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街へ行こう 後


 繁華街までやってきた俺と柊木ちゃんは、腕を組んで通りを歩いていた。


「完璧っ! もう、絶対にわかんないよ!」

「そうですか……?」


 どうにか女装は逃れた俺は、今はキャップを目深に被っている。それだけじゃ超完璧とまではいかないだろう。


 柊木ちゃんも変装をしていて、お嬢様帽子を深く被って、サングラスをかけていた。


「こうして町でデートははじめてだね」

「それもそうか」


 今まで人目のつかない場所にしか行ったことがない。


「こっち、こっち、前から一緒に行きたいって思ってた場所があるの――」


 楽しそうに柊木ちゃんが俺を引っ張って歩く。


 行きたかった場所っていうのは、クレープ屋さんらしく、子供みたいにワクワクしながら順番を待って、柊木ちゃんが俺の分も買ってくれた。


 買ってもらったクレープをひと口食べる。

 うん、美味い。


「クリームついてるよ?」


 夢中になっていると、ベタなことをしてしまったらしい。


 俺の口の横についたクリームを柊木ちゃんは指ですくって、ズボっと俺の口に押し込んだ。


「自分で舐めるんじゃないんかーい」


「くふふふ」と、柊木ちゃんは変な笑い声を漏らす。


 楽しくて仕方ないらしい。


 そのあとは、買ったクレープを交換したり、食べ終わると服を見に店に入ってみたり、柊木ちゃんは終始上機嫌だった。


 テンションの高いグラサン女子がいるせいで、俺よりも断然注目を集めていた。


「次はこの店ね!」


 指差したのは、ランジェリーショップだった。


「ちょっとそれはハードルが高いんじゃ……」


 俺の苦情なんて物ともしない柊木ちゃんは、腕をつかんでずんずん中へ入っていく。


 うわあ、全体的にピンク色で目のやり場に困る……。

 俺がオロオロしていると、上下セットの下着をふたつ柊木ちゃんが持ってきた。


「ね、ね、どっちがいい?」

「……あ、はい。どっちらでもいいんじゃあ……」

「えぇ~?」

「ええっと、じゃあ、こっちで」


 直視できねえ……ていうか何で選ばせたいんだ……。


 ふと目をそらしたら、見知った人がいた。


「あのう、お客様……お客様のお胸では少々サイズが……」

「い、いいんですっ、これからおっきくなるんです」


 テンパりながら店員さんと会話をしているのは、我が妹だった。


「でしたら、大きくなるまでは、小さめのサイズで――」

「サナのおっぱいを侮らないでくださいっ。『超高校級の伸びしろ』って言われてるんですから」


 伸びしろにどんだけ期待してんだ。

 っていうか、誰が言ったんだよ、そんなこと。


 ちらっとこっちを紗菜が見る。

 あ! って顔をした。


 やばい。バレた……!?


「――先生!」


 そっち!?


 慌てた柊木ちゃんは、ぶんぶんと手を振った。


「ち、違いますヨ? 柊木じゃないです」


 隠すの下手か!


「え、なんで隠すのよー?」


 ツカツカ、と紗菜がこっちにやってくる。

 俺がそろーり、と逃げようとすると柊木ちゃんが服を引っ張った。


「今逃げたほうが怪しいよ」

「いや、でも――」


 ああ、もう、紗菜が来ちまった。


「先生、帽子を被ってたから、誰かと思った。それにサングラスも」


 ちらっとこっちを見て、目線を柊木ちゃんに戻した。


「今日は……彼氏? とお買い物?」


 た、耐えたぁあああ……。


「紗菜ちゃんも下着を買いにきたの?」


 柊木ちゃんは、次元みたいに帽子のつばを人差し指でクイっと上げる。

 そして若干キメ顔。

 ……これがカッコいいと思っているらしい。


「そうっ! 兄さんがバカにするから買いにきたの」

「へえ、そうなんだー。真田くんが、バカにしたんだ?」


 楽しそうにこっちを見るのをやめなさい。


「そ、そう……」

「真田くんに見せたいんだ?」


 紗菜が恥ずかしそうにもじもじと身動きする。


「み、み、見せたいってワケじゃないわよ……でも、ほ、干してあるサナの下着をチェックしてるから……」


 柊木ちゃんがガラス玉みたいな目で俺を見つめている。


「妹の下着、チェック、してるんだ……そっか、そっか……」


 紗菜にバレないように、小刻みに首を振ったけど、全然見てない。ここじゃないどこかを見つめている柊木ちゃん。


「先生の持ってるやつ、どっちも可愛いわね」

「さっき、お兄ちゃんは、こっちがいいって」


 うぉおおおおおおおおおおおおい!

