸して。この時間はアレ見るって決めてんだよ」
襖一枚を隔てたむこうで、他愛ない会話が繰り広げられている。
けど、押し入れの中では、絶賛、キスの真っ最中。
「いや、あの番組はないわー。それならこっち見ようぜ」
外からそんな声が聞こえてくるけどお構いなし。
柊木ちゃんのスイッチがオンになってしまった。
……見つかったら、ダブルでアウト。
押し入れの中でキスをしている俺たちは、先生と生徒。
俺も、頭のネジがどっかに吹っ飛んだのか、もうどうにでもなれって気分だった。
押し入れに俺たちがいるとバレれば、その時点で色々と問題発生。じゃあ、見つからないうちは、何したっていいだろう。
そう、バレなきゃ、先生と付き合ってもいいんだから。
「真田、あいつどこ行ったんだろ」
「柊木ちゃんのとこだったりして?」
「かもなー」
「え、何で?」
「柊木ちゃんはどうか知んねえけど、真田は普通に好きだろ。バスでの反応見る限り」
「柊木ちゃんも、案外その気があるかもな?」
「……いや、ないよ。たぶん」
「まあなー。先生だもんな」
それが、あるんだよなぁ……。
「今……あたしたちの話……してるね」
言葉の合間に、抱き合っている俺たちはちゅ、とキスをした。
相変わらず、柊木ちゃんの体は柔らかい。
「他の部屋いくかー?」
「暇だし、いくか」
ぞろぞろ、と数人の足音がして話声がどんどん遠ざかっていった。
「先生。もういないみたい」
「先生じゃなくて、春香さんでしょー?」
押し入れから脱出――とはならなかった。
出ていこうとした俺を柊木ちゃんが引きずり込む。
リミッターが解除されたフルバースト柊木ちゃんと、しばらくの間、押し入れの暗がりで抱き合ってキスをした。