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修学旅行2


 山奥の宿泊施設は、結構豪華な旅館だった。


 社会人になってから色んな学校の修学旅行先を訊くと、海外だったり、有名遊園地だったり、うちに比べて楽しそうだった。


 まあ、純粋な高校生には、旅館の風情なんてもんはどうでもいいんだろう。


 中身がアラサーの俺としては、その風情のよさがわかる年頃なので、この旅館の豪勢さが理解できる。


 野郎だけの六人部屋に一旦荷物を置いて、再び移動しキャンプ場にやってきた。


「みんなで、カレーを作りまーす! はりきっていこうー!」


 おー、と柊木ちゃんが担当している班のみんなを前にして言った。もちろん、俺たちの班以外も同じことをする。


 柊木ちゃんが説明をしていると、藤本がこそっとつぶやいた。


「柊木ちゃんのエプロン姿、超可愛いな」

「うん。だろ?」

「え、何でドヤ顔」


 毎週見てるからなー。


 けど、前回のカレー作りで、俺はドジっ子よろしく手を切ったことがある。


 刃物にはなるべく触れないようにしよう……。


 と、思っていたけど、ジャンケンで負けた俺は、タマネギやらニンジンやらを切る係と相成った。


「これが時空の拘束力か……」

「何中二くせぇこと言ってんだよ。早くやんぞ」


 一緒の係になった藤本が作業をはじめる。


 いつぞやのサッカーのときみたいに、何もなければ俺は確実に手を切って悲しい思い出ができる――。


「そわそわ、そわそわ……あ、手、あ、あ……!」


 離れたと柱の陰から、柊木ちゃんが俺の手つきを見て、あわあわしている。


 そんな危なっかしいかな。一応、前回と違うのは、俺は一人暮らしを経験した中身アラサーってところだ。


 あの頃から何の進歩もしてないサッカーの能力と一緒にしてもらっちゃ困る。


「真田君、手、気をつけてね。包丁、危ないから」


「先生、俺そんなに子供じゃないですよ」

「猫の手だよ、猫の手!」


 にゃー、と柱の陰で柊木ちゃんがその手をしてみせる。


 ……可愛い。


「にゃー」


 口でも言った!?


「柊木ちゃん、何してんだ。猫の真似?」

「うん。ハマってるらしい」

「マジかよ。可愛すぎかよ」


 適当に言うと藤本が鵜呑みにした。


「そ、そんなに力を入れなくても大丈夫だよっ!? 軽くでいいんだからね?」

「先生、俺たちのことはいいから他の班の人たちも見回ってきなよ」


「うぅぅ~」

「先生、ちょっと過保護」

「そんなことないですぅ」


 ぷく、とほっぺを膨らませる柊木ちゃん。


『誠治君が超心配』って顔に書いてある。


 周りを見たところ、他の班は順調っぽいので、柊木ちゃんに心配されるのも無理はなかった。


「絆創膏と消毒液と包帯は、用意してあるからね!」


「あぁぁぁぁ~!? 手、手がぁぁぁああ、オレの黄金の左手がぁああああああ」


 藤本が指先をちょっとだけ包丁で切ったらしい。

 血がドバドバ出ているならまだしも、ちょっと滲んでいるレベルだった。


「柊木ちゃん先生ぇぇぇぇぇぇ、救護ををををををををを!」

「うん。あっちに救急箱あるよ?」


 温度差っ!

 俺との扱いの差!


