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街へ行こう 前


 土曜日の昼過ぎ、残っていた仕事が終わったから、と俺は柊木ちゃんちに呼び出されやってきた。


「じゃじゃーんっ!」


 効果音を口にしながら、柊木ちゃんがサングラスと帽子を取り出した。


「なにこれ」

「変装グッズ! これがあれば、あたしたちが町を歩いても問題ないでしょー?」


 スチャ、とサングラスをかけて、つばの広いお嬢様帽子(正式名称はよくわからん)をぼふっと被る。


「この前の海デートで味を占めたな……」

「ふふふ。たとえば、変装したあたしが柊木春香ってバレても最悪いいわけでしょ? 相手が勤める高校の生徒ってバレなければ」


「なるほど。俺が誰かわからなければ、いけないことをしてるとはならない。逆もまた然り、と」

「そういうことなのです!」


 どん、と胸を張る柊木ちゃん。


 作戦や理屈はわかるけど、田舎町でこんなふうに変装すれば逆に注目を浴びる。しかも二人ともだ。


「うーん。けど、怪しい二人にならない?」

「……じゃあ、誠治君女装する?」


「怪しさ増すだろ!」


 俺の渾身のツッコミ兼拒否をスルーした柊木ちゃんは、寝室に行っていくつか服を持ってきた。


「先生、常々思ってたんだけど、誠治君はこういうの似合うと思う!」

「まず、俺の話を聞くところからはじめようか」


 服屋さんの店員よろしく、ハンガーにかけられたTシャツやらブラウスやらをあてがって、「やーん♪ 誠治君可愛い~」と柊木ちゃんが萌えている。


 死んだ目をする俺なんてお構いなし。


「コンセプト聞きたい!? ボーイッシュな女の子って設定で!」

「話を聞けぇーい!」

「お嬢さん、何かご不満かしら?」


「その設定もうはじまってんのかよ」


 むう、と不満そうに柊木ちゃんが唇を尖らせる。


「……あたしだって、誠治君と手を繋いで堂々とデートしたいのに」


 く。

 そんなセリフ、ずるい……。


「ショッピングして、映画を見て、オシャレなカフェでランチして、公園で堂々と乳繰り合って」

「おい、最後の、最後の!」


「……したくないの?」

「いや……したいけど」

「ほぉーら、ほらほら」


 つんつん、と俺の胸をつついてくる。

 どこをつついても構わないけど、服の上からピンポイントに乳首を突くのはやめろ。


「ユー、正直になっちゃいなヨ」


 急にキャラを変えるな、キャラを。


「わかった。わかったから――」

「それっ」


 ズボッと柊木ちゃんが俺の服の下に手を入れて、一気に脱がされた。

 一秒にも満たない早業に、俺はなすすべがなかった。


「せ、先生のすけべっ」

「次はこっち……」


 今度はベルトに手をかけた。


「わぁああああああああ!? やるから、自分でやるから!」

「そっか……」


 なんで残念そうなんだ。


 柊木ちゃんが持ってきた服を持って寝室に逃げる。


「これもだよ?」


 扉がちょっと開いて何かが放り投げられ、ぱさ、ぱさ、と上手い具合に俺の頭に乗った。


 念のため手にとって確認する。


 パンツとブラジャーだった。


「……」


 開けてはいけない扉が開いたらどうすんだ!


「あの、これ――」

「クオリティ! 自分は女だっていう、気持ちを高めて! その気持ちが、女装のクオリティを高めるの!」


 う、扉の隙間から熱風が吹き込んでくる。


「お、想いが熱い!」


 なんなんだ。一大プロジェクトのプロデューサーかなんかか。


「誠治君! 甘えた考えは捨てて。ただの女装で外に出られると思わないで!」

「厳しいな!?」


「どこに出しても恥ずかしくない女装に仕上げるんだから」

「本人は恥ずかしいだけなんですけど!?」


 柊木ちゃんの変なスイッチが入ったらしい。

 けど……パンツもブラジャーも……柊木ちゃんの、だよな……?


 こ、これ、普段つけてるんだよな……。


「……」


 俺が手にぎゅっと握ってドキドキしていると、隙間からじいーっと俺を見つめる目があった。


「男の子は、好きな女子のパンツを被るっていう都市伝説が今……」

「人をなんだと思ってんだ」


 ふと思ったので、俺は挙手した。


「はい。先生」

「何ですか、真田君」

「履くのは女性物のジーンズだし、パンツを履く必要があるんでしょうか?」

「クオリティの問題です」


 キリッとした顔で柊木ちゃんははっきりと言った。


「そ、そっか……」


 なぜか変な説得力がある。

 ていうか、自分のパンツを俺に履かれて嫌じゃないんだろうか。

 俺は股に大将がいらっしゃるのに。


「あの、ってなると、やっぱりブラジャーも不要なんじゃ……」

「頭に巻く必要はないよ?」


 真顔だった。

 ブラジャーを頭に巻くかどうか俺が悩んでいる――そんなふうに柊木ちゃんは思っていたらしい。


「しねえから。ブラジャー頭に巻かないから。……しねえから!」


 誤解を正すために二度同じことを言っておく。


「着るのも、だって、Tシャツしょ? ブラジャーはいらないんじゃ……」

「うっすらと見えるブラ線を舐めないで!」


 熱っ!? 女装のクオリティへの想いが熱いっ。


 く。

 これは、反論できない。

 夏服に切り替わったとき、それを密かに楽しみにしている俺を否定することになる……!


「それに!」


 バン、と柊木ちゃんは壁を叩いた。


「ふとした拍子に――! 誠治君の大事な乳首が見えちゃったらどうするの――!?」


「乳首そこまで大事にしてねえわ!」


 俺の扱いが、女子のそれなんですけどー。

 さっきまでつんつんしてたクセに。


 中に入ってきた柊木ちゃんは、俺の肩に手をおくと、言い聞かせるように言う。


「……こすれちゃうでしょ? 透けることだってある……。ブラは、ちゃんとしよ?」

「俺の乳首を過保護にすんな!」


 おほん、と柊木ちゃんが咳払いをする。


「クオリティの問題です」


 この人、クオリティって言えば俺が納得すると思ってんぞ。


「だって、でも」

「もおおおおお、うだうだ言わないのおおおおおおおお!」


 ばっと俺の手からブラジャーを奪った柊木ちゃん。

 まだ一切着替えていない俺の上半身をロックオンする。


「そっかそっか、付け方わかんないもんね?」

「ま、待って、まだ、心の準備が」


 普段からは考えられないほどのパワーで柊木ちゃんは俺にブラを強引に装着していく。


「あっ。ぁあああああああああああああああ!? 俺の、男としての、尊厳がああああああああ」

「いいから、いいから。柊木先生にお任せ♪」


 まだ――まだ俺、柊木ちゃんのブラジャーを外したこともないのにぃいいいい!

 その前に柊木ちゃんのブラジャーをつけることになろうとは――――!


「やぁめぇてえええええええ」

「大丈夫、大丈夫。壁を越えれば、きっとクセになるから」

「それ、越えちゃダメなやつぅうう」


 超拒否ったので、どうにか女装は阻止したのだった。

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