 柊木春香、帰ってこぉおおおおおおおい!

 出ちゃダメなワードが簡単に出てきてんぞ!


 がくがく、と肩を掴んで揺すっても、抜け殻の柊木ちゃんに魂が戻ってこない。


「お、お兄ちゃん?」


 声色を変えて、俺はフォローに回る。


「春香さんのお兄ちゃん、さっきまで一緒だったんだけどどこかに行っちゃって」

「あ、そうなんだ。兄妹なのに、見せるんだ……や、やっぱりそれが普通なのかしら……」


 スポブラ卒業勢の紗菜に、ブラジャーの常識はまだ身についていないらしい。


 ――いける。


 ぼへえ、と放心している柊木ちゃんに代わって、俺は鎮火に努める。


「でも、兄に見せるのってフツーじゃないかな……?」


 ともかく、俺が妹の下着をチェックしている変態シスコンっていう認識を変えないと。


 柊ちゃんの友達A? になっている今しかそれはたぶんできない。


 チェックは断じてしてないんだけどな! 誤解されるようなことを紗菜が言うから。


「ふ、普通はそうするんだ……じゃ紗菜が知らなかっただけ……?」

「あ、あと、お兄さんは、たまたま見ちゃっただけでチェックしてるわけじゃないと思うよ?」


「そっか……。サナも干してある兄さんのパンツをまじまじと見ちゃうから……こ、こういうの履いてるんだって……あ、あるわよね?」


 いや、妹サイドの心情まで知らねぇから。


「うん、妹あるある」


 と、適当に言っておく。


「よかったぁ。サナ、自分が変態なんじゃないかって心配してたから……」


 一歩手前だよ。

 俺よりおまえのほうがヒドイじゃねえか。


 これ以上はボロが出そうなので、俺はぼへえとなっている柊木ちゃんを引っ張って店から退散する。


 いつの間にか外はもう夕方を迎えていて、人もまばらになりはじめていた。


 公園のベンチに座ると、ぎゅ、と柊木ちゃんがほっぺをつねった。


「紗菜ちゃんのパンツをチェックしてるってどういうことー? 春香さん、返答次第によっては、枕を涙で濡らすから」


 ぼへえってなっていたせいで、話は全然聞いてなかったらしい。


「干してあるとき、たまたま目にしたってだけで、興味なんかねえよ」

「本当? 干してあるやつを巻いたり被ったりしない?」

「しねえよ。そういう願望はないから」

「……けど、あたしのは手に持ったときは、違ったよね」


「そりゃあ……好きな人のだから……まじまじと見ちゃうよ」


 うぐう、と柊木ちゃんは胸を押さえた。

 なんかよくわからないが、キュンとすると、こういう仕草をするらしい。


「誠治君……可愛い……」


 背後に回ると、後ろから俺を抱きしめた。ちゅ、ちゅ、と俺の首にキスをしていく柊木ちゃん。


「ちょっと。こら。ここ公園。バレたら――」

「そのために変装してるんでしょ?」


 注意しようと振り返った瞬間。

 狙いすましたように、柊木ちゃんが唇にキスをした。


「ふんぐ!?」

「ん……♡」


 顔をずらして一旦退避する。


「ここ、公園で人目が――」


 ハッタリで一瞬隙ができると、薄暗くなる公園で、また柊木ちゃんに唇をふさがれた。


 冷静になってよく見ると、周囲のベンチはカップルばかりでみんなイチャイチャしていた。


 俺が知らなかっただけで、こういう場所だったらしい。


 そのあと、夕食をレストランで済まし、家へ帰ってきた。


 部屋で一日を回想していると、扉がノックされた。


「兄さん、入るわよ……?」

「え? ああ、どうぞ――ブッ!? な、おま、何してんだ」


 入ってきた紗菜は、下着姿だった。

 恥ずかしそうに頬を染めて、膝をすり合わせている。


「兄さんは、し、知らないんでしょうけど、こうするのが普通なの。今日買ってきた下着……だけど、どう……?」


 うつむいた顔を上げて上目遣いになる紗菜。

 どうって……可愛いとでも言えばいいのか?


「……おまえ、ほんっっっとに貧乳だな」

「~~~~っ! に、兄さんのバカぁああああ!」


 紗菜はソファにおいてあるクッションを掴んで、


「『超高校級の伸びしろ』を舐めないで!」

「誰が言ったんだよ。『超高校級の貧乳』の間違――ぶへ!?」


 紗菜がクッションで顔面を殴ってきた。


 どんなに動いても、揺れない、こぼれない、紗菜のおっぱいは安心設計だった。


 それから、半裸の妹の攻撃を俺は防御し続けるのだった。


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