「衛生兵ぇええええええええ!」

「いねえよ、そんなやつ。てか保健係はおまえだろ」

「あ、そうだった……」


 すごすご、と藤本が戦線を離脱。

 代わりに藤本の分も作業をしていると、うずうずしていた柊木ちゃんが腕まくりをした。


「もう、柊木春香、見てられませんっ」


 代打、藤本に代わり柊木ちゃん。


「ふんっ」


 鼻息を荒くして、ストトトトトトトトトト、と玉ねぎを切っていく。


「「「おぉぉ~」」」


 周囲の生徒たちがみんな柊木ちゃんの手際を見て、感嘆を上げている。


「真田君は、見ているだけでいいんだからね?」

「カレー作りの醍醐味の大半を奪っているような……」


「えええ? 美味しいカレーを食べるのが醍醐味でしょ?」

「いや、そうだけど」


 とか、会話をしながらでも作業スピードの落ちない柊木ちゃんは、やっぱりすごい。


 なんだろう、この、子供たちが広場で楽しく野球をやってたら、ガチのメジャーリーガーが来ちゃったみたいな感じ。


「改めて見ると、母親みたいだよね、手つき。テキパキしているし」

「お母さんはやめてっ、あたし先生だから」


 そして彼女でもある。


 同じことを思ったのか、むふふ、と柊木ちゃんがニヤニヤしはじめた。


「はいっ、下ごしらえおしまい!」


 俺が手を切る暇すらなく、各材料はちょうどいい具合に切りそろえられた。


「あとは炒めて煮込むだけだから、できるよね?」


 はーい、とみんなが返事をして、柊木ちゃんはまた柱の陰に帰っていった。


 手順通り他の班員がきちんと調理を進めていき、いい感じにカレーができあがった。


「おいいいいいい、大変だぁああああああああああああ」


 左手を包帯でぐるぐるに巻いた藤本が戻ってきた。


「うるせえな、なんだその包帯。指先だろ、切ったの」


「フ、この包帯をほどいたらどうなるか……」

「別に知りたくねえから。で、何」


「ノってこいよ! おまえ、真田の偽物かよ!」


「ノったら、そいつはたぶん俺の偽物だ。覚えとけ」


 そおっと、こっちを見ている柊木ちゃんが「ほどいたらどうなるの……?」と、興味津々だった。気になるのかよ。


「それで、何をそんなに騒いでるんだ?」

「ご飯が、ご飯がぁああああああああああああああああ」


 おいおいおい。

 カレーはちゃんとできたのに、ご飯はきちんと炊けませんでしたってオチ――!?


 はんごうでご飯を炊くと、失敗することもあるからな……。


「ご飯が! ホカホカに炊けましたぁああああああああああああああ!」

「炊けてんのかよ!」


 うおおお、とテンションマックスの藤本は拳を突き上げた。他の班員たちも同じように全力でガッツポーズだった。


 そ、そんなに嬉しいのか……。


 藤本は、熱々のはんごうの蓋を包帯でぐるぐるにした左手でぱかっととった。


 包帯が鍋掴みの役割果たしてる!?


 中は、ホカホカでツヤツヤのご飯でびっしり埋まっていた。


「できた班から、食べていいからねー?」


 柊木ちゃんの指示に従い、さっそくご飯をよそって、鍋をかき混ぜている柊木ちゃんの前に野郎どもは並び、カレーを入れてもらう。


 席について、みんなで「いただきます」。


「…………なあ、真田」

「どうかした?」

「なんか、おまえのだけ、肉多くね? オレ、一個も入ってないんだけど」

「そんなわけ――」


 あった。

 肉、俺のだけめちゃくちゃ多い。


 オレも、僕も、と他の班員たちもそれに気づいた。ていうか、俺以外に肉が入ってない。


 ちらっと犯人を見ると、可愛くてへぺろをした。


 小学生の給食かよ。

 好きな子にはいっぱいよそっちゃうっていう、あれかよ。


 俺への善意というか、好意というか、恋心一〇〇%の仕業だから、怒るにも怒れない。


 こほん、と俺は咳払いをした。


「おい。カレーを入れたのはあの柊木ちゃんだぞ? 俺たちの女神が、そんなひいきすると思うか?」


「「「た、確かに……」」」


「たまたまこうなっちまったんだよ」


 みんなで柊木ちゃんを見ると、笑顔で手を振ってくれた。

 ほわわわ、と和んだ俺たちはも手を振り返す。


「もし、肉が入っていないように見えるのなら――それは、おまえたちの心が汚れているからだ。だから見えないんだ」


「「「そういうことかぁああ……!」」」


 いや、全然違う。けど、なんか納得しちゃった。


「先生もこの班のカレー、いただこうかなー」


 どうぞどうぞ、と俺たちは女神を招きいれる。


「先生、オレたちの……いや、オレが作ったカレーどうッスか!?」


 藤本、おまえは指切って騒いでただけだろ。


「うん。美味しいよ♪」


 イエェェエエ! と俺たちは全員ガッツポーズ。


「真田君も、ほら」


 柊木ちゃんが自分のスプーンで俺に食べさせてくれる。


「うん、美味い。てか、俺も同じの食べてるから」

「そうだった♡」


 絶対わざとだ。

 あ。いつものノリであーんしてもらっちゃった……。


「「「か、間接キス……柊木ちゃんと……」」」


 俺以外の全員が、見てはいけない一瞬を見てしまったかのように、ドギマギして、そわそわしている。

 中学生かよ。


 こちとら、『じゃないほう』もすでに終えてるんですけどねえええええええ?


「じゃあ、先生もいい?」

「あ、はい」


 俺のスプーンで、柊木ちゃんにあーんしてあげる。


「美味し♪」

「「「真田のスプーンがあれば、柊木ちゃんと間接キスできる……」」」


 スプーンに目がくらんだおかげか、俺たちがあーんし合っていることは、誰も突っ込まなかった。


 このあと、俺のスプーンを巡って戦争が起きたのは言うまでもないだろう。



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